第九話 『銘刀・数珠丸』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 恒次つねつぐから『封印の刀』を奪い、外道げどうを体から引き剥がす事に成功した十太郎とうたろう

しかし刀に触れた瞬間、外道は十太郎の体に乗り移ったのであった…。



 体が小刻みに震え、自由が効かなくなる。


「くっ……今度は俺かよ…」


思わず地面に膝をつく。

童子切どうじぎりは地面に刺さったままだ。


「小僧…どうした?」


清姫きよめの問いかけに答える余裕などなかった。

気を抜けば、すぐに体を持っていかれる。

ここに静かな闘いが始まった。



 天狐てんこ鬼丸おにまるを片手に、洞窟の天井に空いた穴を見上げていた。


「影女め…ここから逃げたか。」


地面を蹴り上げ、穴から外へ出る。

そこには横たわる恒次の姿があった。


「なんだ…もう終わったのか。」


天狐は辺りを見渡す。

すると封印の刀を握りしめてうずくまる十太郎の姿を目にした。


わっぱ…何をしている?」


様子がおかしいことに気がついた。

十太郎は今まさに闘いの最中さなかであった。


「くっ……くそ……」


頭の中におきょうの様な声が響き渡る。

次第にそれは、はっきりとした言葉として聞こえ始める。


「死にたい…助けて…嫌だよ…殺して…」


負の感情が騒いでいるのだ。

それは人々の悲痛な叫び…そして怒りであった。


「殺す…殺してやる…許さない…許さない!」


声は次第に大きくなっていく。

左手で頭を押さえ、なんとか意識を保とうと踏ん張る。


「くっ…なんなんだよ…これ…」


すると十太郎の中から、赤い妖気と共に外道が姿を現した。


「人間よ…これが貴様らの本性だ。人間をうらみ…ねたみ…嫌い…殺す…。我はそんな負の感情から生まれた悪鬼あっき。貴様の中の負の感情…我が頂くとしよう。」


十太郎は地面に刀を刺し、つかにしがみ付く。

外道がじわじわと体をむしばんでいく。



「寂しい…悲しい…助けてよ…お兄ちゃん…」



「くっ……やめろぉ…やめて…くれ…」


体はおろか、このままでは心まで乗っ取られてしまう。

そんな時、十太郎の目の前に天狐が現れた。


「…天狐…」


うつろな目で十太郎を見下す。


なさけないな…百鬼ノ魍魎を全て封印するなどとほざいていたわっぱが、こんな鬼一つ封印出来んとは…」


「くっ…」


「お主には無理だ。ここで諦めろ。」


天狐の言葉に怒りが込み上げてくる。

しかし怒りの感情は外道にとって好都合。


「そうだ…もっと怒れ。もっと感情を自由に爆発させるのだ。そうすれば貴様も楽になれるぞ。」


その時、十太郎の頭にある言葉がよぎった。



『…貴様がわらわに体を寄越せば、今より楽になれるぞ…。』


それはいつかの清姫の言葉であった。


『何をそんなに迷う必要がある?』


『迷ってんじゃねぇ。考えてんだ。』



十太郎は自分の言葉に気付かされる。

再び頭の中に記憶がよぎる。


『俺が全ての魍魎をこの手で封印したあかつきには…』



「そうだ…俺は誓ったんだ。だから…こんな所で諦める訳にはいかないんだ。」


天狐の言葉が頭をよぎる。


『お主には無理だ。ここで諦め…』



その時、十太郎は目を大きく開き顔を上げた。


「諦めるか馬鹿野郎ー!!!」


握りしめた刀を天狐に向けて勢いよく突き出した。

剣先は天狐の顔の寸前で止まる。


「ふん…やっと目を覚ましたか。」


「はぁ…はぁ…あぁ…待たせたな…。」


「誰も主など待っておらぬわ。」


十太郎は刀を空にかざした。

その瞬間、刀は紫色の光を放ち始める。


「これは…封印の…」


わっぱ…その刀で外道やつを封じるのだ。」


十太郎はゆっくりうなずいた。


「清姫を封印した時の要領ようりょうだな。腹に刀を突き刺すのは気が引けるけど、仕方ねぇ…。」


すると外道は十太郎の行動に驚いた。


「くっ…貴様!何をする気だ!?」


慌てふためく外道を他所よそに、十太郎は剣先を自分に向け大きく振りかぶった。


「腹ぁくくれよ!外道!」


刀は勢いよく十太郎の腹に突き刺さる。

再び紫色の光を放ち、辺りを包み込んだ。

影が引き伸ばされ、視界が真っ白になった。



 光が消え視力を取り戻すと、腹には刀が突き刺さっていた。


「…いってぇええ!!!なんじゃこりゃあ!」


十太郎はその場でもがき苦しむ。

しかし少し冷静になってみると、腹に痛みは全く感じなかった。


「…って…あれ?全然痛くない。」


刀を腹から引き抜く。

体に突き刺さっていたというよりかは、体をすり抜けていた感覚に近い。

出血も無く無傷だ。


「すげぇ…何だよこの刀…」


刀身を眺める十太郎の視線の先に、ぼんやりと人影が映る。

恒次が立っていたのだ。


「少年よ…よくぞ外道を封印してくれた。」


恒次は十太郎に歩み寄る。


「あんたが…恒次さん?」


「あぁそうだ。その刀は『数珠丸じゅずまる』。封印の刀とも呼ばれている。」


「数珠丸…これが…。」


しかしその時、十太郎の背後からおぞましい妖気を感じた。

慌てて振り返ると、そこには影女が立っていた。

十太郎と天狐は刀を構えた。


「まだこいつが残っていたんだった。」


影女やつめ…どこに潜んでいた?」


すると十太郎は恒次をかばう様に立ち塞がった。


「恒次さん…あんたは下がっててくれ。それと…この刀借りるぜ!」


「少年…まさかあの魍魎を封印するというのか…?」


「あぁ…俺に与えられた使命だからな!」


恒次は地面に刺さった童子切に視線を向けた。


「あれは…『安綱やすつな』の…!」


再び視線を十太郎の方へと戻す。


「少年…君は一体…」


柳楽やぎら十太郎とうたろうだ!」


影女の影はみるみる巨大化していく。

そしてそれは、大きな牙と爪をもったけものへと姿を変えていく。


「外道…いれものは作ったぞ。」


その呼びかけに応じ、影女の体から赤い妖気が漏れ出す。

外道は封印されていなかったのだ。

赤い妖気は影女の作り出した影の獣に乗り移る。


「なんだよ…あれ…」


わっぱ…主はどちらと闘いたい?」


「んなこと聞くんじゃねぇよ…。」


影の獣は赤い妖気をまとい、影女から分裂した。



「…どっちも化け物じゃねぇか。」



かつて対峙たいじした『牛鬼ぎゅうき』を遥かに上回る大きさである。

影女は不気味な笑みを浮かべた。


「さぁ…ゆくぞ外道…!」


「我ら百鬼ノ魍魎の力を見せてやる!」


再び闘いの火蓋ひぶたが切られた。



 張り詰める空気におぞましい妖気が渦巻く。

先程までの外道とは、妖気の質も重さも違う。


わっぱ…影女は私がやる。奴の速さについて行けるのは私だけだ。」


「了解…んじゃあ俺は…あの化け物ね…。」


十太郎の表情が引きる。

無理もない。外道が取り憑く影は、建物三つ分相当の大きさだ。


「まずは奴らを引き離すぞ。」


天狐の合図と共に、十太郎達は左右に散った。

十太郎は童子切を地面から抜き、外道の元へ駆け出す。

天狐は既に影女の前まで移動していた。


「次こそ主の息の根を止めてやる。」


「ほざけ…!化狐!」


二鬼の魍魎が衝突し、激しい砂煙が舞う。

天狐は刀を乱舞し、影女を押していく。


鬱陶うっとうしい影だな。」


「影がある以上…私は切れぬぞ!」


天狐は地面を力強く踏みしめた。

その瞬間、天狐の両脇から二体の分身が出現する。


「『妖術ようじゅつ九尾乱舞きゅうびらんぶ』!」


分身は五…六…七…と増え、最終的には九体もの分身が連続攻撃を仕掛ける。

影女はかわしきれず斬撃を浴びる。


「うぐっ…くっ…!」


最後の斬撃が腹に突き刺さった。


「どうした?さっきまでの威勢いせいはどこに消えた?」


「くっ…くそ…」


「お主本体に妖力を当てていれば、影の中には逃げれんだろう。」


影女は刀を刺されたまま地面に膝をついた。



 漆黒しっこくの巨体が襲い掛かる。

十太郎は全速力で走り、外道の背後に回り込もうとする。

しかし十太郎の歩幅では、直ぐに巨体に追いつかれてしまう。

気がつけば天狐達の居る方へと近づいていた。


「どうやってあの巨体と闘えばいいんだよ!」


逃げることしか出来ない十太郎は、ついに天狐を横切る。


「…何をしているんだ…あのわっぱは…」


十太郎は天狐の方に視線を向けると、そちらは既に勝負がついていることに気がつく。

するといきなり足を止め、二本の刀を構えた。


「正面からぶった斬るしかねぇか。」


十太郎は童子切と数珠丸を構え、再び外道に向かって走り出した。


「清姫!をやる!」


そう言い放った瞬間、十太郎の体はあかい妖気に包まれた…。

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