第40話 本登録

「そうそう、忘れるところだった!この前の依頼の完了を経て、カイセくんのギルドへの本登録が正式に決まったのよ」


ロントさんに連れられてギルドの受付に向かう最中、思わぬ朗報に驚く。


「ホントですか!?思っていたより早いんですね」


この前のサヤ=クディオの花の依頼の成功で一気に本登録が近づくとは事前に言われていたが、それでもあと2、3ヶ月はかかるものと見ていた。


身元も確認できず、信用が全くないのがこの都市に来たばかりの時の俺。


依頼などを通じて一から信用を築き、曲がりなりにも"冒険者ギルド"の看板を背負うことが許されるのが"本登録"であると言える。

だからこそ何年も経ってやっと本登録が許されるなんてことも実は珍しくないし、素行が悪い人間なんかはいつまで経っても本登録は許されないなんてこともある。

いくら採取依頼で功績を上げたとはいえ、少し早すぎるのではなかろうか。


「身元がわかっているギルド員の子とか、元騎士とかの特殊な例以外ではめったに見ない早さよ。どうも、サヤ=クディオの花の在庫が実はかなり逼迫していたみたいでね。上の人達が評価に色をつけてくれたみたい。早速本登録していくでしょ?」


「はい!」


本登録になると、自分で自由に依頼が選べるようになる。

また、信用がない分多く取られていた手数料も一気に減るので、同じ依頼を受けるにしても貰える報酬もぐんとあがったりもする。


さらば貧乏飯花サラダ生活!


さらに家も仮宿舎ではなく、空き家から好きに選んで住めるようになるのも魅力的だ。


条件次第では高級ホテルの一室のような部屋や庭付き一軒家なんてものにも住めると言うから、物件選びが今から楽しみで仕方がない。


「それじゃ早速本登録の手続きを始めるわ。まずはこれ、ギルドの契約書。自縛呪書になっているから、ちゃんと中身を読んだ上で右下に血判を押してね」


自縛呪書とは呪術を用いて作られる契約書で、この世界の社会制度の一つのキーとなっている道具だ。

呪術というのは人との縁や感情を基とする魔術の一種だそうで、その技術体系の中でも大きなものの一つに"自分は罰せらなければならない"という人間の罪悪感を増大させ、無意識のうちに自傷に走らせる類いの術がある。

自傷といってもその効果の現れ方は様々で、所謂自傷行為の他、身体の働きが狂って原因不明の病にかかったり、魔力が勝手に魔法の形をとって体内で暴れるなんてことが起こるらしい。


そんな危険で仄暗い術も、この世界では形を変えて社会を回すのに欠かせぬ部品として役立っている。

自縛呪書は表記された内容に同意したことを発動条件として、呪術を自らに掛ける一種の魔法のスクロールである。

表記された内容に違反したと自らが判断したとき、自らを呪うことになるという。


あくまで自己認識を基にした術であるため決して完璧ではないが、ただの紙切れでしか無い普通の契約書に比べ格段の信頼と強制力があるのは間違いないだろう。


とはいえ。

発動条件が自己認識である以上、ヘタに解釈が広くなりかねないワードを使った契約をしてしまうと暴発の危険もあるわけで。

自縛呪書の内容は明確かつかなり狭い範囲の禁止事項がいくつかあるのみだ。


例えば、故意かつ利益目的かつ正当性のない殺人や盗み。

意図的に得た利益を隠し、ギルドへの上納金や税を不当に免れること。

依頼者の不利益を目的とした正当性のない依頼破棄などだ。


この"正当性"というワードがミソで、人間が自己正当化に長けた精神構造をしている以上、大体の場合は"正当性があるから問題ない"という自己認識となり呪いは発動しない。


それでも、基準が自分で必ずしも認識し切ることができない内面にあることから、絶対に発動しないと言い切って禁止事項を破るというのは難しい。


"万が一"を意識させる、一種の抑止装置として働くというわけだ。


ちょっと怖いが、犯罪に積極的に手を染める予定は今のところ無いので血判を押しておく。


「はい、確認ありがとう。字が読めると説明の手間も省けるから楽でいいわ。次はこっち、ギルドタグね。もう知っていると思うけど、正式な個人証明になるものよ。名前の刻印があっているかを確認して、こっちにも血判を押してね」


ギルドタグというのも一種の魔術を用いた便利道具である。

2つに割れるよう点線の入った薄い金属片であり、点線部分を起点に点対称状に全く同じ刻印がされたこの道具。

主な機能は個人の識別であり、小さいながら複数の魔術理論に基づく偽装防止策が講じられているとギルドの本棚に記載があった。


まずは血と血に含まれる魔力の波長を元にした識別だ。

魔力の波長というのが一体どんなものなのかは知らないが、指紋のように個人差があるものらしい。

この魔道具は血を吸い、魔力ごと内部に保管する。


魔力の波長を詳細に測ることは技術的にまだ難しいらしいのでこの波長はどこの誰々のものだ!というのはできないそうだが、波長が同一か否かの判断は可能だそうだ。


2つに割った鉄片の片方をギルドに保管することで、何かあったときにギルドタグの真贋、登録者とギルドタグの所持者が同一かが調べられる。


そして類感・照応効果。

魔術の一分野……錬金術や呪術、召喚術など多くの分野で使われている効果で、似通ったものは影響し合うというものだそうだ。

現代のおまじないの類いでいうなら、対象に見立てた藁人形に釘を打つことで呪いを掛けられる……というのが近いかもしれない。


一つの鉄片から分かられた同じデザインの鉄片であることや、どちらも同じ人物の血を吸わせるという工程を踏むこと、その他企業秘密の様々な要因を持って2つの鉄片に強い照応効果を生じさせる。

そうすることで、片方に何らかの細工をされてももう片方からの類感効果の影響でもとに戻るらしい。


とはいえ類感効果には限度がある。

……限度がなければ"一箇所でも残っていれば絶対に壊れない城壁"とか、"削っても削っても自動修復される金貨"みたいなものができてしまうから当然だ。


あまりに改変が多く類感効果が追いつかなくなると、当然2つの物品の間には差異が生まれる。

差異が大きくなれば当然"似通ったもの"という照応効果の前提自体が崩れるわけだ。

照応効果が働かなくなった時点でギルド保管側の鉄片に特殊な光が出るように術式が組まれており、その光が出るとギルドタグは個人証明として使えなくなる。


そうなると作り直しが必要になるわけだが、ギルドタグが様々な技術の結晶ということで手数料は結構高い。


経緯は違えど、ギルドタグを大きく破損したときも照応効果が追いつかなくなり作り直しが必要になるので、気をつける必要がある。


そんな感じで文明レベルにあるまじき、現代社会でも通用しそうな個人証明アイテムがギルドタグだ。

登録者の魔力を使用する関係上、定期的に更新が必要になるのがちょっと面倒なくらいか。


ギルドタグに血判を押すと、血が名前の刻印部分に吸い込まれていく。


刻印された文字は"カイセ・オフェイロ"という偽名ではあるが、ギルドタグが個人証明である以上、この名前がれっきとした本名になる。


別の本名を得る。

これでもう、姿も名前も前世とは変わってしまったというわけで。


ギルドタグに金属紐を通す。

元の世界の自分とは全くの別人になったみたいに思えて居心地の悪さを感じながらも、首にかけた。


果たして、俺が元の世界に帰れる日は来るのだろうか。

帰れたとして、名も形も跡形もなくなった俺に居場所はあるのだろうか。


具体的なことは何一つ思い描けない。


急に暗くなって黙り込んだ俺を、ロントさんが不思議そうな目で見ていた。


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丑の刻参りは類感魔術そのもの……典型例ですが、カイセは前世でオカルト知識にあまり触れてこなかったので"近いもの"という認識です。

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