第六話 『天下五剣の一振』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 この物語の主人公『柳楽やぎら十太郎とうたろう』は、人喰姫ヒグメである『魍魎・焔蛇えんじゃ清姫きよめ』と『魍魎・化狐ばけぎつね天狐てんこ』を刀に封印した。

その刀は『天下五剣てんかごけん』と呼ばれる優れた刀の一振ひとふり…『童子切どうじぎり』であった。

世界に蔓延はびこる『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』を全て封印すべく、現在いまは刀鍛冶の『国綱くにつな』と、その娘『あん』と共に、『魍魎・牛鬼ぎゅうき』から村を守るべく奮闘中であった…。



 「国綱さん…『天下五剣』の一振が八咫やた神社にまつってあるんですね?」


十太郎の問いかけに対し、国綱は静かにうなずいて返した。



「私…取りに行く!」


安が勢いよく駆けだした。

すると国綱は、安の腕を力強く引いた。


「待ちなさい。お前は皆んなと一緒に村の外へ逃げるんだ。」


「でも…!」



「安!」


叫んだのは十太郎だった。


「お父さんの言うことはちゃんと聞くんだ。」


真剣な目で訴える。

程なくして、安は両目に浮かべた涙をぬぐい、村の外を目掛けて駆けだした。

娘の背中を見つめる国綱は、何とも言い難い複雑な表情を浮かべていた。

そして十太郎に背を向けたまま口を開いた。


「十太郎…童子切がお前の手に渡っていて良かった。」


「え…?」


「これも何かのみちびきなのかもな…。」


そう呟くと、国綱は振り返った。


「お前に俺の最高傑作をたくす!少しの間時間を稼いでくれ!」


「国綱さん…。分かった!」


互いに背を向け、国綱は走り出した。

十太郎の目の前には、今にも暴れだしそうな牛鬼が待ち構えている。

すると十太郎は、両手で刀を握り力を込めた。


「天狐!…力を借りるぞ!」


その瞬間、刀の中で眠っていた天狐が勢いよく目を覚ました。

そして自分の妖力が十太郎に吸い取られている事を悟る。


「おぬし…!私の妖力を勝手に…」


「だから借りるって言ったろ!」


すると刀から白い煙が出現し、十太郎の姿を包んでいく。

その様子に牛鬼が興味を示した。

やがて煙は晴れ、十太郎の姿を映し出す。

するとそこには五人の十太郎が立っていた。


「ふっ…私の分身の応用か。」


天狐がそう呟くと、真ん中の十太郎を除く四体の分身は、刀を軽々と持ち上げた。


「思った通りだ。刀が重いのは清姫と天狐を封印している本体だけ。分身には影響しない!」


四体の分身は牛鬼に向かって一斉に飛びかかった。

すると刀の中から天狐が語りかける。


「確かに…分身の持つ刀には、私の妖力による刀への重力の影響は無いようだ。だが…」


分身体の十太郎は、牛鬼の足を切りつけた。



「妖力を持たぬ刀はただの鉄に成り下がる。」



しかし牛鬼の足には傷一つ付かず、刀が押し返される。

そして上から巨大な拳が降ってきた。

この攻撃により二体の分身が消えた。


「くそっ…!やっぱり妖力を程度じゃ駄目か。」


次々と分身が攻撃され、早くも全ての分身が消えてしまった。


わっぱ…条件とやらは決まったのか?私の妖力無しでは奴は倒せんぞ?」


天狐の挑発に心をき乱される。

図星を突いてくるのが尚更なおさら腹が立つ。


「うるせぇ。大体…お前の望みは何だ?」


「決まっているだろう。ここから出せ。」


「出来ねぇの分かってるだろ!あほか!」


二人の会話を無視して、牛鬼の鉄拳が飛んでくる。

十太郎は思わず刀を離し、体だけ回避する。

拳は地面に直撃し、激しい衝撃が襲う。

振動により刀は地面に倒れた。

牛鬼は十太郎の姿を追ってくる。


えさは俺ってか?…上等だ。」


指の関節を鳴らし、牛鬼を挑発する。

刀は十太郎の目線の先、牛鬼の真後ろにある。


「所詮は牛…真っ直ぐ突っ込むことしか出来ねぇだろ!」


十太郎の言った通り、牛鬼は真っ直ぐ十太郎を目掛けて突っ込んできた。

それに対抗し、十太郎も牛鬼目掛けて走り出す。

巨大な体の弱点を突き、またを抜ける作戦だ。

牛鬼は拳を大きく振りかぶった。

その瞬間、十太郎は刀に向かって加速する。


しかし牛鬼は両足を地面から離し、空へと向けた。

体は逆さまになり、真下には十太郎が見える。


「やばっ…!」


そのまま巨体ごと拳が地面に突き刺さる。

とてつもない衝撃で地面が大きくえぐれる。

地面に着地すると、そのまま拳を押し込む。

すると牛鬼の腕が小刻みに揺れ始めた。

その先には、巨大な拳を刀の刀身で防ぐ十太郎の姿があった。

背中はえぐれた地面に押し付けられ、両腕を伸ばした状態で必死に抵抗する。


「ぐぐぐ……お…めぇ……」


刀の重みに加え、牛鬼の巨体がのしかかる。

持ち堪えているのが不思議だ。

よく見ると、剣先とつかの部分がえぐれた地面に引っかかり、固定されていたのだ。

しかし地面が崩れるのは時間の問題だ。

いつ崩れてもおかしくはない。

そうなれば、目の前の刀は十太郎の体にめり込み、胴体は真っ二つになってしまうだろう。

十太郎は絶体絶命の危機の中にいた。


「んなろぉおおお…!!!」



その時、牛鬼の背中に何かが刺さった。

牛鬼の興味はそちらに向くと同時に、拳の力が弱まった。

重力に解放された十太郎は、この機を逃すまいと懸命に這い上がる。

牛鬼は己の背中に刺さった何かを右手で抜いた。

それは一本の刀だった。


「やっぱその刀じゃ…貫通は出来ねぇか。」


そこに立っていたのは国綱であった。

左手には鞘に収められた別の刀を持っている。


牛鬼は背中から抜いた刀を口にくわえると、そのまま勢いよく腕を振り、刀をへし折った。


「ひでぇなぁ…。丹精たんせい込めて打った刀なんだぞ?」


国綱のその言葉は牛鬼に届くはずも無かった。

しかしその言葉は、どこか十太郎に向けて発した様にも感じた。


牛鬼は雄叫おたけびを上げ、次の攻撃の構えに入る。

国綱は左手に持っていた刀を宙に放り投げた。


「大事に使えよ。十太郎。」


すると牛鬼は、宙を舞う刀を目掛けて拳を振った。

しかし、その拳の上には十太郎が乗っていた。

拳を蹴り、勢いよく刀へと飛ぶ。


「あぁ…分かってるよ。」


そして刀を握ると同時に、目にも留まらぬ速さで抜刀ばっとうする。


「その刀は俺の最高傑作。父『安綱』の技術と俺の努力の結晶が生み出した最強の刀…」


巨大な拳は真ん中で綺麗に裂け、やがて血の雨が振る。



「天下五剣の一振…『鬼丸おにまる』だ。」



牛鬼は不気味な雄叫びを上げ、切られた拳を天にかざす。。

どうやら痛がっている様子だ。



「安綱さんが打った童子切で出来たんだ。だったら…」


十太郎は二本の刀に力を込めた。

右手に童子切…

左手に鬼丸。


「天狐!引っ越しだ!」


童子切から出現した黄色の煙が、徐々に鬼丸の方へと吸い寄せられ、刀の中の天狐を光が包む。


「何が引っ越しだ。…まぁ、一人の空間が出来るだけ良しとするか。」


「二度と戻って来るんじゃないぞ。化狐ばけぎつね。」


二鬼にき人喰姫ヒグメは、二本の刀それぞれに封印された。

清姫は童子切に…そして天狐は鬼丸に。

十太郎は刀を交差させ、大きく振った。


「こりゃあいい……負ける気がしねぇ。童子切が『鬼祓おにばらいの刀』なら…鬼丸こいつは『鬼狩おにがりの刀』だな。」


牛鬼は痛みにより、更に凶暴化し、辺りを蹴散けちらす様に暴れ回る。

十太郎は狙いを定め、地面を踏みしめる。

そして鬼丸から天狐の妖力を吸い、体に流し込んだ。

地面を思い切り蹴り、一瞬にして牛鬼の頭上へと飛ぶ。

これは天狐の『俊敏しゅんびんさ』を身につけたのだ。

しかし余りの勢いに頭上を通過してしまう。


「おっとっと…!この速さには慣れが必要だな…。」


そのまま家の屋根に着地し、再び牛鬼に向かって飛び込む。


「はぁああああ!!!」


真正面から突撃するが、目の前からは大きな拳が迫って来る。

十太郎は鬼丸を逆さに持ち、童子切を後ろから押し当て、十字架の型を作った。

そのまま勢いよく直撃し、拳は十字の形に切断され、十太郎はそのまま進んで行く。

牛鬼は堪らず勢いよく腕を振り上げた。

頭上を舞う十太郎は、童子切を空高く振りかざした。


「これで決める…!」


その瞬間、童子切はあかい妖気に包まれた。



「『童子切どうじぎりほむら太刀たち火焔流剣かえんりゅうけん』!」



くれないのほのおは刀を覆い、天高く燃え盛った。

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