第十話 『悪鬼・外道』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 十太郎とうたろうは再び外道げどうに向かって走り出した。


清姫きよめをやる!」


童子切どうじぎりに力を込める。

すると清姫が刀の中から語りかける。


「何か思いついたようじゃの。」


「まぁな…借りるぜ!お前の妖力ちから!」


そう言い放つと、外道を囲むように円を描きながら走り始めた。

素早く移動する十太郎に狙いを定め、巨大な拳が飛んでくる。

寸前でかわし、拳は地面に直撃する。

外道の怪力は、地面を激しくえぐる程の威力である。

じかに当たればひとたまりもない。


「人間が…ちょこまかと鬱陶うっとうしい!」


気がつけば、外道の攻撃で空いた穴が四つ出来ていた。

外道を中心にして四方に空いた穴は、十太郎の計算通りに空けられたものであった。

十太郎は足を止め、刀を器用に振り回す。

そしてそのまま地面に向かって勢いよく突き刺した。


「『童子切どうじぎりほむら太刀たち火柱ひばしら』!」


するとその瞬間、四方の穴からほのおはしらが空高く噴き出した。

徐々に火柱は渦を巻きながら円を描き、逃げ場のない焔の牢獄が出来上がる。

外道は逃げ場を失い、唯一あいた空を見上げる。

しかし空中には、飛び上がった十太郎が待ち構えていた。

数珠丸じゅずまるを右手に持ち替え、外道の頭を目掛けて振りかぶる。


「喰らえぇ!!!」


刀は頭に突き刺さり、その瞬間紫色の光を放った。

影は刀の中へと吸い込まれていく。


「ぐぉおおおお…!」


巨大な影はみるみる小さくなり、跡形も無く消滅した。


十太郎は地面に降り立つ。

残すは天狐てんこに捕らえられた影女だけとなった。

二対一では影女に勝機は無い。

十太郎は天狐と合流する。


「流石だな天狐!刀に戻っていいぞ!」


「なんだもう終わりか?…つまらん。」


天狐は不満げな態度のまま刀へと戻る。

十太郎は童子切を背中のさやに収め、影女の腹に刺さった鬼丸おにまるを握った。


「さっきのやつが四体目…そしてお前で五体目だ。」


十太郎は数珠丸を振りかざした。

その時、影女の背後から無数の影のやいばが飛び出した。

それは影女自身を貫き、十太郎に襲い掛かる。

十太郎はすかさず後退すると、鬼丸が影女の腹から抜ける。

するとその時、巨大な影が影女を包み込んだ。

影はみるみる巨大化し、それは次第に圧縮されていく。

徐々に形を整え、最終的に人型に落ち着いた。

それは影女の体を媒体ばいたいにした新たな魍魎であった。

肌は黒く染まり、鋭い二本の角を頭上に生やす。

灰色に染まった長い髪や、見た目から感じる恐怖感が更に増した。

そして何より、妖力が莫大ばくだいに上がった。


「な…なにが起こったんだ…?」


十太郎は呆然と立ち尽くす。

すると刀の中から天狐が叫んだ。


「まずい…!この妖力は普通じゃない!」


「…え!?」


しかし既に人型のそれは、十太郎の目の前まで迫ってきていた。

手のひらが十太郎の顔を覆うように接近する。

寸前で鬼丸を間に挟むが、激しく吹き飛ばされる。


「ぐあっ…!」


受け身が取れず、そのまま地面に叩きつけられる。

なんとか上体を起こすが、すぐ目の前には危機が迫って来ていた。

すると人型のそれは口を開いた。


「我が名は…影女を取り込み、新たな魍魎へと進化した。」


「外道…だと…!?」


数珠丸に封印したはずの外道が目の前に居る。

この状況を、刀の中の清姫が冷静に分析する。


「小僧が封印したのは外道本体ではなく、影女の作り出した影じゃったという訳か…。」


「くそっ…!」


外道は十太郎の持つ鬼丸と、背中に担いだ童子切に目を向ける。


「その刀…魍魎を宿しているのか。」


すると突然、外道は素手で鬼丸の刀身を握りしめた。


「面白い。その魍魎も我が頂くとしよう。」


妖力が吸い取られるのが分かった。

十太郎は咄嗟とっさに数珠丸を振った。

しかし容易に左手で止められる。

二本の刀を掴まれた十太郎は動くことが出来ない。

その間にも天狐の妖力が吸い取られる。

この状況から何とか抜け出す為、十太郎は思考を巡らせた。


するとその時、十太郎の背後から二体の分身が出現した。

分身は外道の両腕を目掛けて刀を振り下ろし、一斉に切り落とした。

すかさず後退し、刀身を握られた腕を振り払う。

外道の両腕は地面に落ちるなり、黒い灰のように散って消えた。

十太郎の分身は、同時に外道の胴体を目掛けて刀を振る。

しかしその瞬間、外道の足元から影の刃が飛び出し、十太郎の分身を突き刺した。

そして外道の切られた両腕は、無数の影の糸が絡み合い瞬時に再生した。


「ふんっ…!」


再生した両腕で分身の胸を貫く。

分身は白い煙となって消えてしまった。


「…本体は逃げたか。」


煙が晴れると、そこに十太郎の姿は無かった。



 十太郎は森の中に身を潜めていた。

無意識に刀を握る両手が震えている。


「恒次さんは逃げ切れたかな…」


そう呟く十太郎に、刀の中から天狐が語りかける。


「他人の心配をしている暇など無いだろう。」


天狐の言う通り、逃げることで精一杯だった。

『死』という恐怖が常に襲って来る。

すると背中に担いだ童子切から清姫が姿を現した。


「小僧…おそらく貴様の体が朽ちれば、わらわも同様…貴様と共に消えるじゃろう。」


「…清姫…」


「そうなれば貴様に天国など無いと思え。地獄で一生償わせるぞ。」


十太郎は苦笑いを浮かべた。



「見つけたぞ。」



声の主は外道であった。

その瞬間、辺りの大木が地面に倒れる。

外道に全て切り落とされたのだ。


「おいおい…早すぎるだろ。こっちはまだ作戦練ってたってのに…」


「貴様に時間は与えない…殺して取り込む。」


すると外道は具現化した清姫に視線を向ける。


「貴様は…『焔蛇えんじゃ清姫きよめ』。」


「知っておるのか?わらわは貴様など知らんがのぉ…」


「影女の記憶が我に教えている…貴様はかなりの妖力を持っているようだな。貴様を取り込めば、我は百鬼ノ魍魎最強となり、『の方』に一歩近づく事が出来る!」


またしても『の方』という言葉に反応し、清姫の表情が一転、怒りへと変わる。


「…なに?」


「我こそ最強…我こそ『の方』に相応ふさわしい魍魎なのだ!」


刹那せつな…辺りの空気が熱を持ち始めた。

暑い。喉が乾く。

まるで砂漠にいる様な、肌を焼くような感覚。

異常気象か。いや、違う。

これは清姫の妖力だ。


「きよ…」


「小僧…」


十太郎の言葉を遮るように、具現化した清姫は十太郎の前に立ち塞がった。


「貴様の腑抜ふぬけさには呆れて物も言えんな。」


あかい妖気をまとった清姫の体は、次第に実体化していく。


「清姫…!お前…」


封印されたはずの清姫が、童子切を媒体とし、再び外の世界に現れた。


「小僧…化狐と同様…貴様の代わりにわらわの好きにやらせてもらうぞ。」


清姫は右手に童子切を出現させた。


「貴様も化狐の様に人間側に付くのか!焔蛇ノ清姫!」


阿呆あほう…貴様が気に喰わんからどちらが上か教えてやるだけじゃ。」


清姫は童子切を肩に乗せ、余裕の素振そぶりを見せる。

するとその瞬間、清姫の足元から突如、影の刃が出現した。

清姫の胴体を目掛けて真っ直ぐ向かってくる。


しかし影の刃が清姫の体に触れる寸前、まとわりつくあかい妖気が全てを焼き尽くした。


「なっ…!」


清姫の底知れぬ力の、ほんの一部分を見た気がした。

まだまだこんなものでは無いと言う事を瞬時に悟らされた。

だが外道もまた、影女を取り込み力を増した魍魎である。

勝てない相手では無いと判断し、不気味な笑みを浮かべた。


「いいぞ…その力…更に欲しくなった…。」


外道は両手を広げ、妖力を高め始めた。

地面がうなり空気が振動する。

張り詰めた空気に、十太郎は呼吸の仕方さえも忘れる。

しかしそんな十太郎とは裏腹に、清姫は平然としている。

まるで外道を挑発する様なその大きな態度は変わらないままだ。


「さっさとかかって来い。…来ぬならこちらからくぞ。」


「その余裕も今すぐ消え去る。我の前に平伏ひれふすのだ!」


更に高まる外道の妖力は、黒い影が渦を巻き、砂煙を巻き上げる。


「我こそ最強!我こそ…」


その時、外道の体に焔がまとわりついた。


「ぐっ…!」


その目の前には、刀を振り下ろした清姫の姿があった。

焔はみるみる大きくなり、辺りを焼き尽くす。


「ぐあっ……うぐぐ…!」


外道は狼狽うろたえる。

体の内側から影を出現させ、まとわりつく焔を払う。

すると清姫は剣先を外道に向け言い放った。


「一瞬たりとも気を抜かんことじゃな。…わらわがこの小僧から唯一学んだ教訓じゃ。」

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