第十四話 『母の腕の中』
人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。
世は『
山城国の姫…『
月乃は地面に刺さった刀を抜こうとするが、突如出現した邪悪な妖気に体の自由を奪われてしまう。
長子の正体は、
操られた月乃は、追ってきた父を刀で刺してしまう。
そして月乃の悲痛な叫びが響き渡った…。
喉を貫かれた
刀を握った月乃の手は震えている。
背後から長子が姿を現し、月乃の手に両手を重ねた。
「どうだ?人間を殺す感覚は…最高だろう?」
狂気に満ちたその笑みは、月乃の感情を爆発させた。
「うわぁああああ…!!!」
怒りと憎しみに呑まれる。
目から溢れる涙が止まらない。
「そうだ…そうだ…もっと
月乃の意識は次第に遠のいていった…。
「…月乃!目を覚ましなさい!」
聞こえてきたのは女の声だった。
それはどこか聞き覚えのある優しい声だった。
月乃は正気を取り戻す。
すると刀の中から、白く綺麗な二本の腕が出現した。
そしてそれは長子を捕らえ、刀の中に引きずり込む。
「くそっ…なんだ…これは…」
長子は力強く引き寄せられる。
その様子を見ていた月乃は、聞こえてきた声と共に、ある事に気がつく。
「…お母…様…?」
その言葉に反応する様に両腕は力を増し、長子を一気に刀の中へと引き戻した。
「おのれぇ…!小娘がぁ…!」
長子は完全に刀の中へ戻った。
月乃の体は自由を取り戻した。
「お母様…お母様なの…?」
月乃は刀に呼びかける。
すると刀は青い光を放ち、そこに人の姿を映し出した。
それは母…『
「月乃…大きくなったわね。」
「お…母…様…!」
止まりかかっていた涙は再び流れ出す。
「ごめんね…。もう少し早ければ…」
「どうして…」
「え…?」
月乃は母に訴えかけた。
「どうして…貴方たち二人は…私に謝るの?」
「月乃…」
月乃は自分を責めていた。
「…こんな状況になったのは…全部私の」
「誰のせいでもないわ。もちろん…お父さんだって悪くない…。ただ…運が悪かっただけ。」
切ない表情を浮かべる母に、かける言葉が思い浮かばなかった。
「だけどね…貴方を巻き込んでしまった事は、私達夫婦の責任…だから謝りたいの。」
「違う!お母様のせいじゃない!お父様も…全部この化け物のせい!こいつらさえ居なければ…」
月乃はその場に崩れる様に座り込む。
すると日和は優しく語りかけた。
「月乃…よく聞いて。魍魎は元々人間の負の感情から生まれたもの…言わば憎しみや怒り…悲しみや苦しみ…誰もが抱く感情がいつしか形となり、人間を襲う様になった。」
すると刀の中から長子が口を開いた。
「ふんっ……知った様な口を…」
「私は十五年間、
「ちっ…。」
長子は黙り込んだ。
「この子たちは人間を襲う事でしか自分を表現できない悲しい生き物なの。だから…誰も悪くない…」
「綺麗事だな…」
長子は反抗する。
しかし月乃の長子を見る目が少しだけ変わった。
「それでも…この魍魎は私の父と母の命を奪った…。その事には変わりない。私はこいつが憎い。許せない…」
「貴方が魍魎たちを、呪縛から解放してあげなさい。」
「…え…?」
「その刀で…終わらせてあげるのよ。」
「この…刀で…」
月乃は手にした刀を見つめた。
刀身には三日月の
「その刀は『
「天下五剣って…この刀が…?」
「夜空に浮かぶ月の様に…全ての闇を照らし出す…。」
すると突然、刀から再び邪悪な妖気が漏れ始めた。
「お前は行かせぬ!私が体を乗っ取り…この街の人間を喰い尽くす!」
それを抑え込む様に、日和が長子を引き戻す。
「貴方は私と共に
「離せ!私はまだ死なん…!」
刀が激しく揺れる。
月乃は刀を強く握り締め、震えを抑える。
「私はまだ死なん…死んでたまるか…!待っているんだ…妹が…」
長子の言葉に反応し、日和の力が弱まった。
それと同時に邪悪な妖気は外に漏れ出す。
月乃は刀を振り回し、妖気を払おうとする。
しかし妖気は月乃の体を埋め尽くした。
辺りは真っ暗になった。
視界が
何も見えない。
そして体がまた動かなくなっている。
長子に乗っ取られてしまったのだろうか。
すると突然、眩しい光が差し込んだ。
それはとても温かく、優しい光だった。
光はそのまま月乃の体を包み込んだ。
それはまるで…母の腕の中の様だった…。
「もう…頑張らなくていいのよ…長子。」
その声は日和のものだった。
日和は確かに月乃を抱きしめていた。
しかしそれは、月乃の中にいる長子を包み込んでいるような感覚だった。
「お母……さん…?」
長子がそう呟いた途端、光は月乃の体を包み込み、視界が真っ白になった。
目を開けると目の前には刀が転がっていた。
体は自由に動く。
月乃は刀を手にすると、三日月の
「…お父様…お母様…ありがとう。」
月乃は目を
城下の街は火の海と化していた。
逃げ遅れた人々の悲鳴が、この悲惨な現場を物語っている。
焼け
「人間共…!姉様をどこへ隠したぁ!」
怒り狂った様子のそれは、人の形をした魍魎だ。
肌は薄緑に染まり、皮膚は硬く亀裂が入っている。
そして背には大きな
「やはりあの城か…待っていろよ…姉様。」
魍魎は屋根を飛び降り地面に着地する。
顔を上げると、そこには月乃が立っていた。
「…なんだ?小娘…」
月乃の手には『三日月』が構えられている。
「この『
亀姫の言葉に、月乃は唾を飲み込んだ。
額から汗が流れる。
「もう貴方たちの好きにはさせない。」
「言っておくが…そこらの武士では相手にならんかったぞ。小娘に何が出来る?」
「私は武士より強い!」
「ほう…ならばその
その瞬間、亀姫は月乃の目の前に現れた。
「試してみるか?」
月乃は瞬時に刀を振る。
しかし初動が遅れた。
蹴りを腹に喰らってしまい、そのまま後方へ吹き飛ぶ。
「ぐあっ…!」
勢いよく小屋に突っ込む。
亀姫はゆっくりと近づいてくる。
すぐに体勢を整えなければやられる。
しかし思ったよりも攻撃は重く、中々起き上がる事が出来ない。
「どうした?それではさっきの武士以下だぞ?」
月乃は力を振り絞り、立ち上がった。
既に体は傷だらけだ。
それでもなんとか刀を構え前を見つめる。
「よし…それでいい。その表情を崩すなよ?」
次に現れた時には、月乃の死角で拳を振りかぶっていた。
「それでこそ痛ぶり
「…くっ!」
「ぐはっ…!!」
地面に叩きつけられながら吹き飛ぶ。
もはや刀を握る力は残っていない。
地面を
「くそ…くそ…くそ…!」
小さな拳を地面に叩きつける。
悔しさから溢れ出す涙と、体から流れる血で地面が
ぼやける視界に亀姫の足元が映った。
「もう立てぬか?…か弱き人間よ。」
月乃の返答は無い。
少し間があったが、亀姫は拳を構え振りかぶった。
「そうか…ならば黙って死ね!」
その瞬間、月乃の体を囲む様に、四方の地面から大きな岩の壁が出現した…。
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