第2話 無能賢者は有能です

 勇者学園、ブレイブバレッツ。

 そこは円形状の大きな建物だった。

 砦のように煉瓦が敷き詰めれら、中心は広場になっており、演習場として使っている。

 高く目につく所には、豪奢な旗が何本も立てつけられ、風に靡いていた。


 モーゼリアは、俺に助けられたことを報告するために、王都にある城を訪問していた。

 よって、俺の世話は彼女の部下、副園長のエゲツナールさんがやることになっている。


「あーたの世話は私がやるざんす」


 なんとも喋り方が独特だ。

 それに、どうも友好的な感じがしない。


 彼は、鼻の下に生えた2本の髭をビヨンと指で伸ばしながら学園内を案内してくれた。


「ここは小、中、高等部と別れているざんす」


 気になるのが俺の仕事だよな。

 教師になるってことは……。


「俺が担任になるクラスがあるんですよね?」


「ええ、勿論。あーたのクラスはあーしが決めるざんす」


 うーーん。

 こいつに決められるのは、なんか嫌だな。


「できれば、モーゼリア学園長に決めてもらいたいのですが?」


「それは不可能ざんす」


「なぜです?」


「クフフ。彼女に、そんな権限はもうありませんよ」


 どういう意味だ?


「今頃は……フフフ」


 しばらくすると、モーゼリアが帰って来た。


「デインさん。申し訳ありません!!」


 と、泣いて謝罪する。


「どうしたの?」


「実は、学園長を降格することになりました」


 聞けば、彼女がやった遺跡調査は違法なもので、国王の怒りを買ってしまったとのこと。


 しかし、そんな調査をなぜ彼女がやったんだ?


「あらあら。モーゼリアさんが降格するとなると、自動的に副園長の私が学園長をやることになるざんすねぇ。オホホホ」


 やれやれ。

 どうも、こいつは怪しいな。

 事情なんて全く知らないが、少し鎌をかけてやるか。

 

「エゲツナールさん。遺跡調査はらしいのですが、その責任は取られないのですか?」


「な、な、なにを言うのです! 私はアドバイスしただけにすぎません! あそこの遺跡は学園の知的財産になるかも、と言っただけです!!」


 やっぱりな。

 モーゼリアをハメたのはこいつの仕業だろう。

 彼女は涙を拭った。


「降格なので、あなたと同じ一般教師に戻っただけです。学園長の権限はありませんが、できる限りサポートさせていただきますね! ですから、気軽になんでも相談してください」


 やれやれ。

 妙な展開になってしまったな。

 この学園で最高の権限を持っているのがエゲツナールか。


「あーたはラッキーざんす。丁度、教師の空きがあるんざんすよ。ククク」


 空き?



「ここざんす。あーたのクラスは」


 そこには『ひまわり組』と書かれたプレートが見える。


「なんですかここ?」


「あーたのクラスざんすよ。ほほほ」


 しかし、この表示は、勇者らしくないが……。


 扉を開けると小さな女の子がお人形遊びをしていた。




「あ! 先生てんてぇだ!」




 て、てんてぇ?

 先生のことか?


 女児は、てててと小走りで俺の前へとやってきた。


「えへへ」


 ローズクォーツのようにピンク色に輝く髪。同じ色をした大きな瞳。

 天真爛漫に笑う顔はピュアそのものだ。

 幼いながらに目鼻立ちはしっかりと整っている。

 

 可愛らしい女の子だけど……。


わたち、ミィたん。よろしくね」


 俺の腰くらいにしか背がないが……。


「あの……。エゲツナールさん、これは?」


「ほほほ。小等部。ひまわり組。それが、あーたの担任ざんす」


 いやいや、待て待て。


「子供じゃないですか」


「ほほほ。あーたの実力を考慮すればこんなもんざんしょ」


 実力?


「あーたの噂は聞いてるざんす。勇者パーティーでお荷物だったそうざんすね」


「ど、どこからその噂を?」


「ほほほ。勇者ダーク様が、あーたは無能賢者だとおっしゃっておりました」


 やっぱりか。

 アイツくらいしかそんな噂を流す奴はいない。

 まさか、学園にまで噂を広めるとはな。


「無能賢者にはお似合いのクラスざんしょう。ほほほ」


 やれやれ。まいったな。


先生てんてー、おままごとしようよ! えへへ」


「あの……。エゲツナールさん。せめて男児クラスがいいのですが?」


「ほほほ。男児クラスはモーゼリアさんに担当してもらいますよ」


 うう、ならば、高等部の女子クラスがいい……。

 できれば巨乳の女子生徒。


『ウフフ。先生こっちよ』

『ははは。待て待てーー』

『私のおっぱいを掴んでみなさい』

『よーし、鷲掴みにしちゃうぞぉ』

『キャー。先生の獣ぉ』

『ガオーー』

『アハハ。ウフフ』


 みたいな展開が理想なんだ。

 一度だって触ったことのない巨乳に触れる絶好のチャンスだった。

 こんな子供ばかりのクラスでは叶わないじゃないか。


「丁度空きができたと言ったでしょう。このクラスは厄介なんざんす」


「厄介?」


「まぁ、おいおいわかりますよ。3ヶ月後には貴族に向けて発表会がありますからね。それまでにファイヤーボールでも撃てるようになれば御の字でしょう」


 レ、レベルが低すぎる……。

 まるでお遊戯だな。


「あーたの実力はこのクラス程度ざんす。せいぜい怪我をせぬよう気をつけることですね。それとも、今日で終わってしまうかもですが……。ふふふ。では」


 そう言って去って行った。


 なんだか不穏な言い回しだが、一体なんのことなのだろう?


「てんてー。お人形遊びしようよぉ」


「あのなぁ。ここは勉強するところなんだぞ」


「だってぇ。どうせ授業になんないんだもん」


「?」


 エゲツナールといい、この子といい、どういう意味なんだ?


 事前にもらった名簿を見ると、生徒は4人だった。


 さっきから、俺のことをてんてーと呼ぶミィは、最年少の6歳だ。

 続いて、8歳、10歳、11歳と続く。

 今日は1人欠席で3人しかいないようだ。

 それにしても、


「はぁ〜〜」と思わずため息が出る。


 女児ばかりのクラスか……。

 全く予想していない展開だったな。


 しかし、無能な俺にはこのクラスがあっているのかもしれんな。

 ここから立派な勇者を育ててみようか。

 ダークみたいな人格破綻者が勇者になるのはおかしいからな。


 まずは自己紹介をしよう。


 俺は黒板に名前を書いた。



「えーー。今日から君たちの担任になったデイン・クロムザートだ。以前は賢者をしていた。よろしくね。それじゃあ、それぞれ自己紹介してもらおうかな」



 と言い終えたところで、木製剣を持った少女が襲いかかって来た。



「たぁーーーー!!」



 おいおい。


 俺はひょいと体を躱す。


 すると、その攻撃は教卓を木端微塵に破壊した。

 

 モロに喰らっていたら病院送りだったな。


「やるじゃない。あたしの攻撃を躱すなんて」


 えーーと、こいつは……。


 事前に貰っている名簿は似顔絵付きで便利なんだ。

 ……マイカ・フローセル。11歳。クラスの最年長者か。


 長い赤髪はポニーテール。

 大きな瞳は吊り上がっており、まつ毛が長くて、妙な色気を感じさせる。

 その肌は雪のように真っ白で、ミニスカートから伸び出た腿は小枝のように細かった。

 美少女、とは彼女のことを言うのだろう。しかし、幼すぎる。胸も発展途上だ。5年後に会いたい感じだな。


 それにしても、この一撃……。

 校長が、「厄介」と言っていたのはこのことか。


「なんのつもりだ? マイカ・フローセル」


「あたしより弱い奴が先生ってのが気に食わないのよ」

 

 もしかして、


「お前、前任者にもこんなことしたのか?」


「ふふふ。あたしの攻撃を喰らってワンワン泣いていたわ」


 やれやれ。前任者が辞退した理由がわかったな。


「だいたい、賢者が勇者の育成にあたるなんておかしいじゃない!」


「そうでもないと思うよ。教えることはたくさんある」


「あたしは認めないわよ! たぁーーッ!!」


 再び彼女の剣が俺を襲う。


「やめてよマイカちゃん! わたち先生てんてーと仲良くしたいんだからぁ!!」


 丁度いい。

 

「少し体を動かしたい気分だったんだ」


 俺はマイカの攻撃をヒラリと躱した。


「フン! 素早さだけはあるようね」


「そりゃどうも」

 

「あんたの噂は聞いてるわよ。無能賢者だってね」


 勇者ダークが俺の噂を広めている。

 小等部の女児にまでいってるなんて厄介だな。

 それにしても、


「お前、口の聞き方を知らないのか?」


「あんたに私たちを教える資格はないわッ!!」


 やれやれ。

 実力を示さないとダメか。


「どうしても俺が勝たないと認めてくれそうにないな」


「無能賢者に引導をわたしてやる!」


 マイカの木製剣が俺を襲う。


 ふむ。

 11歳の少女の剣筋と考えれば、相当な腕前といっていい。

 しかし、



「ディフェンス」



 俺は打撃防御の魔法を使った。

 勇者パーティーでは影ながらに使っていた魔法だが、ここなら大っピラに使えるな。

 透明の壁が彼女の剣を阻む。


「これで、お前の剣撃は無効だな」


「な、中々やるじゃない! だったらこれはどうかしら?」


 彼女は木製剣の剣身を手でなぞった。


「黄昏に、過ぎ去りし、神の息吹……ウインド」


「へぇ。風魔法の付与か。そんなこともできるんだな」


「来年には中等部なんだから! 当然でしょ!」


 ふむ。

 こいつは優等生かもな。


「はぁ!!」


 風魔法ウインドが付与された斬撃は、俺の作った魔法の壁を破壊した。


「いい攻撃だな」


「あ、当たらなければ意味がないわ!! 観念なさい!! やーー!!」


 ウインドの付与された攻撃は、たとえ木製剣といえど鋭い。

 当たれば体が切断されてしまうだろう。

 だから、全て避ける。


「謝ったら許してあげるわ!」


「なんで謝らないといけないんだよ」


「ど、どうなってもしらないわよ! はぁーー!!」


「よっ、はっ、とっ……」


「くぅう! ちょこまかとぉおお!!」


「うむ。剣筋は申し分ない」


「うるさい!! たぁーーーー!!」


「まぁ、そう力むなよ。剣筋が乱れるぞ」


「えい! やぁ! はぁーーッ!!」


「さて、そろそろ終わりにしようか」


 そう言って、教師用の椅子に腰掛けた。


「な、なんのつもりよ!?」


「もう避けるのはおしまいだ」


「え!?」


「おまえの剣を受けてやる」


「……盾も鎧もないじゃない」


「ああ、それでも受ける」


「ウインドが付与された剣を生身で受けるつもり?」


「だな」


「どうなっても知らないわよ?」


「おまえが心配することはないさ」


「ふん! 強がって! 後悔なさい! たぁーーーーッ!!」


 マイカは渾身の振りを俺に向けた。

 俺はその剣身を手刀で払う。


「え!?」


 彼女の木製剣は、その手を離れて遠くへと飛んでいった。


「ウインドの付与された剣を素手で払った!?」


 俺の手刀には黒いオーラが纏っていた。


「い、一体、どんな魔法なの?」


「魔法じゃないさ。 魔神技アークアーツ  牙狼がろう。俺の一族は魔神の技が使えるんだ。一時的に身体能力を向上させ、魔法攻撃の耐性を付与した」


「わ、私の剣を弾き飛ばした……。素手でやるなんて……すごい」


 この程度で驚くなんて、所詮は子供だな。

 勇者パーティーでは影で使っていた技だ。

 この学校では。ダークに嫌味を言われる心配はないし、大っぴらに使うことができるだろう。


 ミィは大はしゃぎ。


「あは! 先生てんてーが勝ったぁ!!」


 矢継ぎ早に、ショートカットの女の子が俺の元へとやってきた。


「今の技、ずごいな! 僕にも教えてくれよ」


 えーーと、この子は?

 スカートから出てるのは尻尾か。

 つまり 半犬族はんけんぞくだ。


 名簿で確認する。


「おまえは……」


「僕はロロア。魔拳を使う勇者になりたいんだ!」


 そう言って尻尾を左右に振り回し、シュッシュッと拳を振った。


「強い先生に教わったらさ。強い勇者になれるな! へへへ」


 ロロア・リッセ。8歳。

 青い髪に凛々しい眉毛。

 左右の垂れた髪は犬の耳かな?

 一見、男の子に見えなくもないが、まつ毛が多くて可愛いらしい女の子だとわかる。

 尻尾を振ってるってことは喜んでいるのだろう。

 俺の 魔神技アークアーツに興味津々といった感じだな。


 マイカは負けを認めてくれたようで、俺の強さに呆れていた。


「あーーあ。こんなに強いんじゃ、認めるしかないわね」


 随分とやんちゃだな。

 あんな攻撃、並の教師なら相当手こずっていたかもしれん。

 つまり、


「前の教師は、おまえが辞めさせたんだな」


「あたしじゃないわよ」


「?」


 ミィは俺に抱きついた。


先生てんてー すごいすごい!!」


 それを見たマイカが青ざめる。


「先生! その子に触っちゃダメ!!」


 その瞬間。

 ミィの体から黒い触手が現れて、俺の体を縛りつけた。


「これは?」


「前の先生を辞めさせたのは、ミィの力が原因なのよ!!」


 へぇ。

 意外な理由だったな。


 ミィの体から大きな影が現れたかと思うと、それは巨大な口へと変化した。

 無数の牙を生やし、ダラリと唾を垂らす。


悪魔呪体イビルアンクか」


 悪魔の呪いだ。

 呪った者の力を媒体にして周囲の者を攻撃する。

 性質は凶暴で、かなり厄介な呪いだ。

 

「先生離れて!! 命を吸われちゃう!!」


 ミィを見やると、涙を流して震えていた。


先生てんてーごめんなさい……。ミィたん、そんなつもりじゃなかったの……」


 呪われた経緯はわからんが、この子の意思とは関係なく、触れた者に攻撃するようだな。


「先生を離しなさい!!」


 マイカは木製剣で斬りかかる。

 しかし、


「きゃあっ!!」


  悪魔呪体イビルアンクの触手によって弾き飛ばされてしまう。


「先生は僕が助ける!!」


 今度はロロアの攻撃。

 しかし、同様に触手の攻撃に当てられ吹っ飛ばされた。


 マイカは叫んだ。


「あたし、助けを呼んでくる!!」


 いや、それは困る。

 自分のクラスを面倒見きれない者が担任なんてできないからな。


「大丈夫さ」


「で、でもぉ!」


「賢者の魔法を見せてやるよ」


 俺の体は光を発し、それは教室からも漏れ、やがて学園全体を包み込むかのような強烈な輝きとなった。









聖なる従者ホーリースレイブ







  悪魔呪体イビルアンクは、その光に当てられて消滅した。


「な、何が起こったの?」


「解呪の魔法を使ったのさ。 悪魔呪体イビルアンクは消滅した」


「……す、すごい」


 ミィはキョロキョロと辺りを見渡した。


「あれ? あの黒いモヤモヤは?」


「俺が退治したからもういないよ」


「ミィたんね。生まれた時からずっとあのモヤモヤに付き纏われていたの」


 なるほど。 

 先天性の呪いか。


「それでパパとママは困ってね。神官に頼んだんだけど、やっぱり消えなくて……。それでこの学校ならなんとかしてくれるかもって、入ることになったの」


 そんな経緯があったのか。

 厄介払いのように、この学園に入学したんだな。


「それは辛かったな」


「あは!」


 ガバッと彼女は俺に抱きついた。

 スベスベの子供肌をグイグイと俺に押し付ける。


先生てんてー先生てんてー!」


「おいおい」


「あはは! もう黒いモヤモヤが出ないよ!」


「ああ。もう安心していいよ」


「ありがとう先生てんてー!!」


 マイカは眉を寄せた。


「神殿の神官は 聖なる従者ホーリースレイブを使うはずでしょ? 同じ解呪魔法なのに、どうして先生の魔法は呪いを解けたの??」


「通常の 聖なる従者ホーリースレイブ 魔神技アークアーツ  象火ぞうかを使って強化したのさ」


「そ、そんなことができるんだ……」


「5倍の威力が出せるからな。強化した聖なる光で浄化してやったよ」


「うう……。す、すごすぎる……」


 ははは。子供ってなんでも驚いてくれるんだな。

 昔、勇者パーティーの仲間が呪われたことがあったっけ。

 その時はこっそりと呪いを解いたけど、結局理解されなかったな。

 大っぴらに魔法を見せると勇者ダークに嫌味を言われるし、こっそりやると理解されない。本当に俺って無能だよな。


「……なによ。全然、無能じゃないじゃない。一体何者なのよ?」


 そう言われてもな。

 もう賢者でもないし、





「ただの教師さ」

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