お面の話。(怪傑オカルト研究部)
「お面取らないんですか?」
「ん?」
林田先輩はいつも鬼のお面をつけている。
それは入学した当初からそうで、服装検査の日もお面だけは特に何も咎められることはなかった。だからというわけではないがオカ研のメンバーも彼に聞くことはなかった。しかし。
「いや、その顔につけているお面ですよ」
うみや他の先輩たちが補修でいない部室。普段喋ることがない先輩と二人きりになってしまった私は、気まずい静かさを脱するために誰も踏み込んだことのない域に軽い気持ちで足を踏み入れてしまった。
「あぁ…これ?」
声をかけられた先輩は小難しそうなハードカバーの本に落としていた視線を私の方に上げてから赤い鬼のお面に手をかけて言う。
「読みづらくないでですか?」
「…そうかなぁ?」
考えたこともなかったというように先輩は鬼面には合わないほんわかとした声を上げた。あまりにも気の抜けた声に頬杖をついていた腕がガクッと曲がる。唯一の支えだった手が思わず離れた隙をついて重力が私の顔を机まで引っ張り落とした。結構な音が鳴って机が動く。先輩は慌てたように本を机に置いて私の方に近づいてきた。
「そうですよ!そもそもお風呂の時とかどうしてるんですか」
机に着地した顎への痛みに対しての苛立ちをぶつけるように私はさらに踏み込む。すると今度は視線が僅かに揺れた。半年ほど同じ時間を過ごしていたからかお面に阻まれていても視線の動きが分かるのが怖い。
「お風呂想像するなんてえっちだなぁ」
「なっ!」
いつものおちゃらけ声でそう言うと先輩は口元に人差し指を近づけてウィンクして見せる。しかし顔についているのは修羅の顔をしているお面なわけで。普通のイケメンがやったら格好がつくポーズをやると珍妙なものになってしまう。それでも若干ドキッとしてしまうのは私の恋愛レベルのなさからなのかは考えたくもない。そこまで考えて首を振ると今度は先輩の声が頭上から降ってきた。
「じゃあさ」
「はい?」
顔を上げるとそこには明らかにパーソナルスペース内に侵入した先輩。普段は見ることのないお面の裏側が視界に映る…裏側?
「そんなに気になるなら確認する?」
次の瞬間、脳内キャパギリギリの低音ボイスが鼓膜を襲った。影から免れた整った口元が動いていることから先輩の声であることは明確で。下唇にほくろがあるのを確認したところで私の雀の涙程度しかなかった脳内キャパが容量を超えた。
「いっ…いいです!」
「うわっ!」
加減という言葉を忘れた私はドスッと鈍い音が鳴るほどの力で先輩を突き飛ばしてしまう。先輩はそのままよろけたがそこは流石先輩、オカ研で集めた曰く付きのものが大量に積まれている山にはぶつかることはなかった。
「流石にからかいすぎたかな?」
押されたことは特に気にしていないように先輩は笑う。その顔にはいつもの鬼のお面。しかししばらくの間はあの口元がよぎってしまいそうだ。
(暗転)
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