第41話 大物潰し
「顔色悪いけど、大丈夫?」
さすがロントさん。
人間相手のプロだけあって、俺の異常にすぐに気がつく。
「あー。いえ、自縛呪書とか書いたの初めてなんで今更ながらちょっと怖くなっちゃって」
心配してくれたところで、俺の秘密を明かす訳にはいかないし誤魔化す他ないのが少し心苦しい。
「基本的には発動しないものとして作られているから大丈夫よ。実際、この都市でも日々相応にトラブルは発生しているけど、自縛呪書が発動したなんて話ここ何年もの間見たことも聞いたこともないわ」
……それはそれでどうなのだろうか。
本当に効力があるのかすら疑問に思ってきたが、試すわけにもいかない。
自縛呪書の本当の凄さはこの曖昧さにあるのかもしれない。
「手続きはこれで以上よ。改めて、本登録おめでとう。そのギルドタグは第二層以降への侵入許可証でもあるわ。二層以降ダンジョンに侵入制限などはないけど、代わりに何が起きても自己責任よ。
「ありがとうございます」
「これからは依頼は
「今日はやめときます。一旦2階層を見てみたいんで」
「あらそう。無理にとは言わないわ。依頼は支部内の他の出張所でも受けられるから、準備が整ったら受けてみてね」
「はい!」
ロントさんに別れを告げて、ギルドを出る。
目指すは第二層。
装備を整えて、今日中には挑戦したい。
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光る花々とネオンに照らされた大通り。
ガヤガヤとした街の喧騒に負けじと、商人たちが客の呼び込みに精を出している。
ここはアスガルティアで最も栄えている一角。
通称ビフロス通り。
アスガルティア第一層唯一の川をまたぐ橋を中心としたこの通りは、水源へのアクセスの良さや地上・第二層への入口に近いことから常に賑わいを見せている。
常世の不夜城であるこの街において、常にとは文字通りの意味となる。
この通りに商店が密集している代わりに、他の地区は軒並みただの
片側二車線の道路の中央に布切れを引いて商品を並べただけの露店が並び、左右の建物からは店前に小さな屋台を出す形で商品が並ぶ。
露店に並ぶ商品の大半は迷宮から持ち帰られた品だ。
露店を出しているのは基本的に迷宮帰りの冒険者で、素材やアーティファクトを売っている。
ギルドにはかなり良心的な値付けをしてくれる一括の買い取り部門があり、迷宮から持ち帰ったものは基本的にそちらで売却することになる。
しかし、良心的とはいえ
ギルド側としてそれって大丈夫なのかと疑問に思いロントさんに聞いたところ、そもそも買い取り部門自体が交渉ごとや金勘定が苦手な冒険者を助けるための部門であり、買い叩いてまでの利益確保は考えていないとのことだった。
さらに言えば、この都市の商人は(一部の外部から買い付けに来ている者を除き)冒険者ギルドの所属だ。
正確には冒険者ギルドの流通・支援部門……という扱いだがそれはさておき。
組織としてみれば、利益の出るところが多少変わるだけというわけだ。
ロントさん曰く「自分で売れるのならそれに越したことはないわ。迷宮都市外に出たら買うも売るも自分でやらなければいけないからね。ぜひとも、流通部門の商人たち相手に交渉術を磨いてほしいわ」とのこと。
しかし、商取引すら"練習の場"として使えると言ってしまえるほど、この都市はギルドによって経済面含め掌握されているのか。
ギルドの経営費用を収入に応じた上納金という形で徴収していること、そして誤魔化しを排し上納金の徴収を徹底する自縛呪書の存在があるからこそ成り立つシステム。
この迷宮都市の経済構造は冒険者ギルドの成立当初から大きく変わっていないとのことだが……システムを作った当時の上層部は随分とやり手だったに違いない。
普通なら脅威として排され成立し得ないような国家を跨いだ武力・経済的影響力を持つ組織を成立させてみせたのだから、さもありなんということか。
それはさておき。
今回見て回るのは露店ではなく、商人のやっている店の方だ。
目的は迷宮探索に必要なものを買い集めること。
依頼の合間に相場の確認がてら店は一通り見て回っている。
大通りに延々と軒を連ねる全ての店を、だ。
スマホも小説もない異世界。
おまけに金まで無い俺のできる暇つぶしが魔法の練習かギルドでの読書、ウィンドウショッピングしかなかったからである。
前世では見たこと無いような商品が並ぶ市場は新鮮味で溢れている。
それはもう、何人もの店主に顔を覚えられたくらいに暇さえあれば通いに通った。
買う気も無いのに冷やかしに来る客として……だが。
その御蔭もあって、普段から店に並ぶような商品の相場は軒並み把握済みだ。
季節どころか昼も夜もないこの都市において、季節による相場の変動は外部から運び込まれる一部の食料品を除きほとんど存在しないのでほぼ完全把握と言ってもいい。
既に通い慣れた通り。
通りのほぼ中央に位置しながらも近隣の店の取扱品や配置、元となった建物の形状から一歩奥まった場所にある店構えなどからイマイチ目立たない店の前で足を止める。
「よう、おっちゃんいるー?」
何も商品が置かれず空っぽになった屋台を横目に店のドアを開く。
広めのバーが元になったであろう内装の店内で、目当ての人物はどっかりと椅子に座り、頬杖をついたまま眠たげで胡乱げな目をコチラに向ける。
「まーたお前か!そら、帰った帰った!こちとら忙しいんだよ。てめぇの雑談に付き合っている暇はねぇ」
「どっからどーみても暇じゃん」
「ガキには分からないだろうが、大人はいつだって忙しいんだよ」
とても客相手とは思えない態度でしっしと手を払うのはこの店の店主だ。
まぁ、この店で何かを買ったことはないので当然の態度ではある。
それでも何度もこの店に通っているのは、何だかんだと文句をつけつつも、客がおらず暇な店主が話し相手になってくれるからである。
店名は
普通の迷宮探索用の物品に加え、この都市では珍しく大型の魔物用の道具を揃えていることからつけた店名らしいが、俺は穀潰しの店や暇潰しの店と内心呼んでいる。
「ほうほう?そんなこと言ってもいいのかね」
「あ゛?」
「今日はちゃんと客としてきたんだなー、これが」
首元から本登録を終えた証であるギルドタグを取り出し、見せびらかす。
つまり、二層以降……探索用の道具が必要となる領域に入るための許可が出た証であり、この店の見込み客となった証でもある。
……これまでは見込み客ですら無いのに毎週何度も入り浸っていたともいえる。
「はっ!残念だったな。駆け出しのひよっこ如きが落とす金なんてたかが知れてるわ。この店で客として丁重に扱われたきゃ大物の一体でも狩ってきやがれ」
「ぐぬぬ……」
店主は鼻で笑うと、俺を放ってカウンター裏の棚の整理をし始める。
まぁ、この店は高価な大型の魔物用の道具が売れ筋の店だ。
この迷宮において、専用の道具が必要になるような大型魔獣は
薄利多売の真逆だからこそ、閑古鳥が鳴いていても成り立っている。
置いてある普通の迷宮探索用の物品は
聞くところによれば、この店のような"いざという時の備え"となる店には一定の補助金も出ていると言うからなおさらだろう。
「ちぇー。おっちゃんが
「あ?お前、ギルドタグ貰って即ここにきたのか?」
「そりゃもう。ギルドから出てその足で来たぜ」
「ほう?」
ニヤニヤと笑う店主に少しイラッとしながらも、買う商品を見繕って金とともにカウンターに置く。
買うのは外套に初級
そして緊急時に助けを求める為の共鳴石。
これに既に持っているナイフとバックパックを加えれば俗に"初心者セット"と呼ばれる最低限の迷宮探索装備が揃うわけだ。
これらは冒険者ギルドが製造から流通まで管理しているので、どこで買っても大して値段差が無いものである。
何ならギルド内の購買でもほぼ同じ値段で買える。
それなのにわざわざここまで来たのは、まぁ……普段雑談で色々教えてもらっている礼でもある。
「包帯は買わねぇのか?初級ポーションは効くのが遅い。止血と回復中の骨の固定の為にあったほうがいいぞ」
金勘定を終えた店主は、代金を金庫に仕舞いながら言う。
「自分で"キンカザサ"から作ったから大丈夫」
"キンカザサ"は葉の根元に金貨くらいの大きさの黄色い花を咲かす植物で、この世界におけるササに似た植物と同じ名前を持ちながらその実、根本から細長い葉が生えるアヤメのような薬草だ。
この都市で採取できる花々の中では珍しく、主な利用用途がある箇所は止血作用のある汁を出す葉であり、そのまま包帯として使用できる。
乾燥させても水をかければすぐに戻るので、保存性も高い優れものである。
この葉の採取依頼はまだ受けたことがないので納品こそできないが、自分で使う分を採取する分には問題ない。
儲けにつながらなくても、出ていく金を減らせる。
"低層薬草図録"様様だ。
「装備は駆け出しには勿体ないくらいの上物。これで準備は整ったわけか。よし、それじゃさっさと行くぞ」
ゴツい身体でひょいとカウンターを越えると、店主はそのまま店のドアを開けようとする。
「行くってどこへ?!」
「あ゛?そんなん2層に決まってんだろ。ロクに戦ったこともねぇような素人が2層に行くっつってんだ。多少の手ほどき位はしてやるよ」
「店は!店はどうすんだよ」
「常連は緊急依頼とやらで軒並み下層にいってらぁ、閉めても開けても対して変わらねぇよ」
店主は後ろ手にぐいと俺の手を掴むと、店の外に放り出しドアを施錠した。
「さ。暇潰しがてら自称未来の客のお手並み拝見ってな」
親切心なのか、それとも言葉通り本当に暇潰しなのか。
商人というにはあまりに凶悪な顔に浮かべられた笑みからは、判断がつかなかった。
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