第十一話 『焔ノ太刀』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 強い妖力が地面を鳴らす。

清姫きよめ外道げどうは同時に地面を蹴り、童子切どうじぎりと影のやいばが激しくぶつかり合う。

目の前に火花が散った。

その時、清姫の目があかく光った。


「『妖術ようじゅつほむら太刀たち飛火とびひ』」


そう呟いた瞬間、その火花は突然大きくなり、外道の体に直撃する。


「ぐあっ…!」


黒い皮膚を更に焦がすほのおは、外道の体から煙を上げる。

しかし清姫の追撃は止まらない。

外道が影の刃で攻撃を防ぐたび、飛び散った火花が襲ってくる。


堪らず地面に映った影の中へと逃げ込む。

清姫はそれを逃すまいと、影の映る地面に刀を向けた。

きっさきが光を放ち、火の玉が出現する。


「『妖術ようじゅつほむら太刀たち火遊ひあそび』」


その瞬間、きっさきの火の玉は激しく爆発した。

影もろとも地面をえぐるその爆発に、外道の体は影の外へと放り出される。


「うぐっ…くそ…!」


清姫は体を回転させながら接近する。

そして外道の目の前で刀を大きく振り上げた。

外道は寸前で刀をかわす。

しかしきっさきが目の前に来た瞬間、またもや火の玉が出現し大爆発を起こした。


外道は激しく吹き飛び大木に打ちつけられる。

余韻に浸っている暇は無かった。

目の前には既に清姫の姿が迫って来ていた。

外道は大木と背中の間に生まれた影から、無数の刃を放った。

清姫は宙に浮いている為、避けることは出来ない。

だが速度をゆるめる事無く接近する。

無数の影の刃が清姫の体を切り裂くも、何事もなかったかの様に外道との距離を詰める。

そして清姫は刀を振り上げた。

外道は影で足場を作り、上へ飛んで攻撃をかわす。

清姫はそのまま大木に刀を滑らせ、外道に向かって思い切り刀を振り上げた。

大木と刀が摩擦を起こし、大量の火花が外道に向かって降り注ぐ。


「『妖術ようじゅつほむら太刀たち火遊ひあそび鼠花火ねずみはなび!』」


火花は清姫の元から徐々に遠くへ、爆発の連鎖反応を起こしながら進む。

やがて爆発は外道の元へ辿り着く。


「ぐあっ…!」


爆風に押され、外道は地面に倒れる。

そしてそのまま胸の中心に刀が突き刺さった。


「うぐっ…」


清姫が刀を投げたのだ。

刀は外道を貫き地面に刺さる。

清姫は瞬時に外道の元へ移動し刀に手を掛けると、刀をぐりぐりと押し込んだ。


「ぐあぁぁああ…!」


外道の悲惨な声が鳴り響く。


「お…のれぇ!小娘がぁ…っ!」


「これで分かったじゃろう?どちらが上か。」


「我を侮辱ぶじょくするなぁ!!!」


すると外道の倒れる地面一帯が、大きな牙の形を成した影に包まれた。

清姫は異変を察知し、外道の体から刀を抜く。

それと同時に、影の牙は外道自身を呑み込みながら噛み付いた。

清姫は寸前でその場を離れる。

先程外道から受けた傷は超回復で治っていく。

外道を包む影は徐々に消え、姿があらわわになる。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


「どうした?息が荒いぞ。」


外道にとって、これ以上ない屈辱くつじょくであった。



 十太郎は清姫の跡を追っていた。


「あいつ…どこまで行ったんだよ…」


十太郎の背には天狐てんこが乗っている。


「妖気の痕跡こんせきが濃くなってきている。こちらで間違いないだろう。」


「あぁ、それは分かってるんだけど…」


「ん?どういうことだ?」


「え?あぁ…俺と清姫は魂が繋がってるんだ。俺があいつの心臓を喰っちまったから…。それである程度離れていても、お互いの場所を感知出来るんだよ。」


十太郎の言葉に、天狐は目を細めた。


「…ぬしら…束縛が過ぎるな。」


「好きでやってんじゃねぇよ!」


天狐に言い放ったその時、近くに清姫の妖気を感じ取った。


「こっちだ!」


十太郎は更に足を速めた。



 外道はゆっくりと体を起こし、再び立ち上がる。

息を切らし、その表情からは怒りと焦りが垣間かいま見える。

清姫は刀を肩に乗せ、退屈そうに立っている。


「こうも力の差があり過ぎると、可哀相にも思えてくるのぉ…。」


「はぁ…はぁ…ふざけやがって…」


「貴様とわらわでは天と地の差じゃ。」


「黙れぇ…!我は百鬼ノ魍魎…『の方』に一番近い存在…」


刹那せつな、再び焔が外道を襲う。


「ぐぁああ!!」


「黙るのは貴様の方じゃ。貴様如き低俗魍魎ていぞくもうりょうが…『彼の方』に一番近い存在じゃと?」


「…そうだ!悪より生まれし悪の根源…!この黒い影はこの世の全てを呑み込む…!」



「笑わせるな…うせろ。」


清姫がそう言い放つと、焔は威力を上げ燃え上がった。

森を突き抜け空高くのぼる焔は、十太郎の目にもはっきりと映った。


「清姫の焔…!」


「派手に暴れているようだな。奴の逆鱗げきりんにでも触れたか…」


「逆鱗って…たしか…」


十太郎は足を止め、清姫が怒りをあらわにしていた時の記憶を思い出した。


「『の方』…?」


「…そういえば話していなかったか。」


「『の方』って…誰のことなんだ?」


すると天狐は十太郎の背中から降り、一拍いっぱくおいたのちに語り始めた。


「…百鬼ノ魍魎のかしらにして百鬼ノ魍魎を創り上げた張本人…」


「百鬼ノ魍魎の…かしら…?」



燃え盛る焔は辺りを焼き尽くすと、やがて小さくなっていく。

黒く焼け焦げた外道は力尽きる様に倒れた。


「か……っは……」


もはや言葉すら発せぬ状態。

目は焦点を見失い、体は小刻みに震える。

目の前には刀のきっさきが待ち構えている。


「貴様は所詮、『影』の魍魎じゃ。」


清姫は刀を手前に引き寄せ狙いを定めた。


「影は日のもとで大人しくしているものじゃ。」


とどめの一撃を刺すため、刀を勢いよく突き刺した。




「何をしている…?」




刹那…外道に刀が刺さる寸前、その声によって清姫の動きが停止した。

体が言うことを聞かない。


「なっ…『金縛かなしばり』…?」


外道はその隙に力を振り絞り、勢いよく起き上がると、そのまま清姫の腹を思い切り蹴り飛ばした。


「くっ…!」


清姫は後方へ吹き飛び地面に叩きつけられる。

刀は宙を舞い地面に突き刺さる。


「ぐっ…なんじゃ…一体…」


地面をい、外道の方に視線を向ける。

するとそこには、あおい着物をまとった黒髪の青年が立っていた。

ぼんやりと映るその姿をはっきりと捉えた時、清姫の表情が凍りついた。



「百鬼ノ魍魎の…かしら…?」


十太郎は驚いた。

すると天狐は話を続けた。


「名は『空亡そらなき』…人間の怨念おんねん嫉妬しっとが生み出した魍魎の原点にて我らの生みの親だ。」


十太郎はつばを飲み込んだ。


「…我ら百鬼ノ魍魎を生み出した際、奴はまだ幼い子供だった…。」


「子供…?」


「人間の赤子と変わらぬ姿だ。そんなものが我らを生み出すのだからなぁ…最初は驚いた。」


十太郎はある疑問を天狐にぶつけた。


「前に天狐が言ってた『空坊くうぼう』って…その空亡そらなきって奴の事だろ?」


天狐は記憶を辿った。

そして自分が清姫に発した言葉を思い出す。


「あぁ…奴の姿を見た一部の魍魎たちが、奴に付けた渾名あだなだ。」


「子供のなりをしているから…空坊くうぼう…」


十太郎の疑問は止まらなかった。


「『約束』って…何のことだ?」


天狐は何でも単刀直入たんとうちょくにゅうに聞いてくる十太郎に対し、溜め息をついた。


「…奴は百鬼ノ魍魎を生み出したのち、我らにある命令を下した。」


「命令…?」


「魍魎の力の根源である、人間の魂を喰らうことだ。」


十太郎の表情が引きる。

だが現実を受け入れるのに時間はかからなかった。

何故なら今まさに、非現実的な世界の中に居るのだから。


「そいつの目的は何だ?なんでそんな事を…」


すると次の瞬間、辺りの空気が一瞬にして変わった。

とてつもない悪寒おかんが走る。


「なっ…なんだ?」


それは先程焔が上がった方向から感じるものであった。



 地面をう清姫の姿がそこにある。

見上げると、蒼い着物を纏った黒髪の青年が立っている。


「何をしている…?」


その言葉は清姫に対してでは無く、青年が外道に対して放ったものであった。

外道は瞬時にひざまずき、青年に向かって頭を下げた。


「もっ…申し訳ありません…」


その時、清姫は青年の顔をはっきりと捉えた。

一瞬にして表情が凍りつく。


「あ……貴方あなたは……」


驚愕する清姫を他所よそに、外道はその名を強く叫んだ。


「『空亡そらなき』様!!!」


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