第42話 門
第1層の各所には地下鉄の入り口そっくりな地下へと続く階段がある。
ビフロス通りの近くには2つあり、そのうちの通りから少し離れたところにある入り口に来ていた。
駅名を示すべきボードは文字化けして判読不能。
路線を示す標識は見覚えのある形だけど……正直、どこの路線だったかまでは覚えていない。
通学にも通勤にも使ったことがない路線のものであることだけが確かだ。
……まぁ、わかったところで意味なんて無いだろうけど。
わざわざ遠い方に来た理由は、門番がおっちゃんの知り合いだという一点だ。
ついでだし久々に顔でも見とくか!といった具合らしい。
俺、関係ないじゃん。
冒険者の荷物というのは、割とかさばるし重い。
何せ、防具と武器だけでも重いというのに、水や食料なんてものも持っていかないといけないのだ。
アイテムボックス?
RPGのアイテム入れや、青い猫型ロボットのポケットのような何でも入る万能収納は存在しないらしい。
一応、色々と機能が制限された似たようなものはあるにはある。
ただ、俺みたいな駆け出しが買える値段じゃないし、一般に出回る質のものでは精々小さめのリュック一つ分くらいしかものは入らないらしい。
何度も折れ曲がる長い階段を下ると、第2層へ繋がる分厚い鉄扉へとつく。
周囲の壁の色から後付けされたのがわかる門の前には、大槍を持った門番が一人。
「おっ!ベルグさんじゃないですか。久々っすね?どうしたんですか」
いかにも気さくそうな面構えの門番が店主に声をかける。
この店主、ベルグと言うらしい。
店に通い始めてしばらく経っていたが、初めて知った。
1対1だと名前を知らなくてもコミュニケーションは成立するしね。
おっちゃんはおっちゃんという認識で、特に名前が気になったりもしなかった。
「このガキんちょが初めて2層に行くと言うからよ。暇つぶしがてらシゴいてやろうと思ってな」
ベルグにバンと背中を叩かれ、前へと出される。
「えっと、カイセです。よろしくお願いします。さっきギルドタグ貰って、2層を見てみようと色々買いに行ったら急に一緒に行くと言われて……」
キョドった。
そりゃもう見事なまでに。
いや、しょうがないじゃん?
普段、雑に話しているベルグのおっちゃんと初対面の門番の人。
口調をどうすべきか迷って変な話し方になってしまった。
「礼儀正しいし、ちゃんと自己紹介できるとはいい子じゃないか!俺はシェロだ。たまに探索にも行くが、基本的にはここで門番兼冒険者の救出活動をしている。よろしくな!」
シェロさんは爽やかでいい人そうだ。
暗く湿った地下にいるのに、ベルグとの対比もあってか明るい茶髪と青い目の間に涼やかな風が吹いているようにすら感じる。
「くくっ……。ふっ……くふっ」
あぁ。
後ろで笑いを堪えているベルグにもその爽やかさの1%でも分けてやってほしい。
「ベルグさんは何をそんな笑ってるんで?」
「このガキ
「……別に、相手に合わせた態度を取ってるだけだし」
猫被っているだなんて心外な。
本音と建前というやつでもない。
どちらも俺の紛れもない本性で、ただ別の側面というだけだ。
「この通り、小生意気なもんだから無茶もしそうでな。シェロ、こいつが魔物に追いかけられてべそかいてるのを見かけたら助けてやってくれ」
べそなんてかくかと無言で抗議の視線を送るが、ベルグはふんと鼻で笑う。
「ベルグさんがそこまで気にかけるなんて珍しいっすね。見どころある感じの子なんです?」
「まだ2層に降りたこともないド素人だぞ?見どころも糞もあるか。単に変な縁があったから成り行きでそうしているだけだ」
「ははっ。もしかして引退前の世話焼き癖が再燃したんすか?もうしないって言ってたのに!……カイセくん、ベルグさんは今でこそ引退しているけれど、元々は結構名の知れた冒険者だったんだ。存分に学んできなよ」
このおっちゃん、そんなにすごかったのか。
ただのいかついだけの商人だと思ってた……というのは言わないでおく。
ゴツいおっちゃんほど繊細だって聞くし。
言わなくてもいいことは口をつむぐくらいの心遣いは頑張ればできる。
初対面かつ今後も良い関係でいたいシェロさんが目の前にいるから頑張った。
シェロさんが分厚い扉をぐいと押すと、岩を擦る音とともに門が開く。
「ここから先は本当のダンジョンだよ。初めての迷宮探索は誰にとっても忘れられない経験になる。良い記憶になるにせよ、苦い記憶になるにせよ……それがキミにとって実りあるものになることを願っているよ。それでは、いってらっしゃい」
門をくぐった先に広がっていたのは――――。
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