第二章 山城国ノ月姫編
第十三話 『月に吠える』
夜空にかかる三日月。
切り倒された大木の上、優雅に
風に
しかし彼は人間では無い。
この世に
しかしその真実を知るものは、誰一人として居ない。
「
彼を呼ぶ声が聞こえた。
遠くから
「そんな所で何をしておられるのですか?」
「月を見ていたんだ…」
すると
「三日月ですか…。綺麗…」
「あぁ…とても綺麗だよ…。」
すると男は
そしてゆっくりと右手を伸ばし、
「綺麗だよ……お前たち人間と違ってね。」
その瞬間、
跡形も無くなり、ただ心臓だけが地面に落ちた。
男は落ちた心臓を一掴みすると、それを三日月に
どくどくと脈打つ鼓動は、次第に弱まってゆく。
「
そう呟くと、そのまま心臓を後ろへ放り投げた。
右手に付いた血を払い、男は歩き出した。
心臓は宙を舞い、やがて地面に落下する。
すると地面に接触する直前、心臓は黒い影に呑まれるように消えた…。
城中を慌ただしく駆け回る武士たち。
外には危険を知らせる鐘の音が何度も響き渡る。
それは
「…なんの騒ぎ…?」
月乃は手すりから身を投げ出し城下を見下ろす。
あちこちの民家で火災が起きている。
月乃は呆然と立ち尽くす。
すると背後の扉が勢いよく開いた。
「月姫様!」
振り返ると、そこには
「一体外で何が起きているの?」
「化け物です!化け物が城下の街を暴れ回っております!」
「…なっ!?」
「ここは危険です!すぐに地下室に避難しましょう!」
長子は月乃の左腕を掴むと力強く引き寄せた。
しかし月乃はそれに逆らう様に
「何をしているのです!早く逃げましょう!」
月乃は長子の腕を振り
「…月姫…様…?」
すると月乃は再び城下を見下ろした。
「…みんな…苦しんでる…みんな闘ってる。」
これは恐怖からくるものでは無い。
自分との
「月…」
長子は言いかけた言葉を呑み込み、首を横に振った。
そして再び口を開いた。
「月乃様!地下室に『真剣』を隠してあります!」
「…長子…?」
「あの刀は月乃様のもの…。一緒に闘いましょう!」
月乃は長子の目を見つめ、ゆっくりと
地下へ通じる石の階段を下る二人。
地上よりも肌寒く薄暗い。
奥へ進むと、刀身が剥き出しの状態で地面に刺さった一本の刀が視界に飛び込んできた。
「これは…?」
月乃が長子に問う。
「父…『
「こんなものが…」
「本来これは、月乃様が亡き母上…『
「お母様が…?…どうして…」
「勇男様は…貴方の身を案じ、守る為に刀を隠したのです。」
ゆっくりと刀の方へ近づく。
「…凄く綺麗。」
刀身は鮮やか…三日月を思わせる
月乃は刀に
「そうです…。それは貴方のもの…貴方が刀を握るのです。」
「これは…私の…もの…。」
右手は何かに操られたかの様に、刀の
「よせ!刀に触れてはならん!」
その時、背後から男の声が響いた。
月乃は
そして振り返るよりも先に刀に手を掛けた。
「ふっ……」
その時、長子の笑みがこぼれた。
「え…?」
刀を握った月乃は、次第に邪悪な妖気に呑まれていく。
「なっ…何…これ…!」
「月乃!」
勇男が駆け寄る。
しかし月乃は、勇男の目の前で刀を振った。
「月……何を…!」
勇男は目の前で足を止めた。
そしてこれは、月乃の意思ではない事を察知した。
「…操られているのか…」
邪悪な妖気は月乃の体を
「何なの…これ…体が…」
「刀を離しなさい!月乃!」
「はな…れない…!」
その瞬間、妖気は月乃の背後で人型に成り始める。
その容姿はまさに長子のものだった。
「長子…!」
月乃は驚愕する。
長子は右手で月乃の頬を
「…ど…どういう…こと…?長子…」
「貴様…魍魎か!娘から離れろ!」
勇男は怒りを
しかし月乃は、そんな父の言動に違和感を感じていた。
「お父様…?何言っているの…?魍魎って…」
「魍魎…すなわち妖怪。お前に取り憑いている化け物の事だ!」
月乃は再び長子を見つめる。
しかしどう見ても自分の知っている長子の容姿である。
長子は月乃の体を
「くっ…待って…お父様…長子は人間よ!ずっと私の側にい…」
「そいつは母さんを殺した魍魎だ…!」
一瞬時が止まった様に感じた。
頭の理解が追いつかない。
「え……?…だって…長子は……」
すると長子は月乃の背に覆いかぶさるように
「まだ分からんのか…?今の私の人間の姿は、お前にしか見えていない。」
「……そんな…」
「私の本当の名は『
「…うそ…」
「それにしても…お前が
長子は勇男を睨み返した。
とてつもない殺気が勇男を襲い、体が震え後退する。
「今度は…娘の命を奪うつもりか…?」
勇男の声は震えていた。
「なぁに安心しろ。先に
言葉が終わると同時に、長子の姿は月乃の中に消えていった。
すると月乃の目の色が赤く光り、目つきが変わった。
そして勢いよく勇男に襲い掛かった…。
両手が温もりに包まれる。
どこか懐かしい気持ちになった。
母の記憶は、月乃の物心がつく前の物しか無い。
それでも確かに、母の腕の中で眠っていた安らかな記憶だけは鮮明にあった。
「月……乃……」
しかしこの温もりは別のものだった…。
「お父……様……?」
目の前には、吐血した父の姿があった。
月乃は恐る恐る視線を下に向けた。
すると両手は血で赤く染まり、自分の握った刀が父の胸を貫いていたのだ。
「月…乃…ぐふっ……!」
「お父様!!!」
勇男はその場に倒れ込む。
出血がかなり酷い。
「すまな…かった…月乃…」
「なんでお父様が謝るのよ…刺したのは…」
「お前の力を信じ…全てを…打ち明ける…べきだった…」
「もう喋らないで…!このままじゃ……し…」
「死ぬだろうなぁ。」
月乃の言葉を
刀から
「くっ!」
月乃は勢いよく刀を振る。
しかし具現化した長子には、刀がすり抜け攻撃が当たらない。
「くそっ!」
「まぁ落ち着け…そこで野垂れ死んでいる男に代わって私が話をしてやろう。」
「なに…!?」
「十五年前…私はこの城を襲った。人間の魂を喰らう為にな…。百を超える武士どもは私一人に歯も立たず、
月乃は鋭い目付きで長子を睨んだ。
「しかし…私は油断していた…。まさかあんな小娘が剣術に長けていたとは…」
長子は月乃を見て不気味に笑った。
「そう…お前の母親だ。奴はその刀で私に傷を負わせた。
「…お母様が…」
「そしてその男と共に…私をこの刀に封じ込めた…。その後…女は力尽きたがな。」
「おのれぇ…魍魎…ごふっ…!」
「お父様…!!」
月乃は吐血する父を見つめる。
駆け寄りたい気持ちは山々だが、長子の存在が邪魔をする。
「その男はもう助からん。そして…お前の体は私が頂く。」
長子は再び邪悪な妖気となり、月乃の体を
「くっ…離れろ!」
「離すものか…どれだけ待ち
必死に抵抗するも、徐々に体の自由は奪われてしまう。
刀を持つ手が震える。
刀を父に向けまいと抵抗する。
「くっ…くそっ……やめろ!」
「くくくく…さぁ…自らの手で父親にとどめを刺すのだ。」
月乃の息が荒くなる。
刀は既に勇男の喉元まできていた。
すると勇男はゆっくりと口を開いた。
「月…乃…」
「お父様…!」
「お前を守ると…母さんに…約束したんだ…」
月乃は大きく首を横に振った。
その目には涙が浮かんでいた。
「すまない…約束…守れな…」
最後の言葉は聞くことが出来なかった。
刀が喉を突き刺したのだ。
血が宙を舞う。
やがて月乃の感情が崩壊する。
「うわぁああああああああああ…!!!」
月乃の悲痛な叫びが響き渡った…。
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