CHAPTER 03/インスピレーション・プログラム

12月17日 午前7時23分 星宮の家/寝室

カーテンの隙間から朝日が指す。

(ん.....朝か。)

(...そうか、コイツの家に泊まる事になったんだったな...)

「.....」

星宮は静かに寝息を立てる。

(...一生寝ててくれ)

「んんぅ...」

(...思いが伝わったか?)

「...ぁ...おはよ...いのうえくん...」

「あぁ...」

(できればずっと寝ててほしかった...)


「井上くん。ごめんね。今日私仕事なんだ。」

「あぁ。」

「だから一人で留守番、できるかな?」

「鍵かければ俺は用無しだろ。」

「忘れたの?お母さん帰ってくるまで私の家に泊まるって話。」

「.....」

「いい子にできる?」

「...あぁ.....」

「よし。じゃあお留守番、よろしくね。」

「ごはんはここにあるの好きに食べていいから。」

「あぁ.....」

「それじゃ、待っててね。」

星宮は井上を軽く抱きしめ玄関の扉を開ける。

「ばいばーい。」

「.....」

井上は手を振る星宮に適当に手を振り返す。

ガチャン

玄関の扉が閉まる。

「.....やっと解放された...」

井上は壁に掛けられた時計を見る。

時刻は9時06分。

(...この時間はまだ朝のニュースしかやってないか。)

(.....この家、抹茶ねえのかよ。)

井上は台所を詮索する。

(緑茶でいいか...)

井上はコップを手に取り緑茶を注ぐ。

井上は緑茶の入ったコップを手に持ちリビングのソファに座る。

「.....ん?」

「なんだ、この封筒...」

井上はローテーブルに置いてある茶封筒に手を伸ばす。

インスピレーション・プログラム 星宮礼花

(これって...アイツの勤め先のものか?)

(企画書って書いてるな.....てか発表日今日じゃねえか...)

「アイツ...忘れ物かよ...」

「どうするか...」

(もう会社に行っちまってるだろうしな...)

(...お、下に小さく所在地が書いてある...)

(品川駅の近くか...行ってみるか?)



(...着いたな。)

(あった.....でっけえビルだな。)

(よし、入ってみるか。)

(...とは言っても、アイツが何処にいるのかだよな...)

井上は広いエントランスで立ち尽くす。

(この書類の中に何か書いてないか...)

井上は封筒の中の書類を見る。

(広報課...広報課は何階だ?)

(4階か。)

(よし、さっさと届けよう。)

「入館証を拝見します。」

警備員が井上を止める。

「入館証?持ってねえな。」

「許可のない方はお通し出来ません。お引取りを。」

「俺は星宮に会いに来た。ここ通せ。」

「すみません。職員への接見はアポイントをお取りください。」

「俺は星宮の忘れ物を届けに来ただけだ。」

「なに揉めてるの?」

長髪の女が現れる。

「この方がなにやら、星宮に会いに来たと...」

「星宮?それって広報課の星宮ちゃん?」

「あぁそうだ。書類を家に忘れてた。」

井上は書類を取り出す。

「あらそうなの〜!わざわざありがと〜!」

女は井上の頭を撫で書類を受け取る。

「そういえばキミ、なんで星宮ちゃんの書類なんか持ってるの?」

「もしかして、カレシ?」

「...アイツに拉致られた。」

「拉致!?」

「死のうと思ったら、アイツが邪魔して家に来いとか言い出した。」

「なにそれすごい気になる!こっち来て!」

「ちょっと、原田さん...」

「大丈夫!私のお客さんって事にしといて!」

「さあこっち!」

原田は井上の手を引きエレベーターに乗る。

「...困ったなぁ...あの人の子供好きには...」

警備員は頭を傾げる。


インスピレーション・プログラム 広報課 企画室

「ココアしかないけど、許してね。」

原田はカップを机に置く。

「あぁ...」

「星宮ちゃんったら、大事な企画の日に企画書忘れるなんて、困った子よねえ?」

「あの子入社した時から少しドジっちゃう所あるのよね〜」

「.....アイツの事は知らないが。」

「えぇ?一緒に暮らしてんじゃないのぉ?」

「...勘違いするな、好きでアイツと居るわけじゃない。」

「その”アイツ”ってのやめて、名前で呼んだら?」

「.....親しくなるつもりなんかねぇ。」

「ならなんで書類持ってきてくれたの?」

「親しくなりたくないなら、わざわざ電車乗ってここまで来ないわよ、ねぇ?」

「...邪魔なら帰る、あばよ。」

井上は席を立ち上がる。

「ちょっと、まだ全然話してないじゃない。」

「それに邪魔なんか言ってないし。」

「俺の用事はもう済んだ。お前は仕事でもしてろ。」

「仕事、かぁ。」

「じゃ、キミとお話するのが今の仕事って事で。」

「...馬鹿か、お前。」

「馬鹿じゃないし。」

「だったら会社の事をしろ。」

「”お客さん”に会社の事言われたくないなぁ。」

「.....」

「さ、座った座った。」

原田は井上の背中を押し椅子に座らせる。

「.....」

「で、キミ、いや井上ちゃんはなんで星宮ちゃんにお持ち帰りされちゃったの?」

「.....」

「死のうと思ったら、とか言ってたね?」

「自殺しようとした所を、星宮ちゃんに助けられた?」

「.....」

「黙ってないでなんか言ってよ。」

「...親が帰るまで、私の家に来い。」

「そう言ったの?」

「あぁ...」

「ふーん、そっかあ...」

「...何だ?」

「いいや、星宮ちゃんらしいなあって。」

「どういう意味だ?」

「...あの子、子供の頃捨てられてた猫とか、親からはぐれた鳥のヒナとか、学校でこっそり助けてたんだって。」

「さすがにバレた時はお父さんに怒られたらしいけど。」

「でも、今でもヒナを、助けたんだなあって。」

「.....」

「まぁ、そういう意味じゃ命の恩人かな?星宮ちゃんは。」

「ハッ.....ただのお節介だ。」

「素直じゃないね。ほんと。」

ガチャ

星宮が二人だけの企画室の扉を開け入ってくる。

「井上くん!ごめん!」

「遅いんだよ。」

「あら、残念。もうおわりね。」

「おわり?」

「井上ちゃんと楽しく話してたの、ね?」

原田は井上の肩を組む。

「...勝手に連れてこられただけだ。」

「よく分からないけど、でも助かったよ!ありがとう!」

「...ああ。」

「星宮さん。そろそろ企画発表の時間です。」

「あ、はい!今行きます!」

「帰ったらちゃんとお礼するからね!気をつけて帰ってね!」

星宮はしゃがんで井上に小声で話す。

井上の頭を撫でて企画室を後にする。

「.....」

「結構、うまくいってそうね?」

「黙ってろ。」

井上は企画室を後にしエレベーターに乗る。

「もう、かったい子。」


午後19時42分 星宮の家/リビング

「.....」

(アイツの会社...かなりの規模だったな...)

(ここなら大企業なんかいくらでもありそうだが...あの書類の分厚さ...社員の数...おまけに警備員...相当な企業だろうな...)

(しかし...また面倒くせぇのにあったもんだ)

(もう会社に行く事もねえだろうが...顔覚えられたんじゃまた絡んできそうだ...)

(はぁ.....)

ガチャ

「ただいま〜」

星宮が靴を脱ぎ家に上がる。

(噂をすりゃ帰ってきたか。)

「井上くん、今日ほんとごめんね。」

「ちゃんと準備したはずだったけど、忘れちゃって...」

「それはいい。で?発表はどうなったんだ?」

「井上くんのおかげでバッチリ!大成功だよ!」

「そうか、そりゃよかったな。」

「うん!井上くん、ありがと〜!」

星宮は井上を抱きしめる。

「オイっ...離せ...」

「やだ。」

星宮はより強く抱きしめる。

「ヤダじゃねぇ...離しやがれ...」

「井上くんあったかいから離したくない。」

「何くだらねえ事言ってんだ...さっさと...」

「もーう、我慢できなーい。」

玄関から女の声が響く。

「誰だ...?」

「ちょっと、少し早くありません?」

「いいじゃん、我慢できないし。」

「!?....お前は.....」

「ただいま、井上ちゃん。」

原田が井上に手を振る。

「何でお前がここに...」

「それは後にして、抱かせて?」

「なに...?」

原田が井上に近づく。

「おい、来るな...」

「やだし。」

原田が井上を強く抱きしめる。

「くっ...」

「あ゛ぁ〜あったか〜。やわらか〜。」

「井上くんきもち〜」

二人は笑顔で井上を抱き続ける。

「クソっ、てめぇらいい加減に...」

「あ、そうだ。このままお風呂にしない?」

「え?あぁ、えーと...」

「男の子に裸は見られたくない?」

「んん、なんというか、その...」

「見られたくないなら、井上ちゃんには目隠ししてもらいましょうか。」

「てめぇら、何勝手に話進めてんだ...」

「んー?いや、会議終わった後色々聞かせてもらってね。」

「なんでも井上ちゃんが放っておけないっていうから私も来たわけ。」

「.....」

井上が星宮を睨みつける。

「...怖い顔しないでよ、この人火ついたら止まらないから...」

「ケッ.....」

「ま、細かい事は水に流そうか?流すのはお湯だけど。」

「入らんぞ。」

「えぇ〜入ろうよぉ。今日会議ですごい全身汗だくだし。」

「ずっと会社に引きこもってる奴が汗なんかかくか。」

「んまぁ...私は営業じゃないから外には出ないけど、今日は冷や汗かいたよ。」

「重要な会議の書類忘れてくるって聞いた時はマジで焦ったね...」

原田は椅子に座りながら語る。

「んでもう私たち身体べたべたなの。」

「それが?」

「この汗、井上くんと流したいなーって。」

「くだらん」

「くだらんー!?こんなおねーさんとお風呂入れるのにどこがくだらんのだぁー!?」

原田は椅子から立ち上がる。

「女の体になんか興味は無い 特にお前みたいな女は。」

「なにを〜?」

原田は井上に方を回し自分の胸に頭を寄せる。

「やめろ!離しやがれ!」

「いやだ。もうおこったもん!」

「こうなったらすっぽんぽんにして一緒に湯船しずんだる!」

「何言ってんだこの野郎!」

「おい!星宮止めろ!」

「ごめん...私、夕飯の準備あるから...」

「てめぇ!覚えてろよクソが!」

井上と原田は洗面所に消えていく。


CHAPTER 03 END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る