第二十七話 『青い妖気』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 月乃つきの長子ながこの前に大蛇が立ちはだかる。

馬車は跡形もなく粉砕し、すぐそばには馬が横たわっている。


「長子…私が引き付ける。その間に吉介きちすけさんの馬をお願い!」


「引き付けるって…どうするつもりだ?」


すると月乃は刀のさやを引きずりながら、大蛇とは反対方向に走り出した。

大蛇は鞘が地面に擦れる音に反応する。

そして月乃の姿を目でとらえた。


「シャァァァアアア…!!!」


奇妙な叫び声を上げながら突進してくる。

長子はその隙に馬の方へと駆け寄る。


大蛇は地面を滑るように月乃の方へと向かって行く。

巨大な体は一瞬にして月乃に追いつき、大きな牙が襲い掛かる。


「うわぁあっ…!」


月乃は慌てて近くの木に飛び移る。

しかし大蛇の牙は木を噛み砕いた。

木はゆっくりと傾き始め、みしみしと音を立てながら倒れる。

月乃は地面に当たる直前で木から飛び降りると前回りで受身を取り、すぐさま鞘を構える。

すると目の前には大蛇の尻尾が迫ってきていた。

咄嗟とっさに鞘で攻撃を受ける。

しかしあまりにも重たい一撃に耐える事が出来ず、後方へと吹き飛ぶ。


その時、月乃の背後に岩の壁が出現した。

月乃は壁を足場に、両足を付けて踏ん張る。

前を見ると、大蛇の顔が目前まで迫って来ていた。


「月乃!そのまま突っ込め!」


それは長子の声だった。

言われるがまま、月乃は壁を蹴り、大蛇に向かって突進する。

鋭い牙は月乃の顔面に喰らいつく勢いで大きく口を開いた。



「『妖術ようじゅつ針柱城壁しんちゅうじょうへき』!」



その時…大蛇の両脇から、鋭く尖った石柱せきちゅうが地面を突き破って飛び出した。

石柱は大蛇の両頬に突き刺さる。


「グシャアァアアア…!」


大蛇は紫色の不気味な血液を流し、月乃の目の前で激しくもだえながら停止した。

月乃は寸前で足を止める。



「長子…!」


目の前には大蛇の頭を踏みつける長子が居た。


「無事か?」


「なんとか…助かったー。」


すると長子は大蛇の頭の上から飛び降り、刀に変化する。

月乃はそれを左手で受け取った。

動きを封じられた大蛇は、牙と牙を何度も噛み合わせて音を立てる。

月乃は躊躇ためらいなく両手で刀を振りかざした。


「この状態なら…いける!」


月乃が言葉を発した瞬間、刀身は青い妖気に包まれ、それは大きな三日月の形にとどまった。


「『三日月みかづき新月斬しんげつざん』!」


刀を大蛇に向かって振り下ろす。

その瞬間、青い妖気は大きな斬撃となり、大蛇の体を真っ二つに両断した。

地面には縦一直線に亀裂が入る。


「はぁ…はぁ…出来た…!」


息を切らす月乃の表情は自信に満ち溢れていた。


「…っ!」


右腕に痛みが走った。

両手と言えど、右腕に負担がかかる。


すると次の瞬間、表情は一転…月乃は大きく目を見開き驚いた。


「…え?」


真っ二つに裂かれた大蛇の間に、人影が立っていたのだ。

大蛇の体から分泌される霧状のもののせいで、その姿ははっきりとは捉えきれない。


「…十…太郎?」


月乃は人影に向かって問いかけた。

その時、目の前のそれはとてつもない妖気を放った。



「月乃…!そこから離れろ!」


声の主は十太郎のものだった。

月乃は声のする方へと視線を向けた。

すると十太郎はすぐそばまで駆けつけていた。

十太郎は両手を広げ、月乃をかばう。



「『妖術ようじゅつ蛇喰酸牙じゃくうさんが』!」



次の瞬間、霧に隠れた人影から、紫色の銃弾の様なものが放たれた。

勢いよく月乃の元へ迫る。

十太郎は寸前で月乃を押し倒した。

地面に倒れる二人。

紫色の銃弾は、後ろの大木に激突する。

二人は弾の行方を追い、大木に視線を向ける。

するとその瞬間、弾がめり込んだ大木は瞬時に腐り始め、灰のように朽ち果てた。



「僕の毒牙どくがをよく避けたね…。」



二人は声のする方へと視線を移した。

先程霧に隠れていた人影だ。

その姿は、長髪に白い肌をした青年。

青色の着物が風になびく。


「…誰だお前!」


十太郎は青年に問いかける。

すると青年は不気味に微笑み、唇を舐め回すように長い舌を見せた。


「『野槌のづち』…それが僕の名前さ。」


「大蛇の本体か…!」


「本体?僕にとっては人間の姿こそ仮の姿だよ。しかしあのなりでは目立ちすぎる。だからあえてこの姿になったまでだ。」


十太郎は呆れた表情で言った。


「よく喋るやつだな…」


すると野槌のづちは怒りを露わにする。


「君が質問したんだろう…礼儀を知らない餓鬼がきが。」


その瞬間、野槌のづちの妖力が急激に膨れ上がった。

十太郎と月乃は咄嗟とっさに構える。

二人の表情は険しい。

野槌のづちは、まるで獲物を狙う様な鋭い目付きで二人を睨みつけた。


次の瞬間、二人の意識は上空に向いた。

とてつもない妖気が頭上から降ってくるのが分かったからだ。

頭上には二人を余裕で覆うくらいの巨体が接近していたのだ。

すかさず十太郎は、月乃を力強く突き飛ばした。


「きゃっ…!」


月乃は地面に転がる。

それと同時に、巨体は十太郎を踏みつぶした。

地面がえぐれ、激しく砂煙が舞う。


「十太郎…!」


月乃には十太郎を気に掛ける程の余裕など無かった。

十太郎を踏み潰した巨体がすぐに動き出したのだ。

大きな右腕を振り砂煙を払いのけると、月乃を目掛けて拳の甲が勢いよく接近してきた。

月乃は地面に刀を刺し、自らの足元に岩壁を出現させた。

そのまま上空へと飛び、攻撃を回避する。

巨大な拳は岩壁に激突すると、一瞬で岩壁を粉砕した。


「あれに当たったら…やばい。」


月乃は瞬時にそう理解した。

しかし空中で身動きが取れない中、次の攻撃が繰り出されていた。

左の拳が迫ってきていたのだ。

咄嗟に刀をかざし、妖力を込める。

大蛇を切り裂いた時と同じ力だ。


「『三日月みかづき新月斬しんげつざん』!」


大きく刀を振り下ろすと、青色の斬撃が巨大な拳に衝突した。


しかし次の瞬間、斬撃は一瞬にして消え去った。

月乃は驚きのあまり目を見開いた。


「そんな…!」



「なんかしたか?」


拳は再び動き出し月乃に迫る。


その時、月乃の刀は長子へと姿を変えた。


「……え?」


月乃の目の前には、実体化した長子が大きく両手を広げ、身をていしていた。


「長子…!」


拳が勢いよく迫る。

その距離は残りわずかしか無い。


その時、拳は突然真ん中から裂け、まるで二人を避けるように左右に広がった。



「ぐわぁぁああああ…!俺の腕がぁぁあ…!」



巨体の主は痛みに悶え苦しんだ。

啞然とする月乃と長子の目の前には、十太郎の姿があった。


「十太郎…!」


「貴様…!無事だったのか…!」


地面に着地すると、十太郎は背中に担いだ鬼丸おにまるを二人に見せつけた。


「さっき踏みつぶされたのは分身だ!」


十太郎は笑って答えた。

しかし月乃と長子の表情は違った。

危険を知らせる様に表情で訴える。

十太郎の背後には、腕を切られて怒り狂った巨体が待ち構えていたのだ。

その気配に気がつくと、恐る恐る後ろを振り返る。

巨体の主は、振りかざした右腕を勢いよく地面に向かって振り下ろした。



「やべっ…!」


十太郎は背中から童子切どうじぎり鬼丸おにまるを抜刀する。

そして二刀を交差させ、受け身の型を作った。

両足を大きく広げ衝撃に備える。


次の瞬間、刀にはとてつもない重さの衝撃がのしかかる。

十太郎の足元には亀裂が走り、地面が大きく振動する。


「くっ…!」


月乃は思わず尻餅をつく。

長子は揺れに耐え、十太郎の援護に回る。


「『城壁じょうへき』!」


両手を地面に付けると、十太郎の足元から岩壁を出現させ、巨大な拳を持ち上げようとする。

しかし十太郎と長子の力をもってしても、拳は抵抗を続ける。

このままでは十太郎は本当に潰されてしまう。


すると、その先に立っている野槌のづちが不気味に微笑んだ。


「ふふふ…僕が手を出すまでもない。

饕餮とうてつ』…君に任せるよ。」


絶体絶命…十太郎達の前に突如立ちはだかる大蛇の男…野槌のづちと、巨体の主…饕餮とうてつ

二鬼の魍魎に行く手をはばまれるのであった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る