第二十一話 『人の情け』

      背後に迫る一本の刀。


 鋭く尖ったそれは、十太郎とうたろうを目掛けて勢いよく向かってくる。

しかし十太郎は振り返ることもせず、刀を振りかざしたのだ。


「『童子切どうじぎりほむら太刀たち』…」


童子切に凄まじいほのおまとわりつく。

そのまま刀を、目の前に張り巡らされた糸に向かって振り下ろした。


「『爆轟ばくごう』!!!」


刀が糸に触れた瞬間、焔は目にも留まらぬ速さで糸をつたい、一斉に燃え広がる。

そしてそれは瞬時に土蜘蛛つちぐもの元へと到達した。


「ぐぁあああああああ…!!!」


土蜘蛛の体は巨大な焔に呑み込まれる。

張り巡らされた無数の糸は、次第に燃え尽きて散っていく。

その光景はまるで、火の雨と呼ぶに相応しい。

黒く焼け焦げた土蜘蛛は地面に倒れ込んだ。

十太郎は土蜘蛛の方へと振り返る。


「糸はお前へと繋がる導火線…張り巡らされた無数の糸…その全てと繋がることができるその能力があだとなったな。」


「うぐっ……くっ……」


十太郎は背中から数珠丸じゅずまるを抜いた。

そして地面を這う土蜘蛛に刀を突きつけた。


「終わりだ!」


その時、土蜘蛛は十太郎に向かって口から何かを吐き出した。

それは十太郎の体を包む程の大きなあみ状の糸だった。


「くっ…!」


粘着力の強い糸が体にまとわりつく。

十太郎は清姫の焔を体にまとわせ、糸を燃やし尽くした。

しかし目の前には土蜘蛛の姿は無く、遥か遠くへと移動していた。

土蜘蛛は大木に糸を粘着させ、手繰たぐり寄せて前へ進む。

十太郎はすかさず後を追うが、どんどん距離を離されていく。


「くそっ…流石に追いつけない…」


十太郎は三本の刀を所持している為、移動速度が落ちてしまう。

息を切らしながら懸命に足を動かす。

するとその時、十太郎はあることに気がつく。


「…この先って…」


十太郎の表情が険しくなる。


「まずい…!」


悪い予感が的中した。

土蜘蛛が向かっている先は、月乃つきの達の居る場所であった。



 鬼気きき迫る予感をいち早く察知したのは長子ながこだった。

慌てて立ち上がり、接近してくる禍々まがまがしいそれに目を向けた。

そばに居る恒次つねつぐには状況が理解できず、ただ長子を見つめるだけだ。

長子は地面に両手をつくと、地面に寝転がる月乃を軸に、円を描く様に岩の防壁を出現させた。

突然の出来事に恒次は驚いた。


「ど…どうしたというのだ…!?」


「構えろ坊主…!最悪の事態になるやもしれん…!」


刹那…岩壁は一瞬にして粉砕した。

瓦礫がれきは宙を舞うこともなく地面に崩れ落ちる。


「くっ…!なんて威力だ…」


そして少しの間も無く爆風が長子達を襲った。

長子と恒次は吹き飛ばされ地面を滑る。


「ぐわっ…!」


二人はそのまま大木に体を打ちつける。

目の前の砂煙が晴れると、そこには左右の大木に両手を糸で吊るされた月乃の姿があった。


「月乃…!!!」


長子の声が響く。

しかしその時、月乃の首元に白い糸の刀が突き付けられた。


「なっ…!?」


月乃の背後から土蜘蛛が現れたのだ。

長子は鋭い眼光で土蜘蛛を睨んだ。


「貴様…人質とは卑怯な!」


「何を言っている?貴様ら数人がかりで向かってくるのは卑怯とは言わぬのか?」


「くっ…」


「それにこの娘は私の獲物…いつ喰らおうが私の自由だ。」


「させるか…!」


「おっと…動くなよ?この娘の首が飛ぶぞ?」


土蜘蛛は不気味な笑みを浮かべる。

怒りを堪える長子は、ただ立ち尽くすしかなかった。


すると土蜘蛛は、左の手のひらを長子の前に突き出した。

その瞬間、手のひらの中心に穴が空き、そこから糸のやいばが出現した。

それは勢いよく長子の元へと飛んでいき、長子の両手足に突き刺さる。


「ぐあぁあっ……!」


長子は思わずその場に膝をつく。


「これでもう動けまい…黙って見ておけ。」


「…おのれぇ…土蜘蛛…」


悔しさと腹立たしさが混ざった感情。

しかしどうすることも出来ない絶望。

長子はうつむきかけた。


しかしその目にわずかな光が差した。

それは十太郎だ。

土蜘蛛の背後から音を立たずに切り掛かる。



「動くなと…言ったはずだ。」



土蜘蛛は十太郎の接近に気付いていた。

月乃に向けた糸の刀を、瞬時に十太郎の右肩に突き刺す。


「うぐっ…!」


「貴様は妖気がだだ漏れだ。どれだけ音を消しても、それでは尻を隠さぬ鳥と同じよ!」


土蜘蛛は糸の刀を手放し、十太郎の腹に蹴りを入れた。


「ぐはっ…!」


勢いよく吹き飛ぶ。

そして十太郎に刺さった糸の刀はほどけていく。

その糸は十太郎の両腕を縛った。

思わず二本の刀を手放し、その場に尻餅をつく。


「くそっ…!」


「あっはっはっはっは!一気に立場が逆転したなぁ!これだから人間は甘いのだ!もう貴様に私を倒すすべはない!貴様の敗因は私を焼き殺さなかったことだ!悠長ゆうちょうに刀を突き立ておって!」


土蜘蛛は豹変し、十太郎をけらけらと嘲笑あざわらった。


「貴様ら人間には『じょう』というものがあるらしいな。そのくだらん情こそが隙を生み…弱みを生む。貴様にとってはこの娘の命…それこそが貴様の弱み。そしてそれは、そこでひざまずいている魍魎も同じ…」


土蜘蛛は長子に視線を向けた。

すると長子は土蜘蛛に向かって言葉を発した。


「貴様の方こそ…随分と悠長に話しておるなぁ…」


「…なに?」


長子の口角が上がった。

笑っているのだ。

土蜘蛛は何かの異変を察知し、十太郎の方へと視線を変えた。

すると十太郎は長子と同じく、口角を上げ笑っていた。


「どうした土蜘蛛…には気付けても…人間の気配には気付けないか?」


土蜘蛛は目を見開いた。

目の前に居る十太郎の姿が次第に変化していくのだ。


それは十太郎に化けた天狐てんこの姿だった。


「ば…化狐ばけぎつね…!?」



その瞬間、土蜘蛛の視界は天地が逆さになる。



「……えっ…?」



そこには土蜘蛛の首をねた十太郎の姿があった。


「かっ……」


激しく吐血し、宙を舞った土蜘蛛の頭はやがて地面に落ちる。

それを追う様に体が倒れる。


「き……貴様……よくも…」


「…甘いんじゃない。『情』とは人間の心…。相手を思いやること。それに…俺はお前にだって情けをかけるさ。」


「なにぃ…」


「魍魎は人間の負の感情から生まれた存在…。この世に生まれたお前に罪は無い。」


土蜘蛛は呆然とし、十太郎を見上げた。


「だけど…仲間を傷つけるお前らは許さねぇ。それは魍魎だろうが人間だろうが関係ねぇ…。」


十太郎は静かに言った。



「…仲間…か…」


土蜘蛛は視線を月乃の方へと向けた。


「…『情』というものは…難しい。」


「…え?」


「この後におよんで…貴様はすぐに私にとどめを刺そうとはせず、語りかけている。私はこれを人間の甘さだと思っていた…。だがこれは…貴様が私にかけた『情』というものなのだな…。」


十太郎は土蜘蛛をあわれんだ表情で見つめた。


「これ以上ない屈辱…。身も…心までも滅ぼすという訳か…人間も残酷なものだ…な…」


弱々しくなる声が帰ると共に、土蜘蛛は静かに目を閉じた。

その顔は人間のそれと何ら変わりなく、安らかに眠りについている様であった。


十太郎は右手に握った数珠丸じゅずまるに力を込めた。


「お互い様だろ…。」


数珠丸は土蜘蛛の頭を貫き、大きな光を発した。

光は土蜘蛛の魂を刀の中へと吸収していく。

月乃にかかった糸は消え、その場に倒れ込む。


「月乃!」


長子は力を振り絞り、月乃の元へと駆け寄る。


十太郎は天狐の方に視線を向ける。


「ありがとなぁ!天狐!」


「礼などいらん…それより坊主の方はいいのか?」


「あ…そうだ…!恒次さん!」


十太郎は慌てて恒次の方へと走っていった…。

地面に寝そべる恒次に駆け寄る。

恒次はなんとか自力で起き上がっていた。


「大丈夫か?」


「あぁ…少年よ…よくぞやってくれた。今一度礼を言うぞ。有難う。」


そう告げると、恒次は十太郎の持つ数珠丸に視線を向けた。


「あの時…私は『外道げどう』を封印出来なかった。あの禍々まがまがしい程の怨念おんねんは私の力では封じることが出来ない…。」


すると恒次は両手を合わせ、十太郎を拝む様に頭を下げた。


「少年…いや、柳楽やぎら十太郎とうたろう!この数珠丸で世界を救ってくれ!」


恒次の『情』は、十太郎に確かに託された。

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