第43話 2層

門が開いた先に広がっていたのは駅だった。


地元の見慣れたホームだけの駅とは違う。

新宿などの大型の駅にあるような、いくつもの路線への通路や店が連なるただっぴろい改札階だ。


とはいえ、前世の駅そのものの風景が広がっているわけではなかった。


天井の一部にはまるでパッチワークのように、そこにあるはずのない満天の星空が交じる。

星空が本来あるべき天井の照明を所々侵食しているために、一部の区画は夜のように暗くなってしまっているのが見て取れる。


床や壁は所々が割れて苔や蛍光色の花々に覆われた土に置き換わっており、土部分から生えた蔦が四方八方に伸びていた。


気のせいだろうか。

上層と比べ、花の色はほんのりと毒々しさを帯び、蔦の伸び方も本来の生物的なものとは何処か違うような……違和感がある。

率直に言えば、美しくも気味が悪い。


「2層はこの通り、広大な廃墟が広がる階層だ。お待ちかねの魔物はここにはいねぇ。さっさと移動すんぞ」


不可思議な光景に呆けているうちにベルグは、俺を置いて先に進んでいた。


「魔物がいない?」


「この辺りだけ特別な。万が一でも階段ずたいに魔物が1層に溢れ出したら大変だろ?周辺の階段いくつかを囲むように壁を建てて、魔物の侵入を防いでんだ。この層の魔物は軒並み実生じっせいだから周辺の樹を定期的に刈り取れば発生自体を抑えられる。例外の階層主や特異個体も移動範囲が完全に固定されていて、このあたりには来ないから安全というわけだ」


なるほど。

実生じっせいというのは確か魔物の繁殖方法に関する分類だ。

腹から生まれる魔物を胎生、卵から生まれる魔物を卵生とする中、樹木状の母胎にまるで木の実のように生えて殖えるものを指す……と、ギルドの本に書いてあった。


有名所では、この世界において家畜として扱われている樹に生る羊バロメッツ。

そして、ゴブリンやオークのうちの3割近くも実生じっせいらしい。


実生じっせいの魔物の特徴は、母胎樹を中心とした群れを作ること。

母胎樹の栄養となるものを集めるために原始的ながらも社会性を持ち、一般的な魔物にはあまり見られない"階級"のようなものすら擬似的とはいえ存在するそうだ。


一説には。

群れの個体が学習した内容を母胎樹に持ち帰ると、次の世代の個体にも経験として受け継がれるとも言われている。

放っておいて母胎樹が成長すると生まれる個体も強くなるわけだ。


そのため、人里離れた場所やダンジョンの深部に発生すると非常に厄介らしい。

また、一般個体は生殖機能が無い分のリソースを肉体強化に使う分、同クラスの魔物と比べ頑強だとも書いてあった。


ちなみに余談だが。


残り7割は何だといえば、他の生物の体内や死体に直接幼体である種子を埋め込んで増えることから、実生じっせいの亜種として寄生種と分類されているそうだ。


実生じっせいにせよ、寄生種にせよ。

本で読んだだけではイマイチ想像がつかない。


木から生えるって、果たしてどんな光景なのか。

魔物の幼体である種子とはどんな形をしているのか。


生憎、本には挿絵なんてものはなかったので、ずっと気になっていた。

これから実物が見れるかもしれないと考えると少しワクワクするな。


「……」


黙ったままズンズンと進むベルグに、歩幅の差から半ば小走りになりながらついていく。


「そういえば」


「あ゛?」


「階層主や特異個体の移動範囲が固定されているってどういうこと?」


階層主とは、ダンジョンの各層に必ずいる強力な魔物をさす言葉だ。

パニュラとダンジョンの話をした際に話題に上がったが、ダンジョンにおける魔物は神からの恩恵に照応する試練である。


階層主は人類が乗り越えるべき壁としての存在であり、より下の層に降りるには倒した階層主の肉体の一部を持っている必要があるとか。


つまり神の用意した倒されるべき敵というわけだが、逆に神の想定外が特異個体だ。


パニュラ曰くこれは神々が"ダンジョン"という概念を利用して迷宮というシステムを作り上げた際に解消しきれなかったバグのようなものだという。


元の世界から流れ込んできたダンジョンの概念には、"危険地帯"という意味合いが含まれている。


だからこそ。

安定して攻略できるようになったダンジョンはダンジョンたらしめる要素が欠けた状態と言える。


ダンジョンがダンジョンであるために。

自動的に強力な魔物を生成して解き放つことがある。

それが特異個体だ。


階層主の出現場所が固定されているというのはわかる。

神が手ずから用意した試練である以上、そんな法則ルールに縛られていてもおかしくない。


しかし、イレギュラーである特異個体までもが法則ルール下にあるとはどういうことか。


「階層主も特異個体もこの階層を貫くように存在する洞窟、そして洞窟から伸びる道の上から出ることがねぇんだよ。たとえ戦闘中であろうとな。何でかは知らん。どうせ、おまえの力量じゃアイツらとやり合うなんて無理がある。逃げ方だけ覚えときゃいいさ」


――聞いたからって何でもわかるわけじゃないよな。


そもそも、パニュラの言っていた"神がダンジョンを作った"という話も世間一般的には数多ある説のうちの一つであり、どちらかといえば眉唾ものとされているようだった。


ダンジョンが異界から流れ込む概念の消化装置であることも。

アーティファクトを始めとするダンジョンの恵みと魔物の発生は表裏一体の事象であることも。


パニュラから聞いた話はギルドの本には記載はない。

ダンジョンの由来については古代文明遺跡の浮上説や異世界からの転移説などと並んでほんの数行、ダンジョン誕生時の巫女がそのような話をしたとされるという一文があったのみだ。


ダンジョン自体が"不可思議なもの"として扱われている以上、その中でも別格の例外事項である特異個体が奇妙な生態を持っていても誰も違和感を持たないのは当然か。


――あれ?


ダンジョンについて、何かが脳裏に引っかかった気がする。

すぐに思考の海の中で霧散してしまったけど。

この違和感を捨てないほうがいいと、頭の片隅で警鐘が鳴った気がした。


何が気になったのかはわからないけど……。


暇なときに改めて考えられるように、頭の中で三度想起してから少し先に行くベルグを追いかけた。

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