迷い込む世界(狭間の世界と放浪者)

白磁の霧に包まれて彼女はそこに立っている。


「相変わらず誰かを待っているのかい?」

「いや、誰かなんて待っていない」


遥か遠くの空虚を眺めながら彼女は言葉を紡ぐ。

一体何度この問答を繰り返したのだろうか。彼女がここに現れた時から?それとも俺がここの空間に魅せられた時から?少なくとも数えることを面倒くさくなるほどだったと思う。


ここは物語に見捨てられた者が迷い込む空間。

それ以上でもそれ以下でも何もない。全て生き切った者たちを裁くだけの俺には縁遠い世界。

そして彼女はここの管理人。否、そんな堅苦しい言葉は似合わないしおそらく違う。彼女の存在を俺の常識に当てはめることは出来ないんだろう。


「誰も来ないことを、私は待っているんだよ」


彼女は凛とした声でそう呟いた。霧に仲間と勘違いされて攫われてしまいそうな白い髪を揺らすのは誰かがまた迷い込んだ合図。最近知った。


「…行かなくていいの?」


俺の言葉に小さくため息をついて答えると彼女は霧の中に消える。せっかく会えたのに今日は邪魔されてしまったようだ。


「現実は、難しいね」


彼女が消えていった方向をじっと見つめながら、俺は消え入る声で呟いた。



(暗転)

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