幼馴染のお兄ちゃん(お抱えシェフのおうちごはん。)

両親がいなくなった。

別にこの世からという意味ではない。海外出張になった父親に母親が付いて行ったというだけの話。

生活費は問題ないし、一応小さな頃から一通りの家事は叩き込まれてきたからマンションの一室で野垂れ死ぬことはないだろう。


「ここがゲームの世界だったら超絶美少女の幼馴染が現れて目くるめく恋が始まるのに」

「美少女の幼馴染じゃなくて悪かったな」

「うわっ!みの兄!?」


いきなり背後に現れたのは若干くたびれた無地のTシャツを着て無精ひげを蓄えたおっさん…もとい幼馴染の稔兄ちゃん。


「どうやって入ってきたんだよ!」

「合鍵」

「あー」


父親が昔買ってきた謎の民族楽器を模したミニチュアキーホルダーがついた鍵が、手のひらでじゃらりと鳴る。母親辺りが俺を心配して隣の部屋に住む少し年上の幼馴染に託したんだろう。

みの兄はどぎついピンクのエコバックを引っ提げて欠伸して頭を掻いて続ける。


「飯全般はおばさんに頼まれてるから勝手にキッチン借りるぞー」

「うぅ…夢がない」

「でも味は折り紙付きだろ」

「まぁ確かにそうなんだけどさ…」


残念ながら美少女ではないみの兄だが、つい最近まで結構大手の学校で料理を学んでいた。だから下手な料理店よりも美味しかったりする。

ソファーから立ち上がって、キッチンに向かったみの兄の方を見てみると勝手知るという感じか手際よく料理の準備をしていた。材料的にみの兄お得意バターライスのオムライスだろう。


「ま、可愛くない幼馴染で我慢してくれ」

「はーい」


いつの間にかキッチンに増えていた濃紺のエプロンをかけたみの兄をぼんやりと眺める。幼馴染…というよりはもはや親。

せっかくのシチュエーションなのに一向に心が踊らない俺を知らん顔して、軽快な音を響かせる。甘いバターの匂いで無条件に心を躍らせてしまうことに気が付くまではあともう少し。



(暗転)

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