第28話 少年と真実①

倉庫からランタンを持ち出して、暗い階段を下る。

壁にまでべっとりと染みついた煙臭さ。

そして、濃くなった今なら確信をもって言える。

混じっていたのは血の匂いだ。


血………とすぐに連想できなかったのは、こちらの世界の血の匂いは前世のそれと少し違うのと、この世界に来てからしばらくの間は血と膿の悪臭に塗れて生きていたせいだろう。


ただでさえ階段の外にまで漂っていた臭いは、長い階段を一歩また一歩と進む度にますますと強くなり続けている。


「ここは………何なんだ?」


いくら異世界と言えど、突然大量の兵器を持ち出してまでの派手な戦闘が起こった訳だ。

俺も流石に砦の人たちがただの商人の集団とは既に思っていない。


ただ、このあまりに濃すぎる血の匂いから想像できるような質の人間だったとはとてもじゃないが思えない。


それでも。

この場所の存在はまぎれもない事実だし、夕暮れの一時は絶対に部屋から出してもらえないなど奇妙に思える点………いや、この際はっきり言ってしまおう。

これまで目をそらし続けていたけど、砦の人たちには何かを隠している節があった。


階段を下った先にあるのは、きっと隠されていたものの真実だ。

砦の皆が俺から遠ざけていたもの。

恐らくは、俺がこの砦を出るまでずっと隠し通そうとしていたもの。


何があるのかは想像もつかない。

ただ、一つ言えることがあるとしたら恐怖は無い。

命を助けられ。

心を救われ。

生きる術を教えてくれたのが砦の人たちだ。


この先に何があっても受け入れられる。

そう思うと、匂いと臭いからくる悪い予感も気にならず、足は前へ前へと進んでいった。


――どれほど歩いただろうか。


砦一つ分の外周をゆったりと螺旋を描くように地下へと下る階段。

少なくとも、4周はしたように思う。


いつまで下るのか。

強くなり続け、最早鼻を刺す痛みと化した臭いに顔を顰めながら進んでいた道は、唐突に終わりを告げる。


行き止まり。

そして、置かれた一枚の曇った大鏡。


真っ赤に縁どられた、転移部屋にあったものと同じデザインの鏡が整然と置かれていた。


「おいおい、ここまで着て戻れっていうのかよ」


転移部屋を使ったとき、リューズは何か鍵状の金属細工を掲げてこの装置を起動していた筈だ。

当然ながら、俺はそんなものを持っていない訳で詰まるところこの長い道のりをもう一回というわけか。


しかし、やらかしたと頭を搔いて踵を返そうとすると、カタリと音がした。


「なんだ?」


振り返ると、先ほどまで曇って何も映さないでいた大鏡は、焚火のある部屋のような風景を映し出していた。

いや。

きっと焚火ではなくて、篝火ってやつか。

揺れる鏡面に揺れる篝火が映されているものだから、奇怪な動きに見ているだけで気持ちが悪くなる。


「入れ………ってことか」


狙ったように起動する装置。

まるで招かれているかのような得体の知れなさに、生唾を飲み込む。

砦の人たちは信用しているが、この装置が侵入者に対する罠か何かという可能性は捨てきれない訳で。


「まぁ、入るほかないよな」


周囲を見渡すが、手掛かりらしきものは無い。

道中も隠し扉か何かがないかと探りながら来たが、俺に気づけるようなものは何一つなかった。

ここしか手掛かりがないのだから、行くっきゃないだろう。


「鬼が出るか蛇が出るか。まぁ、行くか」


意を決して、正体不明の転移装置の中に足を進めた。

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