第二十話 『最終局面』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 二本の刀が地面に落ちる…。

そのあとから大量の血が降り注ぐ。

腹を一突きされ、両手足を糸で吊るされた十太郎とうたろうは身動きを取れずにいた。

土蜘蛛つちぐもの腕が十太郎の腹から抜かれる。


「ぐあぁあっ…!くっ…」


激しい痛みが全身を駆け巡る。

土蜘蛛は腕についた十太郎の血を口元まで持ってくると、舌でゆっくりと舐め回した。


「どこから喰われたい?人間…」


土蜘蛛は不気味な笑みを浮かべる。

すると十太郎は口を開いた。


「へっ…お前なんかに…喰われてたまるかよ。俺には…背負ってるもんが…あるんだ…」


すると土蜘蛛は十太郎の背に視線を向けた。


「貴様が背負っているものなど…せいぜい背中に差したその刀ぐらいだろう。」


十太郎は背に担いだ数珠丸じゅずまるの方へと意識を向ける。

土蜘蛛は話を続けた。


「もはやその刀すらまともに抜くことさえ出来ない。貴様が何を背負っているかは知らんが、所詮意味を成さん。」


土蜘蛛は右腕を大きく振り上げ、十太郎に向かって勢いよく突き出した。


「貴様はここでくたばるからなぁ!!!」


その時、土蜘蛛の腕が十太郎に触れるわずかかな瞬間、十太郎の体は激しく爆発した。


「…なっ!?」


土蜘蛛は突然の事に驚く。

白い煙は土蜘蛛の視界を奪う。

するとその時、土蜘蛛の鋭い脚が切断された。

体勢を崩し、その場に倒れ込む。


「くっ…なんだ…!?」


すると土蜘蛛の目の前には、二本の刀を構えた十太郎が立っていた。

土蜘蛛は唖然としている。


「なっ…なぜ貴様が立っている!?」


よく見ると先程の腹の傷はついておらず、代わりに全身が土で汚れていた。

十太郎の付近には、地面に穴を掘った形跡が残っていた。

土蜘蛛は悟った。


「そうか…私が刺したのは分身…」


十太郎は土蜘蛛の攻撃により発生した砂嵐にまぎれ、本体は地面の中で身を潜め、天狐てんこの妖力で作り上げた分身がおとりとなっていたのだ。


「刀を地面に落としたのも…わざとか…」


「そう…全部作戦通り!参ったか蜘蛛野郎!」


完全に十太郎に出し抜かれた。

土蜘蛛は込み上げてくる怒りを必死に堪え、大きく息を吸った。


すると土蜘蛛の体は、ほつれた糸の様に解けていく。

そして元の人間の姿へと戻っていった。



「どうした?降参か?」


十太郎の問いかけに静かに答えた。


「…言っただろう…貴様は殺すと…」


すると土蜘蛛の両手から無数の糸が出現し、複雑に絡みながら刀の形を成していく。


糸はやがて真っ白な二本の刀になり、土蜘蛛の両手に固定された。

そして静かに口を開く。


「第一形態は人の姿…人間の油断を誘い仕留める。第二形態は土蜘蛛の姿…巨大な体と圧倒的破壊力で仕留める。そして第三形態は…全ての妖力を『糸の刀』に集中させ…」


刹那…土蜘蛛の姿は十太郎の視界から消えた。



「確実に殺す。」



その声が聞こえた時には、二本の糸の刀はすでに十太郎の首を挟み込んでいた。


その時、左手に握った鬼丸が光を放ち、咄嗟とっさに天狐が飛び出した。


「…天狐!?」


実体化した天狐は土蜘蛛の右腕を掴んだ。

刀が十太郎の首元の寸前で止まる。

しかしもう片方から刀が迫る。

十太郎は反射的に後ろへ下がった。

糸の刀は十太郎の首をかする。

傷は浅いが出血し、白い刀に赤がついた。


「天狐…ありがとう、助かった。」


「油断するなよわっぱ…奴は今までとは違うぞ…!」


分かる…

目の前に立っているだけで伝わってくる。

土蜘蛛から感じる膨大な妖気と殺気。

少しも気を緩めることは許されない。

十太郎は自分に言い聞かせた。


「感覚を研ぎ澄ませろ…目を離すな…そうだ…糸の様な緊張感を持て…」


呼吸を整え、再び刀を構える。

そして土蜘蛛は再び姿を消した。

十太郎は全身の感覚を研ぎ澄ませる。

目は常に動かした状態。

視野を広く、そして一番気をつけるべきは…


「死角だぁ!!!」


十太郎は右回転しながら、二本の刀を同時に振った。

するとそこへ糸の刀が衝突する。

土蜘蛛は十太郎の背後を狙ってきたのだ。


「うまく合わせたなぁ…だが遅い。」


土蜘蛛は右手を後ろに引いた。

するとそれに釣られ、十太郎の二本の刀が引き寄せられる。


「え…?」


思わず腕が伸びきり、体までもが引き寄せられる。

しかし反対側からは、土蜘蛛のもう一方の刀が迫ってきている。

このままでは横腹に刺さり、胴体を真っ二つにされてしまう。

十太郎は瞬時に判断した。

童子切どうじぎりに力を込め、清姫の妖力を吸い上げた。


「はぁああ…!!!」


十太郎の発声と共に、刀からほのおが出現した。

焔は刀の先から細く伸びていき、途中で途絶えた。

その瞬間、引き寄せられていた体は自由になる。

十太郎は童子切を土蜘蛛の首に目掛けて勢いよく振り下ろした。

しかし土蜘蛛は瞬時にその場を離れ、十太郎の斬撃は空振りに終わる。


「…はやい!」


十太郎はその場に倒れ込む。

すぐに起き上がり刀を構える。

すると清姫が刀の中から語りかけた。


「奴の刀には触れぬ方がよい。先程の様に刀に触れた瞬間、粘着質のある糸を付着させられ動きを封じられるぞ。」


「そうみたいだな。清姫の焔をまとった童子切じゃないと攻撃を受けられないって訳か。」


すると今度は天狐が語りかけた。


わっぱ…鬼丸は使うな。奴の能力に二刀流は不利だ。」


十太郎はうなずき、鬼丸を背中のさやに収める。

両手で童子切を握り、鋭い眼光を飛ばした。


「いくぞ…清姫!」


焔は激しく燃え上がり、同時に十太郎が駆け出した。

勢いよく土蜘蛛に向かって切り込む。

しかし土蜘蛛は瞬時に姿を消す。

焔の斬撃が宙を舞う。


「くっ…!」


すぐに辺りを見渡すが、土蜘蛛の姿は何処にも無い。

十太郎は咄嗟とっさに上を見上げた。

予感は的中した。

今まさに、十太郎の頭上を糸の刀がかすめたのだ。

咄嗟とっさにしゃがみ込み回避する。

続けて二撃目が繰り出される。

十太郎は体を回転させながら刀を振った。

激しく衝突する二つの刀。

その時、火花が散った。

十太郎は刀を押し返すと、出現した火花を刀に纏わせた。


「『童子切どうじぎりほむら太刀たち火焔玉かえんだま』!」


火花は大きな球体となり、振り下ろした刀と共に土蜘蛛へと襲いかかる。

しかし土蜘蛛の体は、何かに引き寄せられるように上空へと舞う。

その時、十太郎は気付いた。


「…糸!」


すると清姫が反応を示す。


「奴の不自然な移動速度…それに回避能力…全てはこの場内に張り巡らされた糸によるものじゃ。」


清姫の言う通り、土蜘蛛の動きには違和感を感じていた。

普通では避けられない攻撃も、一瞬にして場所を移動したことも。

全ては糸の引き寄せる力によるものだった。

そして土蜘蛛はゆっくりと地面に着地する。


「全ては私の計算通り。この『土蜘蛛の巣』に入った時点で貴様に勝ち目は無い。」


十太郎は辺りに張り巡らされた無数の糸を見つめる。

そして刀にそっと語りかけた。


「清姫…ありったけの妖力を俺に回してくれ。考えがある…。」


「真っ向から奴に向かっても無駄じゃぞ。分かっておるのか?」


「あぁ…真っ向から向かわなきゃいいんだ。」


十太郎は笑みを浮かべた。

そして地面を蹴り、真っ直ぐに土蜘蛛へと向かっていった。

思わず清姫が口を開く。


「おい…!わらわの話を聞いておらんかったのか!?」


「はぁああああ…!」


大きな声を上げながら刀を振った。

しかし大振りな攻撃は、いとも容易たやすかわされる。

土蜘蛛は刀をかわしながら後退する。


「学ばん奴だ。そんな攻撃は当たらん。」


しかし十太郎は、ひたすら刀を振り続ける。

やがて土蜘蛛を張り巡らされた糸の壁まで追い詰めた。


「追い詰めたつもりか?だが何の意味もない。私は糸で何処へでも飛べるぞ!」


土蜘蛛は口にした通り糸に引き寄せられ、一瞬にして上空へと飛んだ。

十太郎の背後へと回り糸の刀を構える。


「さぁ…このまま串刺しにしてやる!」


土蜘蛛は勢いよく向かってくる。


その時、十太郎は土蜘蛛に背を向けたまま刀を振りかざした…。

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