第七話 『封印の祠』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 十太郎とうたろう清姫きよめを宿した刀・『童子切どうじぎり』にほのおまとわせ、牛鬼ぎゅうきを目掛けて縦一線に斬撃を放った。


「『童子切どうじぎりほむら太刀たち火焔流剣かえんりゅうけん』!」


斬撃はやがて燃え盛る焔へと変わり、牛鬼の体を焼き尽くす。


「ぐぉおおおおおお…!!!」


悲痛な叫びの様な不気味な雄叫びを上げながら、天高く燃え上がる焔に焼かれた。


その姿は次第に灰と化す。

十太郎は燃え盛る焔を見つめる。


「なんか…あんまり良い気はしないな…。」


するとその中に人魂ひとだまに似たものが浮かび上がる。


「これは…?」


十太郎の問いかけに、刀の中から清姫が答える。


「『荒魂あらたま』…魍魎の肉片にくへんが跡形も無く消滅した際に残るたましいじゃ。」


「魂…!?」


「これを喰うと妖力が増すのじゃ。今回はわらわの手柄じゃからのう。わらわが頂く。」


清姫は刀から具現化し、焔に浮かぶ荒魂あらたまへと近寄る。

すると十太郎はあからさまに気を落とす。


「…ってことは…また刀が重くなるのか…。」


そんな十太郎を他所よそに、清姫は荒魂あらたまを両手で掴んだ。


牛鬼やつは魂だけとなった。わらわ化狐ばけぎつねの様に体ごと封印する訳では無い。」


そう告げると清姫は大きな口を開け、荒魂あらたまを丸呑みした。


「よかったぁ…じゃあ刀が重くなる事は無いんだな!」


十太郎は自然と笑顔になる。


「それにしても…随分とわらわの妖力を使いこなせるようになったな。」


「何だよ…褒めてんのか?珍しい…」


折角せっかくの妖力を最大限に引き出せんとなると、わらわが弱く見えるからのぉ。」


嫌味のこもったそれには、何も返さなかった。


するともう一本の刀『鬼丸おにまる』から、天狐てんこが具現化する。


ぬしの力では、私の能力を使いこなすにはまだ早い。」


天狐の言う通りであった。

百鬼ノ魍魎一の妖術使いである天狐の能力は、ものにすれば大きな即戦力となる。


「お前への条件も考えないとな…。」


「言っただろう。私の望みは私をここから出し、自由を与えることだ。」


「自由ねぇ…。」


「何だ…?」


「お前ら『人喰姫ヒグメ』は……ってか、百鬼ノ魍魎はさぁ…ただ人間の魂だけを求めて生きているのか?」


今回の牛鬼もそうであった。

村を襲い、人間の魂を求めて暴れる。

十太郎は疑問を抱いていたのだ。

すると天狐が答えた。


「我々には『の方』よりめいが下されている。」


の方…?」


前にも会話に出てきたことがあった。

その時は清姫が発したものであった。

すると清姫は天狐をさえぎる様に十太郎に言い放つ。


「貴様には関係の無いことじゃ。いずれ死にゆく貴様にはな…。」


「…何だよ…それ。」



「要するに、我々魍魎には本当の自由は無いと言う事だ。」


天狐は会話を終わらせた。



 牛鬼の襲来から一夜明けた。

村は復興の為、朝から賑やかだった。


「本当にもう大丈夫なの?」


宿を出る十太郎に、あんが話しかける。


「あぁ!童子切こいつのおかげで回復は早いんだ!」


そう言いながら、童子切を安の目の前に出して見せた。

すると奥から国綱くにつなが姿を現した。


「行くのか?」


「うん。世話になった!」


「そうか…。行くあてはあるのか?」


「とりあえず村を転々としながら、魍魎と

天下五剣てんかごけん』の情報を集めるよ。」


すると国綱は呆れた顔を見せた。


「ったく…そんな事だろうと思ったよ。魍魎についてはよくわからんが、天下五剣についてなら情報をやる。」


「本当か!?」


「この村から西に向かうと、『松寺まつでら』と言う寺がある。そこに住む『恒次つねつぐ』という僧侶は、『封印の刀』について知っているだろう。」


「封印の…刀…」


「父『安綱やすつな』の古くからの友人だ。力になってくれるはずだ。」


十太郎は拳を握りしめた。


「ありがとう!国綱さん!」


「気をつけてね!十太郎!」


「あぁ!安も元気でな!」


こうして十太郎は魍魎・牛鬼から村を守り、西の『松寺まつでら』を目指して、再び歩き始めたのであった…。



 松寺と呼ばれる寺で、仏教をとなえる僧がいる。

名を『恒次つねつぐ』と申す。

彼はあらゆる悪の根源から人々を救う為、ほとけを唱え成仏じょうぶつさせる。

今は修行僧と共に暮らし、平穏な日々を送っているという。


国綱の言う通り西へ進むと、ある寺が見えてきた。


「あれか…。」


十太郎は今にも消えそうなほど小さな声で呟いた。


「国綱さんめ…西に進めって言ったけど、五日もかかるなんて聞いてねぇぞ…。」


十太郎はその場に腰を下ろした。

すると背中に担いだ二本の刀から、清姫と天狐が姿を見せる。


「なんじゃ…この程度で疲れおって。」


「先が思いやられるなぁ…わっぱ。」


二鬼にき人喰姫ヒグメあおられ、すぐさま立ち上がる。


「ちょっと休憩しただけだ!行くぞ!」


十太郎は大きな足音を立てながら寺へ進んだ。



 門の前で大きく息を吸い、寺に向かって叫んだ。


「たのもぉおおおう!!!」


声が木霊こだまする。

それほど辺りが静かなのだ。

すると天狐が十太郎の背から身を乗り出した。


「妖気を感じるな…寺の方からだ。」


「ほんとか!?」


急いで寺の方へと駆け寄る。

すると、寺の至る箇所に切り傷の様な跡が付いていた。


「…ここで戦闘があったのか…?」


辺りを警戒しながら、寺の奥へと進む。

すると、広間に一人の修行僧が倒れていた。


「大丈夫か!?」


慌てて駆け寄る。

どうやら息はあるようだ。

やがて修行僧は意識を取り戻す。


「恒次様!!!」


勢いよく目覚める修行僧。

次第に状況を飲み込み、冷静さを取り戻す。


「あ…あなたは…?」


柳楽やぎら十太郎とうたろう!恒次さんに会いに来た!」


すると修行僧の表情は曇り始めた。


「それが先程…恒次様が急に修行僧達を襲い始めたのです。」


「え…!?」


寺の周辺の切り傷は、どうやら恒次が付けたものらしい。

よく見ると、修行僧の服には血が付着している。


「他の修行僧は?」


「なんとか逃げ出せました。切られたのが私だけで良かった…。」


「一体何があったんだ?」


十太郎の問いかけに応じ、修行僧は自分の記憶を語る。


「恒次様が『封印のほこら』に入られてから、何かに取り憑かれた様に暴れ始めたのです。」


「封印の祠…?」


「寺の外にある百階段ひゃっかいだんを登った先に、人々の邪気や悪い心を浄化する洞窟があるのです。」


十太郎は広間から外を眺める。

確かに石の階段が見える。


「封印の祠には、恒次様が自ら打たれた

『封印の刀』がまつられているのですが…」


それだ。

その刀こそ十太郎が探し求めて来たものだった。


「そこに恒次さんが居るんだな?」


「はい。ですがお気をつけ下さい。あれはきっと、邪悪な魍魎の仕業しわざです。」


何はともあれ、向かってみない事には分からない。

十太郎は寺をあとにした。



 百段もの石の階段を駆け上がると、目の前に大きな洞窟が待ち受けていた。


「ここが封印の祠か。」


すると刀から清姫が具現化する。


「『ほこら』はこの先の様じゃな。これは単なる『洞窟』じゃ。」


「茶々を入れるな…。」


顔をあからめながら洞窟の中へと進む。


冷たい風が吹き抜ける。

上がりきった体温を冷ますには丁度いい。


「小僧…感じるか?」


「あぁ…なんか…こう…びりびりくるぜ。」


十太郎の顔が引きる。

それ程の妖気を感じるのだ。

辺りは蝋燭ろうそくの火に照らされ、それが無限に続いている。


「気味悪い…。こんなとこに一人で入って行ったのか?恒次さんは…。」


先の見えない洞窟に、ただただ自分の影だけが後ろをついて来る。

妖気は徐々に高まり近づいている。


「恒次さーん!どこだー!」


声がうるさく反響する。

しかし返事は無い。

その時、背後に何かの気配を感じた。

十太郎は素早く振り返る。


「…気のせいか。」


再び前を向く。

すると今度は近くで女の笑い声がした。


「…ふふふ」


辺りを見渡すが誰も居ない。


「こっちだ。」


声のする方へ視線を向けるが、岩の壁があるだけだ。


「野郎…舐めやがって。」


十太郎は声に翻弄ほんろうされている。

見えない相手に苦戦する。

それを見兼ねた天狐が刀の中から語りかけた。


わっぱ…影だ。よく見てみろ。」


「影…?」


天狐の言う通り岩壁に映る影に視線を向けた。

すると先程まで十太郎の形をしていた影が、複雑に形を変え始めた。


「なんだ…?…これ!」


そして影は壁から浮き出し、鋭く尖ったやいばへと変形した。

それは十太郎を目掛けて勢いよく飛んでくる。


「影の刃か…!」


すかさず二本の刀で弾き返す。

すると清姫と天狐が反応する。


「ほう…奴か。」


「通りで気付かん訳だ。」


影は徐々に人の形を成していく。

そして長い黒髪の女子おなごへと変貌へんぼうした。


人喰姫ヒグメか…!」


十太郎は刀を構える。



「私は『影女かげおんな』。お前の魂を頂く。」



蝋燭ろうそくに揺れる大きな影が動き出そうとしていた。

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