第3話 優しい生徒たち

 今日は、俺が勇者学園の教師になって2日目だ。


 今は通勤途中。

  魔神技アークアーツ   兎走とそうを使って素早く移動しているところ。この技は、その名のごとく、兎のようにピョンピョンと跳ねながら移動する。その速さは通常走法の5倍だ。


 昨日は自己紹介がてらにバトルがあったから中々騒がしかったな。

 勇者になる女児たちだから、元気があるに越したことはないが。


 昨日は1人欠席していた。

 おそらく今日は会えるだろう。

 どんな生徒か楽しみだな。


 ふふふ。

 なんだかんだでもう教師になった気分になっている。

 案外、楽しいのかもしれない。


「ひぃいいいいいいいいいいッ!!」


 と、突然の悲鳴が聞こえる。 

 男の声だ。

 

 なんだろう?

 行ってみるか。


 兎走を使って瞬時に移動する。


 すると、象よりも大きなトカゲが馬車を襲っていた。


 ガドルリザードだな。

 防御力が高くて厄介なモンスターだ。



『キシャァアアッ!!』



 その奇声は周囲の木々を震わせるほどだった。


 対するは3人の鎧兵。

 長い槍で対抗する。


 しかし、その攻撃はトカゲの硬い鱗によって弾かれた。


「ひぃいいいい!! 攻撃が効かないぃいい!!」


 やれやれ。

 そんな槍じゃ傷もつけれないよ。


 俺は即座に移動して、ガドルリザードの顔の下に潜った。





「ほい!」





 突き上げた俺の拳がガドルリザードを吹っ飛ばす。


  魔神技アークアーツ  牙狼がろう

 拳を強化して威力を倍化させる技。

 勇者パーティーにいる時は、大っぴらに見せると勇者ダークから嫌味を言われるので見せなかった技だ。


 3人の鎧兵は目を見張る。


「「「 え!? 」」」


「もう倒したからさ。安心してよ」


「「「 た、倒したぁ!? 」」」


「本当は魔法を付与した攻撃が有効なんだけどね。俺の場合、打撃の方が早いんだ」


 おっと、このままだと遅刻だ。

 教師が遅れるわけにはいかんからな。


「あ、あの、あなた様はどちら様で?」


「名乗るほどの者じゃないよ。それじゃあ」


「ああ! お待ちください!!」


 鎧兵が止めるのも聞かず、俺は学園へと向かった。


キィーーンコォオオン、カーーンコォオオン。


 よし。

 朝のホームルームには間に合ったぞ。


「わは! 先生てんてーおはよぉ!!」


 クラス最年少者のミィが俺に抱きついてくる。

 

 やれやれ。甘えただな。


「えへへ。ミィたんね。先生てんてーの机をピカピカにしたんだよ」


 見ると、教卓が輝いている。


「そうか。偉いぞ」


 と頭を撫でると更に喜んだ。


「えへへ」


 そういえば、勇者ダークのパーティーで冒険している頃は、武具の清掃は俺が当番だったな。


『デイン、貴様は永久掃除当番だ。ひゃは!』


 人に自分の物を綺麗にしてもらうなんて初めてかもしれない。例え、6歳の女児といえど、何かをやってもらえるって嬉しいな。


 クラス年長者のマイカが目を細める。


「もぉ、先生ギリギリ〜〜」


「ははは。急いで来たんだけどね」


「先生の家はどこなの?」


 まだ、洞穴に住んでいるんだがな。

 近くの村といえば、


「ソボク村」


「ソボク村ぁ!? 馬車で5時間もかかる場所よ? 一体どうやって来たのよ??」


「走ってだね」


「は、走ってぇええ?」


 兎走を使っても1時間はかかるからな。

 明日からはもっと早く出ようか。


「うわぁ! 先生すごいんだなぁ。僕もさ、走って鍛えようかな」


 羨望の眼差しで俺を見つめるのは、半犬族のロロア。

 スカートから出ている尻尾を左右に振り回す。

 一人称は僕だがれっきとした女の子だ。

 俺が使う 魔神技アークアーツに興味津々である。


「僕さ。先生にクッションを持って来たんだ」


 そう言って、教師用の椅子に敷いているクッションを指差した。


「硬い椅子に座るの疲れるだろ?」


 おお、なんか優しい子だな。

 勇者パーティーで冒険していた頃は、誰かにプレゼントなんか貰ったことはなかったな。


「ありがと」


「へへへ。その代わり、拳撃をしっかり教えてくれよな」


「うん。任せといて」


「やったーー!」


 そういえば……。


「あれ? 今日も3人か?」


 と、俺が眉を上げたその時。

 教室の扉が開いて、豪華な服を着た女の子が入って来た。


「遅刻してしまい申し訳ありませんでした」


 髪は紫色。ボリュームのあるロングヘア。優しそうな垂れ目。

 真っ白い肌と華奢な体は、まるでお人形のような見た目である。

 彼女が昨日、会えなかった最後の生徒。


 レナンシェア・アルム・ウォムナー。


 10歳ということだが、妙に大人っぽい。

 名簿には公爵の娘と書いていた。


「通学途中でモンスターに襲われてしまって……って。あ、あなたは……」


「昨日から、このクラスの担任になったんだ。俺の名前はデイン・クロムザート。よろしくね」

 

「まぁ! でしたら、担任の先生に命を救われたのですね!」


「なんの話?」


「今朝のガドルリザードです。わたくしはあの馬車に乗っておりましたの」


「ああ、そうだったのか」


 偶然にも生徒を助けてしまったわけか。

 これは教師冥利につきるな。


「是非、お礼をさせてくださいませ」


「いや、気にしないでよ。教師が生徒を助けるのは当然だからさ」


「そうはいきません。あなたは命の恩人です。爺や!」


 彼女は高齢の執事を呼んだ。

 白髪の爺さんは俺に向かって深々と頭を下げる。


「お嬢様を助けていただき、まことにありがとうございます」


「いや。気にしないでください。俺は教師ですから」


「おお、なんと素晴らしい!」


「ははは……」


 絶賛されるのは慣れていない。

 勇者パーティーにいた時は無能扱いだったからな。


「お嬢様は最高の先生に恵まれました!」


「んな大袈裟な」


 こうして、朝のホームルームが終わり、午前の授業が始まった。

 

 歴史、算数、国語と、共通の知識は黒板で一斉教育。

 あとは個別の指導に入る。4人とも年齢が別々なので教科書が違うのだ。


 午前の授業が終わると昼休みである。

 俺は購買部でパンを買うつもりでいた。


 が、


「はい。これ」


 と、マイカは真っ赤な顔でバスケットを前に出した。


「なんだい、これ?」


「昨日、パン買って食べてたから」


「まぁね。俺の家は遠いから弁当を作ってる暇がないんだ」


 それに独身だしな。

 弁当を作ってくれる巨乳の彼女でもいれば、もっと人生が潤うのだが……。


 バスケットの中には豪華なサンドイッチがギッシリ詰まっていた。


「俺に作って来てくれたの?」


「つ、ついでよ! 自分の分を作るついでに作っただけだから!」


「へぇ」


「い、嫌なら食べなくていいけど……」


「いや、せっかく作ってくれたんだからな。ありがとう。食うよ」


 それはかなり美味かった。

 トマトとハムとシャキシャキのレタス。

 こっちはチキンと卵だ。

 どれを食っても美味い!


「ど、どうかな?」


「美味い!」


「そ、そう……。それなら良かったわ」


「お前、料理上手なんだな」


「ま、まぁね。好きなのよ」


「いい趣味だな」


「な、なんなら毎日作ってあげてもいいわよ?」


「そうか。んじゃ、頼んじゃおうかな」


「嫌いな物があったら言っておいてよね」


「特にないな」


「そう、なら作りがいがあるわよ。ふん!」


 と、真っ赤な顔でそっぽを向いた。


 ツンデレなのか?

 とにかく、良い奴なのかもしれないな。


 勇者パーティーで冒険をしていた頃は、俺に弁当なんか作ってくれる仲間はいなかった……。まさか、教師になって11歳の女の子に作ってもらうなんて、人生ってわからないもんだな。





 デインが午後の授業を始めている頃。

 レナンシェアの執事は学園長室を訪ねていた。


「学園長! ありがとうございます!!」


「な、なんざんすか、急に?」


「デイン先生のことです!」


「ああ、あの新人の。それがどうしたんざんす?」

 

「デイン先生は素晴らしいお方です! 今朝はガドルリザードから私どもの命を救ってくれました!!」


「ほぉ……。そんなことが」


「その功績を一切、恩に着せることなく、さらりと「教師だから当然」と言ってしまわれるのです! あのガドルリザードを倒して平然としているのですよ!! なんと奥ゆかしい! わたくしは感服いたしました!」


「は、ははは……」


「デイン先生を担任にしていただき、本当にありがとうござます! お嬢様の将来も安泰でございます!」


「そ、それは、ようござんした……」


「貴族委員会にも報告しましょう。新人の素晴らしい先生が来たことを貴族たちにも知ってもらわねばなりません」


 貴族委員会とは、貴族だけで構成された学園の支援団体である。学園はここから多額の寄付を受けている。


 エゲツナールはデインのことを無能賢者だと確信していた。

 よって、この執事の絶賛には複雑な表情を見せるのだった。

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