第39話 知角族

「カイセくん、カイセくん。何の話してたんです?」


サラダ一つで居座って申し訳なかったという引け目とともに冒険者ギルド併設の酒場から出ると、受付嬢のロントさんから声がかかる。


「あれ、聞こえてませんでした?結構大きな声で話していたと思ったんですけど」


アリムはそもそもの声量がでかい上によく通る声をしている。

サヤ=クディオの花の採取依頼の話になったときは流石に少し声のボリュームを落としていたが、それでもヒヤッとしたものだ。


「相手の……また姿変わってたけどアリムさんでしょ?アリムさんがずっと防音の魔道具を使っていたからなにも聞こえなかったわよ。ふふっ、なんか楽しそうにじゃれあっていたのは声がなくても分かったけどね」


「楽しくなんか無いですって。アイツなんなんですか?初対面なのに人を小馬鹿にしたような態度をとったかと思えば、将来的に採取依頼を出したいとか言い出したりやけに好意的だったりよく分からないんですけど」


「アリムさんは1年前くらいにこの都市に来た知角族の魔道具師ね。魔道具師というのは魔物の素材や特殊な鉱石なんかを使って魔道具を作ったり、発掘された忘却魔具アーティファクトの鑑定や修理、時には改造をしたりするスペシャリストなの。――って、そんなことが聞きたいわけじゃないわよね。あの人が周囲……特に新人をからかうのはいつものことよ。でもあんなに楽しそうに話すのは初めて見たわ。きっと余程気に入られたんでしょうね」


「ふ、ふーん……」


我ながらと単純だとは思うが、そう言われると悪い気はしない。

……かも?


おそらく。

気に入られた理由はアリムがと称した採取能力なのだろう。

その能力はただの前世での経験や知識であって、技能の類いではない。

当然、応用が効くものではないし、すべての採取で有効に働くかもわかりやしない。


不確かで、その上自分の力ではないもので気に入られる虚しさは否応なしにある。


まぁ、その点は異世界人であることを隠す以上、開き直って俺の長所だと胸を張るべきなのだろうな。

そもそも、人の長所というのは生来のものだったり環境や偶然による経験のたまものだったりと割と本人の努力とは関係ないところから発生するものが多い。

だから気に病むだけ無駄で、いかにうまく使いこなして期待に応えられるかというこの先のことを考えたほうが良いのだろう。


「おそらく気に入られた理由は物怖じのなさね。カイセくん、知角族を前にしてずっと自然体だったでしょう?ベテランでもあまり関わりのない知角族相手にはおっかなびっくりで接するのが普通なのに驚いたわ」


「採取の腕前の方で気に入られたんだと思ってましたけど……物怖じのなさ?どういうことです?」


アリムに怖い要素なんてあっただろうか。

顔も性格も決して恐ろしく思うような部分は無かったと思うのだけれど。


「キミの採取能力には確かに目を見張るものがあるけれど、精々が数年に一度の期待の新人ってくらいよ。少なくとも、アリムさんは私が小さい頃から魔道具師をやっていた大ベテラン。能力面だけで見るならきっと、ちょっとめずらしいのが来たなぁくらいにしか思っていないわよ。その感じだと……もしかして知角族についての話を聞いたこと無い?」


「無いですね。」


ロントさんの反応からして、知角族というのは大層有名な種族らしい。


が。


この世界歴1年とちょっと。

その大半を言語理解不十分なまま駆け抜けてきた俺は、世界の常識に疎い。

生憎、砦で知角族とやらのを話を聞いたことはなかった以上、知識は皆無だ。


「ふふっ。やけに自然体で接していると思ったら、そういうことだったのね。知角族というのは、遠く北方を起源とする戦闘民族。何でも、角から魔力の波?とやらを出して周辺のものへの距離や魔力の流れを認識できるらしくて、実質的に死角を持たない。種族としての肉体強度の高さも相まって近接戦最強の種族の一角と言われているわ」


「強いからベテランでもビビるってことですか?」


「強い上に北方未開領域の境界あたりに住む戦闘が日常となっている種族だからか、かなり喧嘩っ早いし手加減ができないので有名なのよ。より正確に言えば、喧嘩っ早いというよりも暴力が日常で自然に取りうる選択肢のひとつに常に入っているという感じかしらね?知角族の冒険者同士のいざこざで酒場やら村やらが半壊したなんて話は何度も聞いたことがあるわ」


酒場はともかく村が半壊って"いざこざ"で済ましていいレベルなのか?

いや、いざこざの範疇で村を半壊させてしまうからこそ恐れられているということか。

本気でキレたらどうなるのだろう?


「うわぁ……知っていたらビビり散らかしてたと思います」


「あくまで種族としてそういう傾向があるってだけで、アリムさんはそんなこと無いから安心してね」


「それはわかっているので大丈夫です」


良くも悪くも粗野なタイプでは無いというのはこれまでのやり取りで分かっている。


粗くは無いが、軽くて薄いけいはく

野性的ではないが、理性的というには享楽主義が過ぎる。


人当たりは良いが、どこか破綻しているようないざという時には信用しちゃいけない、深入りはしないほうがいいタイプだというのは薄々感づいているからこその良くも悪くもだ。


問題は悪くも……の部分に気がついていても、アリムの方からぐいぐいくるから否応なしに関係は続きそうなことなんだよな。


押しの強い人間にはとことん弱いのは前世からだ。

今回に関しては、異世界二年目になっても「No」と言えない日本人の習性が残っているというよりは、より根源的な人間としてのさがの部分で好意的に接してくるアリムに対して無下にはできないといったところか。


好意にはどうしたって好意で返さずにいられない。

その先にリスクが見えていたとしても、いざ危険が牙を剥くという時までは自分から背を向けるのは難しい。


性格ゆえか。

俺の場合は特に強く働く"返報性の原理"とやらは、ある種暴力的とも言えるだろう。


それが分かっていても直せないし、心の底から直そうとも思えないのだから筋金の入り具合には我ながら呆れる。

面倒な性格だとも思うが、20数年。異世界に来てまでも続けていれば、こうなりゃ意地でも突き通すっきゃないと最近は開き直ってきているのも確かだ。


「そう。カイセくん、仲が良さそうなギルド員がまだいないようだったから、気が許せる相手ができたみたいでよかったわ。ギルドというのはお互いに助け合うための組織なの。もちろん依頼を中心とした金銭面だけでの関係というのでも別にいい。それだって立派な助け合いよ。でもね、人との関係を築ければ、できる経験も楽しさもより広がっていくわ。今日はその一歩目ってところね」


アリムとは別に仲良くなったわけじゃないし、気も許した覚えはない……という言葉は、ロントさんの助言と微笑みを前に飲み込んだ。

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