第6話 迷いと変化
あれから何時間経っただろうか。
遠くで上がる黒煙を背に歩き続けたが、もうそれも見えなくなってしまった。
鬱蒼と茂る樹冠の天井には木漏れ日なんてものはほとんどなく、倒木の上にできた明かりを辿るようにして暗い森の中を進んでいた。
目的地はない。
そもそも、人里の位置が分からなかった。
少年は廃村に来る前の記憶はなかったし、どこかしら繋がっているであろう廃村から延びる道は捕まってしまうリスクが高すぎて近づくことすら
だからこうして、どこかに辿りつける可能性を信じて森の中を突っ切っているわけだが――
――正直選択をミスったような……そんな気がするな。
あの時は死の恐怖からやめたが、ほとんど遭難していると言ってもいい今の状況からすれば廃村から延びる道の周辺をつかず離れずで歩いた方が良かったかもしれない。
森の中では方向が分からなくなって、気がついたら同じところをくるくる回っているなんて話がどうしても頭に浮かんできて、それが否定できないでいた。
幸い。
警戒していた化物どころか動物に出くわすことすらなく、順調に足を進めることができている。
「動物がいないってことは、狩る人がいるとか管理されているとかそういった感じで良いんだよな」
そう考えると、希望が持てるような気がしてきた。
少なくとも数時間は歩き続けた森の奥……とはいえ、何せその歩いているのが7.8歳児の背丈の俺。
しかもナップザックの荷物でゆっくり歩いている上に明るいところを辿るように、少しジグザグしながら歩いているのだから大して人里離れた場所……というわけではない筈だ。
何かのドキュメンタリーで、日の出と同時に狩りに出て日暮れと共に帰ってくる部族の話を見た記憶がある。
ひょっこり誰かと出会えるかもしれない。
どうせもう後には戻れない。
後悔するだけ無駄というやつなのだし、楽観的に考えよう。
「なんか、やっと少し気が抜けるな」
こっちの世界に来てからというものの、常に痛みと死の危険に晒されて気を張り続けていた。
暗い森の中でどんな生物に出くわすかわからず、未だに気は張っている。
ただ、あの場から生きて脱出するという一つの難題を片付けたからか、或いは前世では感じたことのなかった大自然に単純に癒されているのかな。
元の自分の調子を取り戻せてきているというか、ずっと楽になっている気がする。
思えば。
ここまで生き残るのに必死で、前世のこととか全く考えられなかった。
"唯一の家族である弟や、数少ない友人はどうしているだろうか"
のような、真っ先に思いつきそうな心配事すらこうして逃げ切れた確信が持てるまでは全く頭に上らない程の極限状態。
(ほんと、良く生き残れたよなぁ。俺)
朝蹴られているときや棚に隠れているときなどは、生きた心地がしなかった。
振り返ると。
こうして生き残れているのは単純にタイミングや運、そしてあの男たちが俺を"無知で何もできないし考えられない少年"と侮っていたからに過ぎないと痛感する。
――もし、あの時こちらの挙動を少しでも怪しまれていたら?
――もし、あの時ナイフを空振りしてしまっていたら?
――もし、あの時盗みの対策をされていたら?
色々な
それでも。
それでもだ。
何とか幸運を掴めたのは、死に物狂いで考えて、決断して、痛みに歯を食いしばりながら行動したからこそだと思いたい。
そう思いたくて、手のひらを確かめるように何度も開いたり閉じたりし、最後に強く握りしめる。
"俺、青葉快晴はこんな状況でも生き延びることができた"
これまで"生きている"という感覚は当然の物として意識すらしてなかったように思う。
平和な日本で過ごしていたのだから当然っちゃ当然なわけだけど。
そんな生の、死から逃げおおせた実感を真の意味で認識したのは初めてのことで。
とんでもない非日常を乗り越えたことで、これまで平々凡々な自分には結びつかなかった"自信"というやつが心の中でほんの少し顔を出したような気がした。
木々の隙間から見えていた青空はいつの間にか橙色に染まりつつある。
その色が最後、逃げるときに放った火の色に見えて、少し誇らしいようなそんな気分になったのは別におかしなことではない……筈だ。
きっと大丈夫。
腰にぶら下げた短剣の柄を握り締めて早歩きになったのは、日があるうちに一歩でも先に行こうと考えたから……ただそれだけだと思いたかった。
―――――――――――――――――
おまけ
アイテム名:少し大きな焦げた肉の塊
奴隷を扱う立場でありながら自らも奴隷であった青年が調理した肉と薬草の塊。
料理など知らず育った青年は、皮をまともに剝ぐことすらできない。
一人でも多くに行き渡らせるためには、心の痛む嵩増しもせざるをえない。
少ない休息時間を注いで作ったそれは、少年少女の命を一秒でも永らえさせるため。
いつか解放の手が彼らに差し出される日が来るのを信じて。
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