第八話 『銘刀・鬼丸』

  魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 この物語の主人公『柳楽やぎら十太郎とうたろう』は、世界に蔓延はびこる『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』を全て封印すべく、現在いまは『天下五剣てんかごけん』の一振ひとふりである『封印の刀』を求め、西の『松寺まつでら』に住む僧侶『恒次つねつぐ』を訪ねる。しかし恒次の居る『封印のほこら』にて、魍魎

影女かげおんな』に行手ゆくてはばまれるのであった…。



 ゆらゆらと揺れる女の影。

地面から浮き出る影の刃。

十太郎は二本の刀を構え動きに備える。

その時、蝋燭ろうそくの火が一つ消えた。

同時に影の刃が十太郎に襲い掛かる。

十太郎は刀でそれをぎ払う。

しかし影の刃は次々と出現し、切っても切っても影は元に戻る。


「んだよ…!これじゃあきりがねぇ…!」


十太郎はどんどん後退していく。

影は壁を走り、加速しながら追って来る。


「私の影からはのがれられんぞ!」


素早く手数の多い攻撃は防ぐので精一杯だ。

すると十太郎は、視界に入ったある物を手掛かりに突破口とっぱこうを見出す。

地面を踏み締め、童子切どうじぎりを背中のさやにしまう。

両手でもう一本の刀…鬼丸おにまるを握り、天狐てんこの妖力を吸い上げた。


「私の妖力で…今度は何をするつもりだ?」


天狐の問いかけに、十太郎はただ笑みを浮かべて見せた。

そして刀を勢いよく振り上げた。


「これでどうだぁあ!!!」


振り上げた刀からは、竜巻のような突風が放たれた。

影女はすかさず自らの影の中に身を隠す。

突風は辺りの蝋燭ろうそくの火を次々と消していく。

洞窟は暗闇と化し、そして影は消えた。


「どうだ!これなら影の攻撃は出来ねぇだろ!」


影女は再び実体を見せる。

十太郎の言う通り、影の能力は発揮出来ていないようだ。


「おのれ…人間め…」


十太郎の機転により形成逆転けいせいぎゃくてんする。


その時、背後からとてつもない妖気を感じた。

どうやら影女とは別のもののようだ。



「人間よ…。我々の邪魔をするな。」



十太郎の背後から姿を現したのは、右手に刀を持った何かだった。

しかし暗闇ゆえ、姿をはっきりととらえることが出来ない。

しかしそれから感じる妖気は凄まじいものだ。


その時、再び蝋燭ろうそくの火がともり始める。

火のあかりは影を映し出し、再び影女の能力が復活する。

そしてただならぬ妖気の持ち主が姿を現した。

それは右手に刀を持った僧侶だった。


「新手か…?」


十太郎の問いかけには反応を示さない。

それどころか完全に目を閉じている。

僧侶の背後から赤い蒸気が出現する。

それは次第に恐ろしい鬼の顔へと形を変えていった。


が名は『外道げどう』…この僧侶の体は我が頂いた。」


二鬼の魍魎に囲まれてしまった十太郎。

このままでは挟み撃ちに合う。

逃げ場を完全に失ってしまった。

すると十太郎は、ふと鬼丸を見つめ、刀の中の天狐に語りかける。


「天狐…お前は確か『自由』が欲しいって言ってたよな?」


「…それがどうした?」


十太郎は刀を地面に突き刺し手放てばなした。


「刀を軽くする条件だ!ずっと考えてたけど…良い方法を思いついたぜ!」


「何をするつもりだ?」


「戦闘時…俺に協力する代わりに、お前は自由にたたかう事を許可してやる!」


天狐は驚いた。

しかし天狐にとっては、刀の外へ出る千載一遇せんざいいちぐうの機会であった。


「面白い…。だがどうやって…?」


「『具現化』の要領でやる。刀を媒体ばいたいにして、妖力で仮の実体を作る。出来るか?」


すると鬼丸から黄色い妖気が溢れ出した。


「出来るかだと?随分と舐められたものだな。私は百鬼ノ魍魎一の妖術使い…」


そして妖気は刀を呑み込み、天狐の姿へと変化した。


化狐ばけぎつね天狐てんこだ。」


次の瞬間、天狐の姿は一瞬にして消えた。

次に姿を現したのは影女の目の前だった。


「なっ……!」


「よう…影女。」


影女の胴体は天狐の鋭い爪に引き裂かれる。


「ちっ……!」


分裂したはずの胴体は影の中に消えた。

そうしている間にも、外道に操られた僧侶が十太郎に襲い掛かる。

十太郎は素早く童子切を抜刀すると、刀と刀がぶつかり合い火花が散る。

すると刀の中の清姫が呟いた。


「化狐め…調子に乗りおって…」


「なんだ…?うらやましいのか?清姫。」


阿呆あほうが…今の化狐やつは具現化した姿とは違い、実体そのものじゃ。化狐やつが寝返れば貴様に危害を加えるやもしれぬのじゃぞ?」


刀をり合う両者は一歩も譲らない。


「そんときは天狐の体ごと鬼丸の鞘に封じ込める。それに…お前ら人喰姫ヒグメは仲間を持たないんだろ?だったら天狐があっち側につく心配はねぇ。」


「甘いのぉ。」


「なんだ清姫。そんなに俺の心配をしてくれてんのか?」


童子切にほのおが灯る。


「だったら…お前は俺と一緒に闘え!」


焔をまとった刀は、僧侶の刀を押し返していく。

するとその時、童子切の焔が急激に弱まり出した。


「…清姫!どうした!?」


焔は完全に消え、一気に押し返される。


「くっ……!」


後退し体勢を整える。


「どうしたんだよ!いきなり…」


「分からんのか。奴の持っておる刀じゃ。」


清姫に言われるがまま、僧侶の持つ刀に視線を向けた。

刀は紫色の光を放ち、焔を吸収していたのだ。


「あれは…国綱くにつなさんが言ってた封印の刀…!」


「どうやら奴が恒次とやらで間違いないな。」


しかし恒次は完全に意識を失い、外道に操られている。


「これじゃあ下手に攻撃も出来ない…。」


十太郎の前に障害が立ちはだかるのであった。



 一方その頃天狐は、壁を滑る様に逃げ回る影を追っていた。


「ちょこまかと…こざかしい。」


岩壁を爪でえぐるが、素早い影をとらえきれない。


「くくくく…どうしたどうした?お前の俊敏しゅんびんさを持ってしても私を捕えることは難しいか?」


派手にあおる影女に苛立ちを見せる天狐は、右手を大きく振り上げ風の斬撃を飛ばすも、岩壁に激突して消える。


「無駄だというのが分らんのか!」


ついに天狐は足を止めた。

そして目を閉じ深呼吸をする。


「『鬼丸』!」


言葉を放った次の瞬間、天狐の手のひらから、剣先…刀身…つばつかの順に、刀が出現した。

刀を握った天狐は妖艶ようえんな笑みを浮かべた。


「刀が重くてなぁ…。本来の速度が出せんかったのだ。」


影女に刀を真っ直ぐ向けた。


「これでおぬしを存分に切れるわ。」


天狐は地面を蹴り、疾風はやての如く速さで飛び出した。

影女は風に押され後退する。

やがて天狐が目の前に現れると共に、影女の左腕が宙を舞った。


「うぐっ…!?」


見えなかった。

刀を振り上げたのか振り下ろしたのかさえも。

影女は再び影の中へ飛び込んだ。

しかし天狐はその先を読んでいた。


「逃すか!」


刀を横に振り風圧を飛ばす。

すると辺りの蝋燭ろうそくの火が全て消えた。

影の中から実体は外へ放り出される。


「くっ…おのれ…!」


影女は地面に着地した。

しかし背後は既に取られていた。


「うっ…ぐっ…!」


背中を刀で一突きしたのは天狐の分身体であった。

影女はその場に膝をつき吐血する。

天狐の本体がゆっくりと近づき、刀を前に突き立てる。


「私の俊敏さが…なんだったかのう?」


天狐は影女を見下す。


その時、大きな爆発音と共に天狐の背後から大きな光が差した。


「なっ…!」


光により再び影が出現してしまう。

天狐はすかさず刀を振るも、影の中に逃げられてしまう。

刀は地面に刺さり、その隙に影女は十太郎の方へと向かった。



 天井に空いた大きな穴。

瓦礫がれきが崩れ落ち、外から入る光が洞窟の中を照らす。

光の正体はこれだった。

洞窟の上には、十太郎と恒次の姿があった。


「はぁ…はぁ…くそ…!」


息を切らす十太郎に、刀の中の清姫が語りかける。


「あの刀…厄介じゃな。わらわの妖力を吸い取られる。」


「おまけに外道がくっ付いてるから、攻撃すると恒次さんに当たっちまう…。」


「構わず切ればいいものを…。」


「とにかく…まずは刀から恒次さんを引きがすしか無いな。」


さくはあるのか?」


「お前の得意分野をやる!行くぞ!」


十太郎は恒次に向かって勢いよく飛び出した。

それに合わせ恒次が駆け出す。

両者は刀を振り上げる。

十太郎は恒次の目の前で刀を振り下ろした。

しかしまだ間合いは充分にある。

当然の如く攻撃はかわされる。

恒次は一気に間合いを詰め刀を振り下ろす。


しかし次の瞬間、足元から爆煙が吹き荒れる。

十太郎は最初からこれを狙っていたのだ。

恒次の動きに一瞬の隙が生じる。

十太郎は相手の刀のつかを掴み、恒次の胴を思い切り蹴り飛ばした。

思わず刀から手が離れ、後方へと吹き飛ぶ。


「よっしゃあ!」


徐々に煙は晴れ、二人の姿を映し出す。

すると恒次はその場で気を失っていた。


「ちょっと手荒くなったけど…これで…」


その時、十太郎は体に違和感を感じた。


「な…なんだ…?…体が…」


体が言うことを聞かない。


封印の刀を握った瞬間、外道は十太郎の体に乗り移ったのであった…。

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