第二十九話 『同志』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 二鬼の魍魎『野槌のづち』と『饕餮とうてつ』に苦戦する十太郎とうたろう月乃つきのであったが、緋色ひいろの髪の女剣士『緋叉那ひさな』の登場により命拾いする。刀に宿した魍魎『鈴鹿御前すずかごぜん』と緋叉那ひさなの圧倒的な力により、饕餮とうてつは首を刎ねられ、野槌のづちは死のふちに追い込まれていた…。


 緋叉那ひさなは剣先を野槌のづちひたいに向ける。


「最後に言い残すことはあるか?」


緋叉那ひさなに見下され、怒りが込み上げてくる。

奥歯を噛み締め鋭い眼光で睨んだ。


「勝った気になるなよ…女ぁ!」


次の瞬間、叫び声と共に大きく開いた口の中から、毒牙が銃弾の様に飛び出した。


鈍い音がした。

牙が体にめり込む音だ。


しかし野槌のづちの表情は引きっている。

野槌のづちが放った毒牙は、緋叉那ひさなの刀の中から伸びる白い手のひらにめり込んでいたのだ。


「お前ぇええ…!緋叉那ひさな様に何をするぅうう…!」


それは鈴鹿御前すずかごぜんのものだった。

手のひらにめり込んだ毒牙を力強く握りつぶすと、野槌のづちあごを目掛けて拳を勢いよく振った。

強烈な一撃が野槌のづちあご炸裂さくれつする。

その衝撃で空中を舞いながら地面に倒れる。


「うぐふっ……!」


大の字に寝そべり放心状態となる。

その間にも緋叉那ひさなは距離を詰めてくる。

野槌のづち咄嗟とっさに判断した。

大きく歯を噛み合わせて音を立てる。

それを合図に、野槌のづちの体は見る見る大きくなり、やがて大蛇の姿へと変貌した。


「どうだ人間!これが僕の真の姿だ!貴様らなど全員まとめて丸呑みにしてやる!」


緋叉那ひさなは冷静にその姿を見上げる。

その体は十太郎や月乃が対峙した時よりも遥かに大きかった。

辺りの大木をゆうに越える体長は、人間が豆粒ほどに思える程だった。


「さぁ…!誰から頂くとしよ…」


刹那…野槌のづちの大きな体に、縦一直線に亀裂が走った。

それは目の前の緋叉那ひさなが振り下ろした刀によるものだった。


「なっ……」


「自ら当てるまとを大きくしてくれるとは…器が広いのか…それとも…」


野槌のづち緋叉那ひさなの言葉を最後まで聞くことはなかった。



「…ただの馬鹿か。」



半分に裂かれた体は激しく燃え上がり、饕餮とうてつの体に燃え移った。

もはや声など聞こえることもなく、二鬼の魍魎は灰になるまで静かに燃え尽きた。


緋叉那ひさなほのおに浮かぶ二つの魂を刀の中に吸い込む。



「…あんたは?」


十太郎の声に反応し、緋叉那ひさなは後ろを振り返る。


緋叉那ひさなだ。近くで魍魎の妖気を察知したので立ち寄った。」


十太郎と月乃は緋叉那ひさなの元へ駆け寄る。


「俺は柳楽やぎら十太郎とうたろう…!」


「月乃です!」


「お前たちこそ、こんな所で何をしている?見たところ…ただの剣士では無さそうだが…」


すると緋叉那ひさなは、十太郎が握りしめる童子切どうじぎりに視線を向けた。

刀の中から発する微かな妖気に気がついたのだ。


「…まさか…お前…」


何かを言いかけた緋叉那ひさなだが、その言葉はさえぎられた。


緋叉那ひさな…!ここに居たのか!」


それは男の声だった。

十太郎たちの背後から足音が近づいて来る。

緋叉那ひさなはそちらに視線を向ける。


「『風樹かざき』…遅いぞ。」


緋叉那ひさな風樹かざきと呼ぶその男は、左頬に生々しい傷痕が残る、目付きの鋭い短髪の青年であった。


「お前が速すぎんだよ。ほら…『八重一郎やえいちろう』のおっさんなんて着いてくるのでやっとだ。」


すると別の男がその後を追って、息を切らしながら駆け寄って来る。


「はぁ…はぁ…二人とも早いじゃないかぁ。もう少しお年寄りをいたわって欲しいものだねぇ…。」


見た目は茶髪の四、五十代の男。

着物の帯から黒い羽織をなびかせ、背中には薙刀なぎなたを背負っている。

たまらず十太郎たちの隣に座り込む。


「よいしょっ…失礼するよぉ。」


十太郎たちはこの状況に困惑する。


「いきなり驚かして済まなかったねぇ。僕達は君達の味方だよ。」


「味方って…」


十太郎は八重一郎を見つめた。


緋叉那ひさなは腰にぶら下げた鞘に刀を戻すと、十太郎の方へと歩み寄ってきた。


「お前たち…刀に魍魎を宿しているな?」


緋叉那ひさなの冷徹な目は全てを見透かしているようだった。

十太郎は何も言わず、二本の刀…童子切どうじぎり鬼丸おにまるを目の前に突き出した。

すると二本の刀はそれぞれ、清姫きよめ天狐てんこへと姿を変えた。

すると緋叉那ひさなは口を開いた。


「『焔蛇えんじゃ清姫きよめ』に『化狐ばけぎつね天狐てんこ』か…どちらも名の通った魍魎だ。」


するとその言葉に反応し、清姫が口を開いた。


「随分と魍魎に詳しいようじゃな。研究者か何かか?」


「笑わせるな。貴様ら魍魎をめっする為に集めた必要な情報だ。」


「ふんっ…」


相対する清姫と緋叉那ひさな


今度は天狐が口を開く。


「その刀にも魍魎を宿しているようだな。」


緋叉那ひさなの刀に注目が集まる。

すると刀は小刻みに震え出し、緋叉那はそれを左手で押さえる。


「あぁ。鈴鹿御前こいつは私の力に惚れている。私の命令しか聞かない。」


「好んで人間の下につくか…変わった魍魎も居るのだな。」


「ふっ…」


緋叉那は天狐の言動に対し鼻で笑った。


「何がおかしい?」


「いや…貴様らも同じだと思ってな。その少年の下についているのだろう?」


すると緋叉那の問いかけに対し、清姫は怒りを露わにする。


「ふざけるな…!誰がこんな小僧の…」


話の途中だが、十太郎は清姫の前に立ち言葉を遮った。


「俺は清姫の心臓を喰った。そして自分の心臓はもうこの世には無い。」


風樹と八重一郎は目を見開いた。

緋叉那は表情を一切変えず、相変わらず冷たい目で十太郎を見つめる。


「それで…どうなった?」


緋叉那は質問を続けた。

十太郎は自身の左胸に手を当てた。


「死なない体になった…。」


さすがの緋叉那も、この言葉には驚いた。


「死なない…?」



すると清姫が話し始める。


「小僧はわらわの心臓を喰らい、わらわは小僧の心臓を踏み潰した。既に心臓を失っておる。おまけにわらわの耐毒性質に超再生…おそらく首をねられん限り死なぬ体となっておる。」


緋叉那は腕を組み、少しの間考えた。


「体質ごと魍魎の能力に変える人間は見た事が無い…。」


「じゃろうな。魍魎の心臓を喰らう阿呆あほうなど、この小僧以外存在せぬわ。」


清姫の毒舌に、十太郎は苦笑いを浮かべた。



 十太郎達は緋叉那一行と共に、身を隠していた元太げんた吉介きちすけと合流した。

元太は月乃のもとへ駆け寄る。


「姉ちゃん…!!!」


「元太…よく頑張ったね。」


月乃は元太と同じ目線までしゃがみ込み、頭を優しく撫でた。

吉介は地面に敷かれたわらの上で眠りについている。

すると月乃の刀から長子が実体として姿を現した。


「まったく…こいつはいつまで寝ている。」


そのまま長子は眠りにつく吉介の腹を軽く蹴飛ばした。


「ぐふっ…!」


吉介は慌てて飛び起き、辺りを挙動不審に見渡す。


「あ…あれ?…ここ…どこ?」


場の状況を理解していない吉介に対し、長子はため息をついた。

その様子を緋叉那一行は見つめていた。

十太郎は緋叉那に語りかける。


「月乃の刀には『長壁姫おさかべひめ長子ながこ』が封印されているんだ。」


「…なるほど。惜しい人間が二人も…」


「…え?」


すると緋叉那の後ろから風樹が前に出た。


「おい緋叉那。お前まさかこいつらを仲間にしようってんじゃないだろうな?」


風樹は不満げな表情で言った。

しかし緋叉那はどこか遠くを見つめ、再び口を開いた。


柳楽やぎら十太郎とうたろうと言ったか…?」


「…あぁ。」


「お前の目的はなんだ?」


単刀直入に問いかけた。

十太郎を見つめるその眼光は、心の奥の奥まで見つめられているような感覚だった。


しかし十太郎は動じなかった。

心に誓った思いを…ありのままを打ち明けた。


「…この手で『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』全てを封印することだ!」


その目は真剣そのもの。

それは緋叉那の目にも映っていた。


「風樹…私はお前の事も、八重一郎の事も仲間にした覚えは無いぞ。」


「…あ?」


「全ての魍魎を滅するという使命を持った

『同志』だと思っている。」


冷徹なその目は野心やしんに燃えていた。


「十太郎…お前を同志として我ら『魍魎剣士もうりょうけんし』に迎え入れよう。」

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