第五話 『銘刀・童子切』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 この物語の主人公『柳楽やぎら十太郎とうたろう』は、人喰姫ヒグメである『魍魎・焔蛇えんじゃ清姫きよめ』の心臓を喰らい、刀に封印した。

そののち玉藻たまもむ『魍魎・化狐ばけぎつね天狐てんこ』を同じ刀に封印する。

世界に蔓延はびこる『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』を全て封印すべく、現在いま刀鍛冶かたなかじの娘『あん』と出逢い、刀の正体が安の祖父が残した『銘刀めいとう童子切どうじぎり』であることが判明した…。



 「童子切…?」


刀に魅了みりょうされるとはこの事だ。

安には十太郎の言葉など聞こえてはいない。

すると十太郎は刀をさやにしまう。


「あ…っ」


安は我に返り、そして立ち上がった。


「あの…どうか、うちの鍛冶場かじばまで一緒に来てもらえませんか?」


必死な訴えに、断る理由も思いつかなかった。



 翌日、十太郎は村の鍛冶場を訪れることにした。再び重い刀を引きずり鍛冶場を目指す。


「ぐぬぬぬっ……どうにかなんねぇのかよ…!この重さは…。」


すると刀の中から天狐が語りかける。


ぬしが私を封印などするから悪いのだ。」


こんなはずでは無かった。と言わんばかりの、引きった苦笑いを浮かべる十太郎。

すると今度は清姫が口を開いた。


わらわの妖力を制限してやっている分軽いじゃろ。それだけでも有難いと思え。」


十太郎は我慢の限界だった。

徐々に苛立ちを見せる。


「お前に関しては条件付きで契約交わしてるだろ!何をそんな偉そうに…」


天狐は不思議に思った。


「そうだったのか。ならば私にも何か条件を提示することだな。それ次第では、この刀が格段に軽くなるだろう。」


人喰姫ヒグメもてあそばれる気分は、とても屈辱的なものだった。



 そうこうしてる間にも鍛冶場に着いた。

中から安が出迎える。


「十太郎!こっちこっち!」


元気に手を振る安だが、それに応えるだけの気力は十太郎には残っていなかった。


中へ進んでいくと、金属を打つ甲高かんだかい音が鳴り響いていた。


「お父さん!連れて来たよ!」


安が呼びかける方には、刀を打つ体格の良い男の姿があった。

男は手を止め十太郎の方を見つめる。


「いらっしゃい。君が…」


柳楽やぎら十太郎とうたろうです!」


「『国綱くにつな』だ。」


国綱の視線は、すぐに十太郎の持つ刀の方に向けられた。

それに気付き十太郎は刀を前に出す。


「おぉ…!これは…」


今にも触れてしまいそうな程、刀に接近する。


「あ……えっと…これは…」


十太郎は咄嗟とっさに刀を下げる。

国綱は不思議そうな顔をしている。


「お父さん…この刀に触れちゃ駄目。体の力が吸い取られるの。」


「何だって…!?」


どうやら隠し通しても仕方がないようだ。

十太郎は国綱に全てを話すことした。



 「確かに…この刀は父が打った刀だ。」


国綱の前には、さやから抜かれた刀が置かれている。

安は席を外し、十太郎と二人だけだ。


「童子切…その刀で鬼を切ったとされる。」


「…鬼?」


「言い伝えだがな。しかし、まぁお前さんの話に寄ると、その刀で魍魎を二体も封印してんだろ?だったら有り得ない話じゃねぇ。」


十太郎は静かにうなずく。

国綱は刀について深く語り始める。


「父『安綱やすつな』が打った童子切は、元々は鬼を切る為に打った刀だ。封印の力が込められていたのは知らなかったが…。」


「要するに…本来これは封印にけた刀じゃないってことか?」


「そうだ。童子切は殺傷能力さっしょうのうりょくに長けた刀だ。人々を鬼や魍魎から守る為に作られた。だからこれ以上、この刀に魍魎を封印するのは不可能だろう。」


それは身を持って実感している。

次に魍魎を封印出来たとしても、もうこの刀は動かなくなるだろう。


「最悪の場合…刀が魍魎に耐えきれず、粉砕するだろうな。」


「そんな…。」


もしそうなってしまえば、最悪の結末になってしまう。


「他に…魍魎を封印出来る刀は存在しないんですか?」


十太郎は問いかける。

しかしここで国綱はある疑問を抱く。


「どうしてそこまで『封印する』ことにこだわる?封印せずとも、殺してしまえば問題は無いはず…。」


核心をついた質問だった。

すると十太郎は、自らの手のひらを見つめた。


「悔しいけど…俺一人じゃ何も出来ないんだ。少しだけど旅をしてて分かった。俺は弱い。」


開いた手のひらを強く握り締めた。


人喰姫ヒグメを倒すには…人喰姫ヒグメの力が必要なんだ。」


国綱は十太郎の真剣な眼差しに圧倒される。


「俺は人間だ。だけど…刀を通して人喰姫ヒグメと繋がることが出来る。だから…必ずこの手で百鬼ノ魍魎を封印してみせる。」


十太郎の信念は、国綱にしっかりと届いていた。


「よし!分かった!そこまで言うなら……お前に『天下五剣てんかごけん』について教えよう。」


「天下五剣?」


「この世に存在する全ての刀の中で、優れた能力を持つ五振ごふりを『天下五剣』と呼ぶ。と言っても、鍛冶職人や剣豪けんごうの間で勝手に出回っているだけなんだが…」


「…もしかして…この刀も?」


「あぁ。童子切は天下五剣の一振だ。さっきも言ったが、普通の刀では切れない鬼や魍魎を切ることが出来る。『鬼祓おにばらいの刀』として、天下五剣の一振となった。」


十太郎は童子切に顔を近付ける。刀に見惚みとれるそのさまは、先程の国綱と同じだった。


「そんな凄い刀だったのか…。」


「一般人には、どれも同じに見えるだろうよ。切れりゃ良いんだからな。」


不満げな態度をとる国綱に、十太郎の怒号どごうが飛ぶ。


「それじゃ駄目なんだ!俺にはその天下五剣が必要だ!」


十太郎のあまりの必死さに、国綱は少し狼狽うろたえる。


「教えてくれ…その在処ありかを…。」



国綱は表情を強張こわばらせ、口を開いた。



「きゃあああああ!」


しかしその瞬間、外から女性の悲鳴が聞こえた。

二人は慌てて立ち上がる。

すると安が扉を勢いよく開けて入ってきた。


「大変!村に鬼が出た!」


一気に緊張が走る。

十太郎は重い刀を持ち上げ、鍛冶場を出た。



 人の波が押し寄せる。

鬼から逃げているのだ。

十太郎は波に逆らいながら進んでいく。

すると目の前にとんでもないものが出現した。


「おいおい…冗談だろ。」


それは村の建物を超える巨体だった。

十太郎はまるで空を見上げる時の様に、首を後ろにらす。

体は人間と同じく手足があり、灰色の皮膚が不気味さを際立きわだたせている。

頭には大きな二本のつのが生えており、それはまるで牛と鬼が合成されたかの様な奇妙な容姿である。

十太郎は啞然あぜんとする。


「ば…化け物じゃねぇか…。」


すると清姫が、刀から上半身だけ具現化する。


「あれは『牛鬼ぎゅうき』じゃな。」


「牛鬼…?」


「見た通りじゃ。頭が牛…胴が鬼。奴は敵愾心てきがいしんかたまりじゃ。目の前の物に自身の怒りをぶつけ、ただ破壊する事だけに闘志を燃やす。奴に言葉はつうじぬぞ。」


その時、牛鬼は両手を大きく振り上げ、地面に向かって叩きつけた。


「うわっ!」


激しく地面が割れ、瓦礫がれきが飛び散る。

刀の重みでどうにか吹き飛ばずに済んだ。


「野郎…どうしてこの村に…」


「決まっておるじゃろう。えさを喰らいにきたのじゃ。」


「…餌?」


「貴様ら人間のたましいじゃ。」


辺りには人々の悲鳴が飛び交う。

さいわい攻撃に巻き込まれた人はいない。

十太郎は持っていた刀を地面に突き立てると、両手を刀のかしらにのせた。


「おい牛野郎うしやろう!人間の魂が欲しけりゃ俺と勝負しろ!」


牛鬼に向かって言い放つ。

しかし牛鬼には届かず、目の前の家が破壊される。


「…あれ?」


「言葉は通じぬと言ったばかりじゃろ。馬鹿なのか貴様は…。」


次第に十太郎の顔が熱くなる。


「うるせぇ!分かってるよ!」


牛鬼の興味をこちらに向かせたとしても、刀の重みで素早く動くことは難しい。

そうこう考えていると、背後から足音が接近してきた。

振り返ると、そこには安と国綱が立っていた。


「十太郎!」


「まさかお前…こいつとやり合おうってのか?」


「まぁな!けど、刀が重くて持ち上がらねぇ。今作戦練ってるところだ。」


すると安は、国綱の服のそでを引っ張った。


「お父さん!『八咫やた神社』の…あれならあの化け物を倒せるはず!」


安の言葉に、国綱の表情が険しくなる。

十太郎は問いかた。


八咫やた神社の…あの刀?」


「お父さん!このままだと村が壊されちゃう!お父さん!お父さん…」


安は必死に訴えかける。

その目には涙を浮かべていた。


「国綱さん…その神社に…あるんですね?」


十太郎は静かに問うた。



「『天下五剣』の一振が…。」

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