第4話 生徒の素質

 俺が教師になって数週間が経った。


 エルフのモーゼリアは小等部の男児クラスを担任している。

 そんな彼女は、なにかと俺の手伝いをしてくれた。


 彼女のフォローは完璧。おかげで、教師生活は何不自由なく快適である。

 しかも、俺が担任している4人の女児たちは教師想いの生徒だ。


 ポニーテールのマイカは11歳。ツンデレだが毎日、俺に弁当を作ってくれるほど優しい。

 授業は真面目で熱心だ。

 剣撃が強い勇者になりたいらしい。

 だから、実技の個別指導では剣技を念入りに教えてやる。


「剣は、こう振ると威力が増すんだ」


 俺の前職は賢者だが、俺の一族、 魔神魔技族アーククラフターは様々な武術に長けている。剣撃なども、子供の頃から鍛えられた。


 俺がする素振りの風圧で、彼女のポニーテールが引っ張られる。


「そ……、そんなに威力が出ないわよ……」


「もっと、こう握った方が威力が増すんだ」


 そう言って彼女の手に触れた。


「あ……」


「なんだよ。真っ赤になって」


「な、な、なってないわよ!」


 タコのように赤くなる。


 ふふ。大人っぽく強気に振る舞っているが、照れ屋で子供らしい所もあるんだよな。



 公爵の娘、レナンシェアは10歳。

 仲間を強化する補助魔法を得意とする。

 将来は魔法を得意とする勇者になりたいらしい。

 よって、実技の個別指導では魔法を念入りに教える。


「攻撃力を倍化させるストレングスの魔法は、精神統一と詠唱を同時にするんだ」


「ど、同時でございますか!? む、難しいですわ」


「慣れれば簡単だよ。ほい」


 と、剣の練習をするマイカに付与してやる。

 すると、彼女の素振りは斬撃波となって20メートル離れた木をぶった斬った。


「な、簡単だろ?」


「い、一瞬で詠唱を済ませましたの? す、すごすぎですわ……」



 半犬族のロロアは8歳。魔拳使いの勇者になりたいらしい。

 よって実技の個別指導では拳の振り方を中心に教える。


「腰を捻ってこうやってやるんだよ」


 ブゥウンと、俺の素振りが風圧を起こして彼女に尻もちをつかせた。

 ロロアは、お尻の尻尾を激しく揺らす。


「うは! 先生の打撃はすっごいなぁ。空振りの突きでも凄まじい風圧だ。僕も先生みたいになりたい!!」


 

 最後はミィ。クラス最年少の6歳。

 先天性の呪いを持っていた彼女は厄介払いのようにこの学園に入れられた。

 呪いは俺が解いたわけだが、大した目標などない彼女に、自分の求める将来像なんかはない。まだ、6歳だしな。

 俺は、彼女が勇者にならなくてもいいと思っている。勇者は他人に強制されるもんじゃないからな。なので、彼女には生きる術を教えてやりたい。

 

 体操着に着替えたミィは俺の方をチラチラと見ていた。


「えへへ」


 どうやら、何かに気がついて欲しいみたいだな。頭のリボンは初めて見る。これかな?


「そのリボン、似合ってるな」


「あはーー! 先生てんてー気がついてくれたぁ♡」


「おいおい、抱きつくなっての」


「だって嬉しいんだもん。先生てんてー先生てんてー♡」


 やれやれ。

 まだまだ甘えただな。


「よしミィ! 基礎体力をつけよう。グランド3周をランニングだ!」


「うん! ミィたん、がんばる!」


 素直で純真なのが彼女の取り柄だな。


 こんな感じで授業の日々は続いた。


 いつしか、実技の授業が終わる頃には、ミィの走る姿をみんなで見るのが日課になっていた。

 彼女は極端に体力がない。もう2周目からは、空を見上げて歩いている。


「ミィは勇者になれるのかしらね?」


 マイカの質問に、俺はニヤリと笑った。


「実は一番、可能性があったりするんだ」


 この言葉に、みんなが目を見張る。


「どういうことよ?」


魔源力マナはミィが一番高いんだよ」


  魔源力マナとは全ての力の源。

 戦闘力を表していると言っていい。


 マイカは眉を寄せる。


「私、計測眼のスキルを持っているけどさ。ミィの 魔源力マナは30しかないわよ?」


「俺は計測眼より更に探れるスキルを使えるんだ」


  魔神技アークアーツ  烏眼からすがん

 その者の持つ、潜在 魔源力マナまで計測することができる。


烏眼からすがんを使えば、ミィが本来持っている、 魔源力マナがわかる」


「そんなことまでできるんだ……。すごいわね……」


「大したことじゃないさ。参考までに、おまえたちの今出せる潜在 魔源力マナを教えてやるよ。年長者のマイカは650。10歳のレナンシェアは200。8歳のロロアは130だ」


 と、 魔源力マナは年齢に比例している。

 

「最後に6歳のミィの 魔源力マナだが……」


 みんなは俺の言葉に注目した。






「14000。これが彼女の本当の力さ」




 

 みんなは驚きを隠せない。


「い、14000!? 卒業生の勇者だってそんなにないわよ!?」


「だな。ミィは生まれながらに高い 魔源力マナを所持しているんだ。 悪魔呪体イビルアンクが取り憑いていたのは彼女の力が巨大だったからだな」


「ってことは、成長する度にまだ上がるってこと?」


「ああ、彼女はとんでもない勇者になる可能性があるよ」


「あ、あのミィがねぇ……」 


 ミィは天を見上げながらグランドを歩いていた。


「でも、そんな 魔源力マナを引き出すのは彼女の努力しだいさ。それに、勇者にならなくたって生きる道はある。俺の授業で彼女が強くなればそれだけで十分さ」


 みんなはミィを見つめていた。


「ところでさ。先生の 魔源力マナはどれくらいなの? 私の計測眼では、たったの5 魔源力マナしかないけど?」


「そんなはずありませんわ! 5 魔源力マナではガドルリザードは倒せませんもの!」


 うーーむ。

 俺の 魔源力マナか……。


「まぁ、おまえたちよりは高いさ」


「どういうこと? 5 魔源力マナしかないのに??」


魔源力マナは消費量を抑えるのが燃費がいい。だから、戦闘直前に上げるのが鉄則なんだ」


「じゃあ、瞬間的に 魔源力マナを上げるのね。一体、いくらなのよ?」


「さぁね。自分では 魔源力マナを測れないからな」


「じゃあ、私が見てあげるから 魔源力マナを出してみてよ」


「……おまえの計測眼ってレベル1だろ?」


「そうね。でもそれでも十分じゃない?」


「レベル1の限界測定値は22000だ。それ以上の 魔源力マナを計測すると眼球の血管を破裂させてしまう恐れがある」


「え? どういう意味なの?」


 勇者ダークのパーティーでは、俺の 魔源力マナは秘密だった。

 アピると嫌味を言われるんだ。

 ここなら言っても大丈夫だろ。


「昔、レベル2の計測眼を持つ神官に俺の 魔源力マナを見てもらったことがあったんだけどね。10万までは測れたんだ」


「じゅ、10万!?」


「最大値まで測ろうとしたら目が爆発したんだ。俺の 魔源力マナを測るには上限が無限に測れるレベル3の計測眼が必要なんだよ」

 

「ひぃえええ……」


「でもね。 魔源力マナだけが強さじゃないさ。技と知識があってこそ、強い勇者になれると思う」


 才能があってもダークみたいな勇者じゃあ、どうしようもないもんな。


「僕は先生を大陸一の男だと思っているよ! 拳撃が凄いもん!」


わたくしも、デイン先生は最強だと思っておりますわ」


「ははは……最強か」


 勇者パーティーでは無能賢者だったけどね。


「はひぃ〜〜。ミィたん走り終わったよぉ〜〜」


 フラフラのミィが俺に抱きついてくる。

 俺は優しく頭を撫でた。


「よしよし、よく頑張ったな」


「えへへ。先生てんてーが応援してくれてたら、ミィたんがんばれる」


 と、そこに突然の高笑い。


「ぎゃはは! ちょっと走っただけでフラフラかよ。そんなんで勇者になれんのかぁ?」


 肩に星マークが1つ。

 小等部の男子か。

 胸には、あさがおのマーク。モーゼリアの組だな。

 5人ばかりが固まって、ミィを見てニヤニヤと笑っている。


「帰ってミルクでも飲んでる方がいいんじゃねぇか?」

「ぷぷぷ。情けないよな」

「オシメは取れてんのかな? くくく」


 ミィは涙を滲ませた。


「ミィたん、オシメしてないもん!」


 マイカは眉を寄せた。


「いい加減にしなさい! 女の子虐めて楽しいの!?」


「おお怖い怖い。勇ましい勇者様だな。プクク」


 そう言って去って行く。

 去り際に声が聞こえて来た。


「そもそも女が勇者になんかなれんのかよ?」

「おママごとに付き合うのも疲れるぜ」

「学園の品位が問われますね」


 ミィたちは悔しさで体を震わせていた。





 数日後。


 実戦授業があった。

 外に出て、弱めのモンスターを実際に倒す授業である。


ーーソンナの森ーー


 俺たち、ひまわり組はスライムを順調に倒していた。


 調子が良いのでピクニック気分でソンナの森を徘徊する。

 マイカの手作り弁当をどこで食べようかと思案していると、なんとも言えない状況に遭遇した。


 ミィを馬鹿にした、あのあさがお組の男子連中が、10体のゴブリンに囲まれていたのだ。


「せ、先生はどこ行ったんだよぉ?」

「うう、終わったぁ〜〜」

「だ、誰かぁ〜〜」


 彼らに何かあればモーゼリアの責任になるな。

 全身傷だらけ。相当に苦戦してるようだし、俺が助けてやるか。


 ……いや、待てよ。


「なぁミィ。あいつらを助けるのはどう思う?」


「え?」


「あいつら、お前を笑ってただろ?」


「…………」


 マイカは目を細めた。


「別に助けなくてもいいんじゃない? ちょっとくらい痛い目みた方がいいわよ」


 確かに。

 人を笑いものにしたのだからな。その報いを受けるのも当然か。


 じゃあ、もう少しだけ様子を見て、俺が助けてやるか……。

 と思った時である。



先生てんてー……。あの子たちは、ミィたんが……助ける」



 そう言って、木製剣を構えた。


「あいつらは、おまえを嘲笑した奴らだぞ?」


「そんなの関係ないよ。困ってる人を助けるのが勇者なんだもん!」


 ほぉ……。







「だって、ミィたん、勇者になるんだもん!」







 うむ。


「よく言った!」


 いつの間にか、彼女は本気で勇者を目指していたんだな。

 険しい顔つきの彼女にグッとくる。


「はぁーあ。んもう。困ってる人を助けるのが勇者、なんて言われてたら、協力するしかないじゃない」

「僕もやるよ!」

わたくしもやりますわ!」


 ふふふ。

 よしよし、我が生徒たちは正義感が強くて頼もしい。


 でも、4人の女児では、せいぜい2体のゴブリンを倒すのが精一杯だろうな。

 10体のゴブリンには到底敵わない。


 しかし、俺がいるからな。

 俺が戦略を立てて、彼女たちを勝利に導いてやろう。


「小等部、ひまわり組は、今から、あさがお組を助ける。ゴブリン10体は強敵だ。気合い入れろよ」


「「「「 はい!! 」」」」

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