第二十二話 『決意と意志』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 土蜘蛛の魂を刀に封印した十太郎とうたろうは、恒次つねつぐの案内のもと、深手を負った月乃つきの長子ながこと共に、森を抜けた先にある『竹の村』を訪れていた。


月乃は寝床に横たわりながらも、意識を取り戻していた。

そばには長子と、医者の女性の姿があった。


「右腕の損傷が激しいわ…。この分だと傷跡が残っちゃうわね。」


「そんな…!」


取り乱す長子とは裏腹に、月乃は冷静だった。


「私の右腕は…まだ動きますか?」


月乃の問いかけに、医者の女性は険しい表情を浮かべた。


「おそらく今まで通り…とはいかないわ。」


月乃は大きく目を見開いたが、すぐに目をつむった。


「そうですか…。」


そう呟くと、震える右手を目の前に持ってきた。


「手の震えが止まらないんです…。闘っている時からずっと…。でも今のこれは、恐怖からくる震えでは無いんですね…」


「月乃…」


長子はたまらず背を向けた。



 十太郎は恒次と共に村の食事処に居た。

大皿に盛られた炒めめしを頬張る。


「美味いっ!なんだこれ!?」


「あっはっはっ…いい食いっぷりだ!それより傷の方は大丈夫なのか?」


「あぁ…俺の体は特別なんだ。傷はすぐに治っちまう。」


恒次は湯呑みに入った水を口に含む。

十太郎は持っていた箸を皿の上に置くと、口の中のものを飲み込んだ。


「それより恒次さん…俺は天下五剣てんかごけんについて聞きたくて、あんたに会いに来たんだ。」


すると恒次はうなずいた。


「私も気にはなっておった。どうして君の様な少年が…天下五剣の一振りを二刀も持っているのか。」


十太郎は恒次に全てを打ち明けた。



「…そうか。それは辛い思いをしたな…。」


しかし十太郎の目は真っ直ぐだった。


「俺は『空亡そらなき』を封印する為に、もっと力をつけなきゃいけない…。今のままじゃ駄目なんだ。」


「確かに…あやつの力は我々の想像を遥かに超えていた。天下五剣無くして立ち向かうのは不可能だろう。」


恒次は真剣な眼差しで十太郎の目を見つめた。


「お主にさずけた『数珠丸じゅずまる』を含め、今ここには三本の天下五剣がある。そして…『山城国さんじょうこく』からやってきた月乃と言う娘もまた、天下五剣の一振ひとふりを持っていた。」


「やっぱり!あれは天下五剣だったのか…!」


「やはり気づいておったか。」


十太郎は記憶を思い返した。


「あの刀には魍魎が封印されていた…。普通の刀じゃ封印することは出来ないから、もしかしてとは思ったんだけど…」


恒次は大きく頷いた。


「そう…あの刀は『三日月みかづき』。宗近むねちかと言う鍛冶職人が打った代物だ。刀の行方ゆくえまでは知らんだが、まさかあんな娘が持っていたとは…」


すると恒次は、何かに気がついたかの様に十太郎の顔を見つめた。


「いや…それはお主も同じか…。我が友『安綱やすつな』と、その息子が打った二本の刀を持っておったのだからな。」


すると十太郎は、童子切どうじぎり鬼丸おにまるを両手にかかげた。


「この刀は本人からのお墨付きだ。国綱くにつなさんと安綱さんから受け継いだ…大切な刀だ。それに…」


十太郎は二本の刀を下ろし、次は背中に背負った数珠丸を恒次に見せつけた。


「恒次さんからも…大切なものを受け継いでる!」


十太郎は笑って見せた。


「だからこそ…なんとしても強くなって、空亡あいつに勝たなきゃならねぇ…!」


十太郎の思いは恒次に充分伝わっていた。



 木の扉を叩く音がした。

部屋の中には寝床に横たわる月乃の姿があった。

扉の方へ視線を向けると、十太郎と恒次が立っている。


「おう!調子はどうだ?」


十太郎は笑顔で語りかける。

しかし月乃の表情はどこか暗い。

恒次は何かを察し、十太郎の前に割って入った。


「女医に聞いた…。腕のことは安心しろ。治す方法がある。」


月乃は恒次の言葉に驚いた。


「ほ…本当ですか!?」


「だがその方法を教える前に…まずは君の話を聞かせてくれ。」


少し間があったが、月乃は二人にこれまでの経緯を全て話した。



 恒次は険しい表情を浮かべ語り始めた。


「まだ幼い二人の少年少女が…こんな悲惨な道を歩いてきたとは…。」


恒次は胸を握り締めた。


「だがこれも運命…二人がここで出逢ったのも必然か…それとも…」


すると十太郎が口を開いた。


「同じ境遇の俺たちだからこそ…やってのける自信がある!村の人たちの為にも…」


「私だって…半端な覚悟で国を出たんじゃない。腕が無くなろうと…脚がもがれようと…必ずやり遂げてみせる!」


二人の意志は一つになった。


「『空亡そらなき』ぶっ飛ばして…」


「全ての魍魎を封印する!」


真っ直ぐな二人の目…真剣な顔つき…

そこに幼さなど微塵みじんも感じなかった。


恒次は両膝を叩き、覚悟を決めた。


「よしっ!今からお主たちに天下五剣の全てを話そう!そして…月乃の右腕を治す方法を教える!」


此処ここに三人の強い絆が生まれた。



 ここからは恒次の回想と共に、天下五剣の全てが語られる。


『天下五剣』…この世に存在する全ての刀の中で、最も優れた五振に与えられた名である。

鍛冶職人の『安綱』が打った『鬼祓おにばらいの刀』…『童子切どうじぎり』。

安綱の息子『国綱』が打った『鬼狩おにがりの刀』…『鬼丸おにまる』。

僧侶『恒次』が打った『封印の刀』…

数珠丸じゅずまる』。

山城国さんじょうこくの『宗近』が打った『神刃じんばの刀』…

三日月みかづき』。

そして未だ語られなかった、天下五剣最後の一振…。

光世みつよ』と言う刀鍛冶が打った『生命せいめいの刀』…『大典太おおでんた』。

この五振の刀は、人をおかわざわいややまいから人間を守る為にまつられた。

童子切は藤の村に。

鬼丸は八咫やた神社に。

数珠丸は封印のほこらに。

三日月は山城国に。

ただ…大典太おおでんただけは違う。


「その刀だけは…作者の光世みつよと共に在る。」


「じゃあ…その光世みつよって人に会えば…」


「話は最後まで聞け!」


恒次の一喝いっかつにより、十太郎は口を両手でおおった。


「これから語るのは、天下五剣最後の一振…

大典太おおでんた』を作った『光世みつよ』と言う人物についての話だ。」



 北の国…『石加賀いしかが』。

年中雪に覆われた白銀の世界。

光世はその国の『金華きんか』という地域に住んでいた。

光世の家系は刀鍛冶で、幼き頃から刀にたずさわってきた。

それゆえか、光世の才能が開花するのに時間はかからなかった。

光世はまだ十六にして『銘刀めいとう大典太おおでんた』を世に生み出したのだ。

そして二十歳はたちの時に、石加賀の『奥姫おくひめ』と結ばれた。

二人は幸せな暮らしを送っていた…。


しかしある日突然、妻の奥姫が重い病にかかってしまった。

原因は分からず、どうすることもできなかった。

光世はありとあらゆる手を尽くした。

だが妻の体調が良くなることはなかった…。


光世は一人となった。

残ったのは自らが打った刀だけだった。

この世に生きる意味を失った光世は、石加賀の最高峰さいこうほうである『白雪山はくせつざん』で、自身の最高傑作である大典太おおでんたを心臓に刺した。


「これが大典太光世おおでんたみつよの最後である…。」


十太郎と月乃は唾を飲み込んだ。

二人は恒次の顔をじっと見つめた。

しばらく間があった為、十太郎は耐えきれずに口を開いた。


「…最後って…じゃあ…」


「光世は死んだのだ。」


「え…!?」


二人には恒次の言っている意味が理解できなかった。

思わず月乃が問いかける。


「けどさっき…天下五剣の最後の一振は、その…光世さんと共に在るって…」


すると恒次はまっすぐ北の方角を見つめた。

痺れを切らした十太郎が口を開く。


「あーんもう…恒次さんー!もったいぶらないで早く教えてくれよー!」


十太郎の声に反応し、恒次は十太郎の方に顔を近づけた。


「天下五剣最後の一振は…亡霊となった光世の元に在るのだ。」


「ぼ……!」


「亡霊…!?」


まるで吹雪が吹き荒れた様に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る