第四話 『化狐ノ天狐』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。


 この物語の主人公『柳楽やぎら十太郎とうたろう』は、人喰姫ヒグメである『魍魎・清姫きよめ』の心臓を喰らい、刀に封印した。

世界に蔓延はびこる『百鬼ひゃっき魍魎もうりょう』を全て封印すべく、現在いま玉藻たまもむ『魍魎・化狐ばけぎつね天狐てんこ』との戦闘に苦戦していた…。



 五本の鋭い爪に、左胸を貫かれる十太郎。

赤き血が激しく飛び散り、地面を染める。


「うっ……くっ…」


力が抜け、天狐の腕をじくに体はぶら下がる。

すると清姫は刀の中で呆れた様に呟く。


「…何をしておるのじゃ。まったく…。」


封印された身の魍魎に、十太郎の命の有無などどうでも良い事であろう。

しかし、天狐は何故か驚いていた。

すぐさま突き刺した左腕を引き抜く。


「…何故だ……何故……」


十太郎はそのまま地面にひざをつく。



「何故…心臓が無い…!?」



天狐は、十太郎が普通の体では無い事に動揺する。

そこに一瞬のすきが生まれた。



刀が天狐の左胸を貫いた。


「なっ……」


刀を握りしめていたのは十太郎だった。

地面に落ちた刀を拾い、一瞬の隙を突いたのだ。


「お前ら…魍魎は…人間を舐め過ぎなんだよ…。」


息を切らし、絶体絶命の状態から、それでも一矢報いっしむくいた。


「お主…一体何者…だ…」


「人間だ!!!」


全ての力を振り絞り、十太郎は再び立ち上がる。


「うぉおおおおおお!!!」


刀を突き刺したまま勢いよく前進する。

これには流石さすがの天狐もあらがえない。

そのまま大木に衝突し、刀からほのおが巻き上がる。


「燃え尽きろぉ!!!」


大木は一瞬にして焔に呑まれた。

それは天狐の体も同じであった。


「ぐぁぁあああああああ!!!」


激しく燃え盛り、着物や肌は焼けただれていく。


その時、刀は突然光を発した。

これはいつかの光と同じであった。

そう…清姫を封印した時のものだ。

次第に刀は燃え盛る焔を呑み込み、天狐の体をも吸い込み始める。


「くっ……なんだこれは……私をこの刀に……封印…しようと言うのか……」


光は辺り一面を包み込み、やがて大きな爆発が起きる。


「うわっ……!」


十太郎の体は吹き飛ばされる。

刀は宙を舞い、やがて地面に突き刺さった。

爆発のせいで辺り一面は荒野となった。

あの時と同じだ。

そこに天狐の姿は無い。


十太郎はゆっくりと立ち上がり、刀の方へと歩み寄る。

すると突然、刀から黄色い煙がゆらゆらと立ち込めてきた。

そして煙は人の形をしていく。

その姿は天狐が具現化したものであった。


「おのれぇ…!人間めぇ…!」


具現化した天狐は十太郎に向かって突っかかってくる。

しかし十太郎の元に到達する寸前、刀に強く引き戻された。


「…なっ!?」


十太郎はため息をつき、ほっとする。

どうやら封印は上手くいったようだ。


「何故私が貫いたはずの左胸の傷が治っている!?…何故ぬしには心臓が無い!?」


言われてみれば、先程貫かれた左胸の傷は、綺麗に完治していた。

すると今度はあかい煙と共に、清姫が姿を現した。


わらわの能力…『超再生』じゃ。奴はわらわの心臓を喰ったのじゃ。」


「心臓を…喰っただと…?」


「代わりに奴の心臓は踏み潰してやったがな。未だに生きている理由は分からんが、ただの人間では無いと言うことじゃ。」


驚愕する天狐を余所よそに、十太郎は刀を握る。

しかし、地面に刺さった刀を抜こうとするが、中々抜けない。


「ぐぬぬぬぬっ……重……い……」


重量が増していたのだ。

清姫を封印した時と同様、人一人分程の重量であった。

その為、刀を地面から引き抜くのは容易では無い。

それを見兼ねた清姫が語りかける。


「同じ刀に二鬼にきも飼うから悪いのじゃ。」


このままでは百鬼ノ魍魎を封印するという使命を果たす事は難しい。

どうにか封印の方法を変えねばならない。

ここにまた、一つの障害が立ちはだかるのであった…。



 重い刀を引きずり、十太郎はなんとか樹海を抜ける事ができた。

ここまで来るのに二日を要した。

一先ひとまず体を休める為に宿を探す。


すると近場に小さな村を見つけた。

村の人々は、刀を引きずり歩く十太郎を物珍しそうな目で見つめた。


「見せ物じゃねぇぞ…。」


するとそこへ一人の女子おなごが駆け寄ってきた。


「ねぇねぇ!旅のお方?宿を探しているんでしょう?」


愛想の良い明るい女子おなごであった。


「あぁ…めし寝床ねどこを探している。あてはあるか?」


すると女子おなごは自らの胸を叩いた。


「任せて!うちの宿を貸してあげる!」


「本当か?助かる!」


「私は『あん』!よろしくね!」


「俺は十太郎!よろしく!」


安は足早に駆けていく。

気前の良い女子おなごに、すっかり心を許す十太郎。

すると清姫が刀の中から語りかける。


「随分と不用心なものじゃな…。奴が人間に化けた魍魎だとも知れんというのに。」


「分かってるよ。けど…あの子は違う。お前らの言う妖気ってやつ?天狐との戦いの時に分かるようになったんだ。」


十太郎は自慢げに話した。

しかし、清姫は直ぐに十太郎の伸びた鼻を折りにかかる。


たわけ。妖気など消そうと思えば消せるわ。何のために人間にふんしていると思っておるのじゃ。」


「あ……そう…なの?」



 十太郎は宿に案内された。

刀を壁に立て掛けるようにして床に置く。


「ったぁー…。やっと休めるぜ。」


安は床に置かれた刀を、物珍しそうな眼差しで見つめた。


「あ…これは触っちゃ駄目だぞ!」


すかさず注意をする。

他の者が触れれば、清姫か天狐に生気せいきを吸い取られるに違いない。


「触らないよぉ。ただ、珍しい刀だなぁって思ってさ。」


「詳しいのか?」


「まぁね!…んじゃ、ゆっくり休んで!」


そう告げると安は部屋を出て行った。


一人になると、急に眠気が襲ってきた。

無理もない。

丸二日は充分に寝ていないのだから。

十太郎は目を閉じ、横になった。


意識は直ぐに飛んだ。

深い眠りの中、目を覚ます気配は毛頭もうとうない。

大きな口を開け寝息をたてる十太郎には、そこに忍び寄る黒い影の存在を、知る余地もなかった。



 何かが床に落ちる音がした。

十太郎は物音で目を覚ます。

するとそこには、床に倒れる安の姿があった。

すぐさま飛び起き、安の元へと駆け寄る。


「おい!しっかりしろ!安!」


十太郎はある事に気が付く。

安が倒れていたのは、刀の付近だということ。

十太郎は刀に向かって叫んだ。


「おい清姫!天狐!このの生気を吸っただろ!」


すると二鬼の魍魎は、それぞれ姿を現した。


わらわは何もしておらん。言いがかりはよせ。」


「私は主の声で起こされねば寝ていたところだ。知らん。」


しらを切る二鬼の魍魎に、言い返す言葉が思いつかない。

すると、安が突然意識を取り戻した。


「あれ…私…なんで…」


朦朧もうろうとする意識の中、安は頭の中を整理する。

突然何かを思い出したかのように目を見開く。

その様子から、十太郎は安に問いかけた。


「安…もしかしてだけど…刀に触れて無いよな…?」


次第に安の表情は、ぎこちない笑顔へと変わっていった。



 安は床に正座をし、申し訳なさそうに頭を下げる。

その向かいには、腕を組み胡坐あぐらをかく十太郎が居る。


「本当にごめんなさい。珍しい刀だったから…つい。」


十太郎はため息をつき、優しい口調で語りかける。


「この刀をどうしようと思ってたんだ?売りにでも出すのか?」


「そんな事…!!!」


安は突然声を荒げる。

しかし立場をわきまえ、呼吸を落ち着かせる。


「ただ…探している刀に似ていたから…ひと目見たくて。」


「探している刀?」


「実は…私は鍛治職人かじしょくにんの娘なんだ。祖父の跡を継ぎ、今は父が刀を作ってる。」


「…そうだったのか。」


「私の祖父は有名な刀鍛冶かたなかじで、私が小さい頃に亡くなった。今でも祖父が打った刀が、この世界の何処かに存在している。」


安の視線は、十太郎の隣に置かれた刀に向いていた。


「もしかして…これが…?」


刃文はもんを見れば分かる。」


安の目は真剣そのものだった。

十太郎は立ち上がると、刀を手に取り、安の前に突き出して見せた。

かなりの重量ゆえ、腕の筋肉が膨れ上がり血管が浮き出る。

さやを掴み、ゆっくりと刀を抜いた。

刀身があらわになる。

安はまるで神でもあがめるかの様に刀を見上げた。


「…小乱こみだれの刃文…!間違いない……。その刀は『童子切どうじぎり』。私の祖父が打った刀だ。」

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