第29話 少年と真実②
入った鏡の先、転移した先は映った情景と同じ篝火の焚かれた部屋だった。
円形の部屋の中央に大きな篝火が煌々と立ち上り、その周囲の灰の山には大小さまざまな鏡が置かれている。
そして、部屋の壁には床から天井まで伸びる大きな鏡が所狭しと並んでおり、それらは計32枚、16対で合わせ鏡となり等間隔で並んでいた。
「何だよ、ここ」
多すぎる鏡。
大きな篝火。
目立つ物品はそれくらいしかないが、気になる要素はほかにもある。
天井や床の色だ。
柱はどこか有機的な緩い曲線を描く白。
天井や床は見覚えのある少し黒みを帯びた赤。
まるで部屋全体が骨と血で形作られたかのようだ。
いや、実際のところそうなのだろう。
通路に漂っていた臭いは消えたが、鼻の麻痺したような感覚に"魔法か何かでごまかしているだけで、実際は比にならないほどの強烈な悪臭が漂っているのではないか"と思い至る。
臭い、そして所々混じる赤黒い色彩が、その材質が生物由来であるという推測を否応なしに補強する。
(こんなところで、みんな何やってたんだよ)
見た目は邪教の儀式場か何か。
魔女の黒魔術や暴走したカルト集団だってここまでしないだろうと言えるほどに徹底的に作り込まれたグロテスクな光景。
いくら異世界とはいえ、これが一般的な墓です………なんて、そんなことはないだろう。
ないよね?
『やっと来たかと思えば、だんまり決め込んで考え事とはのう』
急に。
背後から鈴を転がすような声が響く。
気配なんてなかったはずと驚きながらも振り返るが、そこには壁、そして壁一面に張られた鏡しかない。
どこだ?
周囲を見渡すが、曇った合わせ鏡の中に篝火の明かりがぼんやりと反射する様子が延々と続く光景しか見えない。
視線を巡らせ、床と天井を見渡すが、誰もいなかった。
精神的にも肉体的にも正直随分と参っている。
幻聴でも聞いたのだろうか?
『カッカッカ。ここじゃよ、ここ』
次に声が聞こえたのは、篝火の近く。
急いで振り返ると、篝火を取り囲む鏡の群れの中に一瞬、金色の髪が揺れたように見えた。
「鏡の中………か?」
この部屋に無数に置かれた鏡を注視すると、鏡の中の火の光に紛れて鏡から鏡へと駆けるように長い金の髪をたなびかせた少女が映っているのが見えた。
『カカッ。やーっと気づいたか!』
篝火の下、灰の山に突き刺さるように置かれた鏡の一枚から少女が笑う。
陶磁のような肌、光を乱反射し星のように煌めく空色の眼。
綺麗だが、あまりに人間離れした姿についまばたきをするのも忘れてしまう。
『むむぅ。いくら儂が美しいからといってめっきり無言で惚けおってからに。まぁよい。儂の名はパニュラじゃ。お主の名は?』
「カイセ………だけど」
『まぁ。やっと来たかと言った通り。お主に喋らせたくて聞いただけで、名もどんな人間かも既によーく知っておるがの。それ、話は長くなる。立ち話も何じゃろう?横に座るがよい』
そういうとパニュラを名乗る鏡の中の少女は足元をポンポンと叩くような動作をする。
篝火の台に座れということか。
怪しいが敵意のようなものは感じず、寧ろ初対面とは思えないほどの親愛の情を感じる………というか、妙に馴れ馴れしいな。
とはいえ、ここで敢えて反抗する理由もないので台の縁の灰を手で払い、そこに座る。
「それで、俺のことをよく知ってるっていうあんたは何者なんだ?砦の皆とはどういう関係なんだよ?」
少々不躾ではあるが、聞かずにはいられない。
これまで、砦に他の人間がいるなんて話は出たことがなかった。
ただ、纏う雰囲気がどこか砦の皆と近いような気がする。
気のせいだろうか。
『儂が何者かというのは説明が難しいのう。まぁ、簡単に言えばこの砦に住んでいた者らに祀られておった存在じゃよ。この砦の者たちは皆、女神と信者共に乗っ取られた国の関係者でな?復讐のために儂の空間移動の力を使っては、盗賊団と偽って度々各地で反乱や略奪を起こし、教団の力を削ぐようなことをしておった。』
「祀られてってことは………神様?」
砦の人たちの背景は――何となく納得できる節があった。
ただの商人にしてはやけに多く倉庫に積まれていた武器。
そういえば、今ではすっかり見慣れてしまって気にしなくなったけど、最初に宴で目を覚ました時は大多数が荒くれ者かヤクザかのような強面、体格をしていて焦ったこともあったっけ。
暮らしていく中であったちょっとした違和感。
異世界だからそういうものなのだろうと流していた小さな出来事の数々が線で結ばれたような感覚があった。
ただ、神様なんて存在については正直いきなりすぎて訳が分からない。
どういうことだ?
『正確には元神じゃな。補完の女神めが力を持った後に貶められ、神としての力の大半は奪われてしまっておる。消滅しかけていたところを皆に助けられはしたが、供物で生きながらえておっただけの今の儂じゃ大したことはできんよ。祀られておったのも一種の旗印のようなものでな?だからそう畏まるな。敬語で話すようなこともしなくて結構じゃ。堅苦しいのは嫌だからの』
どこか遠い目をしながらパニュラは言う。
補完の女神ルゥナ・セレネス。
俺を資源としてこの世界に放り出して苦しめた元凶。
復讐を誓った敵。
その名前をまた聞くことになるとは。
恨みと悔しさから自然と強く握り込まれた掌が痛い。
『お主、えらくひっどい顔しとるのう。まぁ、あやつのとこの教団に捕まっておったという経緯は知っておるし、更には不本意な形での転生者となればさもありなんといったところか』
「俺が転生者ってことまで分かるのかよ」
相手が元とはいえ神様ということで、心を読まれたのかと不安になる。
『砦の者たちは気づかなんだが、転移者かつお主と長く過ごしていたデュダは何となく察していた節があってのう。一応報告は受けておる。まぁ、儂は腐っても元神じゃ。こうして目の前でお主の魂を見れば一目瞭然じゃな。お主の世界がこの世界よりも上位の位階にあるが故に、そこの出身者であるお主はこの世界の者とは比べ物にならぬほど魂の密度が高いからのう』
「デュダが転移者?!」
『おっと。気づいておらんかったか。あやつは今の聖王国。乗っ取られた国じゃな。そこで行われた儀式でお主の世界から勇者として召喚された人間のうちの一人じゃった』
「勇者ってゲームか何かかよ」
『カカッ。同じようなことをデュダのやつも言っておったのう。まぁ、聖王国を裏切ったときに勇者としての力、特異な
「それって………よくデュダは生きてこれてたな」
詳しいことは分からないが、魔法なんてものがある以上この世界は環境や物理法則が前の世界と大きく違うのは確かだろう。
云わば、別の惑星のようなものとも言える。
例えば人間が太陽系の別の星に放り出されたとして、生身で生きられるような星なんてものは存在しない。
何なら、太陽系外でも人間が観測できた範囲内では人間がそのまま生きられるような星はまだ見つかっていない筈だ。
大気や温度、重力など山ほどある生存条件のうち、一つでも欠けてしまっていたら数秒も保たずに死んでしまうほどに人間は脆い。
何故そんな状態で生きていられるのか不思議なほどだ。
『あやつは眼に関わる特異な
「そう、か。もしかしてと思う節はあったし、聞いてみれば良かったな」
この世界に来てかなり長くなる。
正直、前世の小さな日常一つ一つが恋しいし、ホームシックに近いような苦しさを感じることはこの砦に来てからもそれなりの頻度であった。
もし、デュダと元居た世界のことについて話せれば。
付きまとう郷愁の念も少しは和らいだかもしれない。
デュダはどうだったのだろう。
俺よりずっとずっと長くこの世界にいるわけだ。
きっと、俺よりも元居た世界を懐かしく思う気持ちは強かったのではなかろうか。
せめて、死ぬ前に。
一度前の世界の話をしたかった。
『聞いてみれば………か。すっかり諦めムードじゃのう。ふむ。真っ先に伝えなかった儂が悪いのじゃが、砦の者らは一人残らず皆生きておるぞ?敵に捕まっているわけでもないしのう』
「ホントか!?」
砦のどこを探してもいない以上、完全に死んでいるか捕まっているかと思っていた。
それなら………俺やパニュラを置いていったいどこに行ってしまったのだろうか?
『まぁ、正確に言えば生きているとも死んでいるとも言い難い状態だがのう。それ、壁を見てみるがよい』
壁一面に取りつけられた32枚……俺を除く砦の人間の数と同じだけある鏡。
そのすべてが一瞬瞬く。
光が晴れると、中には全裸で眠った姿の見慣れた顔が並んでいた。
『砦の周辺に限り死の瞬間、この場所に転移できるように事前に契約と仕掛けを施しておってな。全員無事だとも。ただ、今の儂の力じゃ復活させるまで数十年はかかるがの』
遠い目をしながら、パニュラは言う。
数十年?
「数十年って………長すぎるだろ………」
前世ならともかく、危険に満ちた今世では数日後に自分が生きている保証は全くもってない。
これではまた会える日が来るのかも怪しいじゃないか。
『本来死ぬ命を無理やり現世にとどめ、再生する。それを32人分ともなれば当然じゃ。なに、これはこの砦の者らが教団の連中とやり合った一つの………遅かれ早かれ来ることは確定していた当然の結末じゃ。お主は気にせんでよい。ある程度安全な場所まで送ってやるからのう、それを最後にこの領域を閉じる。それで全て終わりの話じゃ。その後は好きに生きるがよい。前もって皆に伝言されておったがの、お主が楽しく生きてくれることはこの砦の皆の望みじゃ』
「好きに、楽しくって!俺は守られて、足を引っ張って。そのせいで皆こんな状態になっているんだろ?!そんなことできねぇよ」
それなのに楽しく生きてくれと望むなんて。
どこまでお人好しなのだろうか?
『そもそもお主に貰った命じゃ。何一つだって気に病む必要はないわい』
「貰ったって………俺、そんな大層なことは何も………」
『お主がこの砦に来た日の話をしておらんかったな。あの日、この砦は滅びかけておった。理由は今回と同じじゃ。教団の戦力としての幹部………"女神の16柱"を含む部隊が砦に強襲してきてのう。消えぬ猛毒の空気と炎を巻き散らす
「それは……例えそうだとしても、ただの偶然だろ!そもそもスイノーさんが見つけてくれなきゃ先に俺が死んでたんだ」
『お主にとっては偶然であろうと、儂らはその偶然に一度救われておる。お主が偶然スイノーに見つけられたようにじゃ。お主は300日世話になったというがのう?彼らがその日数と同じだけ、自分の生まれた時代に生きられたのは他ならぬお主のお陰じゃ。その甲斐もあって念願だった"女神の16柱"も3人も狩ることができたしのう?』
「それでも………」
この先、どんな顔をして生きていけばいい?
俺にとっての最優先事項は
それはそう決めている。
砦の皆を襲ったのも
成立してしまう。
怒りを火種に復讐の炎をさらに燃やせてしまう。
だからこそ。
それは皆の死(死んだわけではないが似たようなものだろう)をダシにして自身のしたいことを進めるように感じて、胸にわだかまりを覚える。
『ふむ。お主の目標は
「あ、あぁ」
『自分だけ生き残ってしまった罪悪感が消えぬというのであれば、良い方法がある。お主の目標を果たしつつ、この者らを復活させるまでの期間を縮める方法じゃ。道は厳しく、危険なものになるだろうが………』
「やる。やらせてほしい」
そんな方法があるのであれば、やらないという選択肢は最初から存在しない。
『まだ何をやるかすらいっていないんじゃがのう。まぁよい。端的に言えば……そうじゃな、お主にはこの世界を巡り、お主の世界由来の
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よく見たら、予約設定を間違えていて昨日分の投稿ができていませんでした……。
本日(4/29)午後にもう一話分投稿します。
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