第9話 犯人判明

 次の日。



 朝の出勤。



 ああ。

 昨日は大人のデートどころではなかったな。

 まさか、命を狙われるとは思わなかった。

 

 相変わらず、マンティス先生の視線が痛い。

 ただ廊下を歩いているだけなのに、凄まじい形相で俺を睨みつけてくる。


 俺の命を狙ったのはこいつか?


 レナンシャアの登校と共に執事の爺やさんもやって来た。

 彼には、モーゼリアが違法で遺跡調査をした件について調べてもらっている。


「爺やさん。進捗具合はどうですか?」


「進捗? なんの話しでございましょうか?」


 あれ?


「エゲツナールの件ですよ」


「学園長がどうかされましたか?」


 冗談ではないようだ。

 彼は完全に忘れている。

 いや、記憶を消されたんだ。


 やれやれ。


魔神技アークアーツ 土竜感もぐらかん


 このスキルは、24時間以内に受けた補助効果の経歴を見ることができる。


 23時間前に星マークがついているな。

 つまり、この時間になんらかの効果を受けたんだ。


 星マークをタップすると「?」マークだった。

 やはり、俺の知らないスキル攻撃を受けている。


 しかし、犯人像は絞れたな。

 俺の命を狙い、かつ、爺やさんの記憶を消すなんて、エゲツナール以外に考えられない。

 奴の能力、もしくは奴から指示を受けた誰かだ。

 

 背後ではマンティス先生が凄まじい形相で俺を睨んでいる。

 小等部に入りたかったのだろうか?

 あの一件で、俺に恨みを持ったのか?


 なんにせよ。

 マンティスがエゲツナールの指示を受けて動いたのが濃厚か。


「ほほほ。デイン先生。お難しい顔をしてどうしたんざんす?」


 余裕綽々で現れたのはエゲツナール学園長だった。

 こいつはモーゼリアを騙して違法な遺跡調査に向かわせ、彼女を降格させた張本人。

 その手口を調べている俺の命を狙い、かつ、爺やさんの記憶を消したに違いない。


「ほほほ」


 随分と機嫌が良さそうだ。


「おっと、ペンが落ちたざんす」


 そのペンが俺の足元に転がる。


 ……なんかわざと落としたっぽいが無視することもできないな。

 拾ってやろうか。


 俺はそれを彼に渡した。

 エゲツナールは俺の手を握って笑う。


「ありがとうざんす」

 

 気持ちの悪い笑みだ。


 俺はその手を払い退けた。


「爺やさんがお前のことを忘れているんだが?」


「不思議なこともあるんざんすねぇ。きっと爺やさんもボケたんざんしょ。歳には勝てないんざんすね。にょほほ」


「便利なボケもあるものだな。あのことだけすっぽり抜けているぞ?」


「さぁ、なんのことだかさぁーーぱり、わからないざんす。ほほほ」


「まぁ、誰がやったか、おおよその見当はついているがな」


「ほほほ。なんの話かさっぱりざんす。それにしてもあーたの言葉使いはなんとかなりませんか? あーしは学園長ざんすよ?」


「悪党に敬語を使うほど、俺は優しくないさ」


「まぁ、憎ったらしい!!」


「ふん」


「ほほほ。いいざんす。どうせ、あーたも忘れるざんすからね」


「なんのことだ?」


「ほほほ。2、3日くらいなら記憶を消すことは造作もないこと」


 やれやれ。

 自ら暴露し始めたぞ。

 俺は粗方、予想はできているが、とぼけといてやるか。


「記憶を消すとはどういう意味だ」


「ほほほ。あーしは記憶を操作するスキルが使えるんざんす」


 ほぉ。

 まさかコイツ自身がスキル持ちだったとはな。

 マンティスは関係なかったのか。


「あーたが命を狙われたことも、あーしの不正を調べていることも、勿論、今の会話だってね。自由に消すことができるんざんす」


「ほぉ……」


「ほほほ。面食らってますね。こんなとっておきのことも教えてあげるざんす」


「とっておき?」


あーしのスキル、 小さな思い出リトルメモリーは少しくらいの間なら相手を操ることができるんざんす。モーゼリアが遺跡調査の書類にサインをしたのはこのスキルの効果ざんす」


「昨日、5人の冒険者が俺の命を狙ったが、それもそのスキルの効果か?」


「ほほほ。そういうことざんす。 小さな思い出リトルメモリーは、完璧に人を操ることはできません。でも、ほんの少し殺意を覚えさせたり、サインをさせたりすることくらいは簡単にできてしまうざんす。勿論、記憶を消去することもね」

 

 ふむ。

 これで全ての謎が解けたな。

 

「ほほほ。どうして全て話したと思います?」


「絶対の安心がそこにあるからだな」


「ほほほ。そういうこと! あーたの記憶は 小さな思い出リトルメモリーで消してあげるざんす」


「俺が簡単にスキル攻撃を受けると思っているのか?」


「ほほほ! この技の欠点は、複数を相手にすることができないことざんす。操作する情報が多いと、あーしが処理する時間がかかりますからね。だから、理想は1対1。今みたいにね」


「やってみろよ。俺のスピードなら貴様の攻撃を避けて気を失わすくらい簡単だ」


「ほほほ。もう遅いざんす!  小さな思い出リトルメモリーの発動は相手に触れること! さっき、あーたの手に触れた時に力を注ぎ込んだざんす!!」


「何!?」


 さっき、ペンを拾わせたのはそのためか!


「ほほほーー!!  小さな思い出リトルメモリー発動ざんす!! あーしがモーゼリアを騙したことも、あーたの命を冒険者に狙わせたことも、全部、消去するざんす!!」


 俺は紫色のオーラに包まれた。

 これが奴のスキルらしい。


 すると、急な違和感に襲われる。

 今、自分がどうしてここにいるのかわからなくなったのだ。


「あれ? えーーと、俺、どうしてここに?」


「ほほほ。今は脳内で情報の整理中ざんす。その内、記憶が繋がって違和感はなくなるざんすよ」


「エゲツナール学園長。どうしてここにいるのですか?」


「ほほほ。朝の挨拶をしただけざんす」


「ああ、そうでしたか」


「ほほほ。明日にでも高等部への移動の手続きをするざんす。今日は最後の小等部を楽しむざんす」


「移動? なんの話しですか?」


「ほほほ。なんでもいいざんす。明日のお楽しみざんす」


 うーーむ。

 どうにも記憶があやふやだ。

 こういう時は、

 

「俺は土竜感という、補助効果を受けた経歴を調べるスキルが使えるんです」


「へ?」


 違和感は危険のサインだからな。

 

「今から、それを使って、調べようと思います」

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