第27話 禁域
あれからどれだけの時間が経っただろうか。
森が消滅したことによってこれまでより広くなった空にはいつの間にか夕暮れの色が差し、それでいて薄らと天気雨が降り注いでいた。
「雨か。そういえば、ここに拾われてきた日も雨だったっけ」
死にかけていた俺が助けられたのも雨の日だった。
………あの時は酷い土砂降りだったけど。
「砦に………戻るか」
もしかしたら。
誰か生き残っていて、雨宿りに砦に戻ってくるかもしれない。
それにそもそも。
俺はまだ、砦の中を全く探していなかった。
もしかしたら俺と同じように非戦闘員として砦に残っていた人もいるかもしれないし、怪我をして砦のどこかで休んでいる人もいたかもしれない。
よく考えれば転移できる鏡なんてものもあるのだ。
誰かしら転移で離脱していて、戻ってきていてもおかしくはない。
諦めるのはまだ早い。
何せ広い砦だ。
いた人数だって少なくない。
探して、待って。
諦めるにしたってそれからだ。
万が一の護身用に先ほど拾った血に染まった金の剣を持ち、砦内の捜索を始めることにした。
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砦内の捜索を始めて数時間は経ったと思う。
各部屋のドアを開け、声をあげ砦の隅々まで見て回った。
鏡の部屋、大広間、最初の日に宴をした部屋。
デュダの仕事を手伝っていた倉庫に、剣の稽古やスリの技術なんてものまで教えてもらった酒飲みたちの溜まり場。
一つ部屋を確認するたびに、そこで過ごした思い出が脳裏に浮かび上がっては消える。
そして。
部屋に誰もいないことが分かる度に、その思い出が二度と戻らない日常だと思いそうになって、そんなことはないと唇を噛む。
辛い。
一つ一つ部屋を巡り不在を確認していくことが、まるで砦とここで過ごした日々に別れを告げる作業のように思えてきてしまう。
それでも。
それでもと最後まで部屋を巡ったが、結局誰も見つかることは無かった。
声の反響しやすい岩山をくり抜いて作られた砦だ。
特にこんな夕暮れは、いつだってどこかから誰かの声が聞こえたものだった。
それが今は自分の足音しか聞こえない、虚しさだけが響く無音。
歩く度に。
音を立てるたびに苦しくなって、足取りは重く。
よたよたと彷徨うように砦を徘徊する。
「……」
砦の中に荒らされた形跡は全くなかった。
詰まるところ、敵とは相打ちになったのではなかろうか。
ということは、だ。
自分がもっと強かったら。
いや、強くなくても守られる足手まといではなく、最低限でも戦力として役に立てていたら――
――きっと結末は変わっていた筈だ。
そのことに否応がなく気がついてしまい、悔しさに歯噛みする。
「くそっ」
自身への苛つき。
乾く喉。
怨嗟。
思考がまとまらず、誰へともなく荒げた声にごちゃごちゃになった感情以外の意味は何もない。
「ア、あァ………」
涙で腫れた眼。
朦朧とした意識。
誰もいないとわかっていても、何度も何度も同じ場所を探すのをやめられない。
2度。
3度。
足が棒になるまで砦の中を彷徨って、彷徨って。
ふとこれまで意識を向けてこなかった場所に気がつく。
「それ」にこれまで気がつけなかったのは、今の今まで砦の中を過ぎ去った思い出と共に巡っていたからだ。
その場所は唯一、俺が立ち入ったことがない場所。
唯一、俺だけが立ち入りを禁じられていた場所。
それがまるで仲間外れのようだったのが嫌で、無意識でも意識的にも認識しないように目を逸らし続けていた場所。
だからこそ。
意識が朦朧として、思考の全てがあやふやになった今になってやっと気がついた。
燃えるような匂い。
どこかで、いや確実に嗅いだことのある………寧ろ嫌というほどに嗅ぎなれた金属のような臭い。
それらが混じり合い、漂う暗い闇。
目の前には、地下へと続く階段が全てを飲み込まんかとするようにぽっかりと口を開けていた。
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