第11話 橙魔法

 ボクの才能色の事をはっきりと告げて、リニーさんの様子を伺うと、アゴが外れたようなちょっと間抜けな顔をしている。


まあ、そんな顔でも美人なんだけど。


「教会を疑うわけではないが……にわかには信じられない話だな……」


「神父さんも、見たことがないとても珍しい才能だと言っていました」


「それはそうだろう……私も昔、縁があって街で少し魔法の修行をさせてもらっていたが、そんな特異な才能色の持ち主には会ったことも聞いたこともない。大抵、高レベルの魔法使いというのは、単色の高ランクか、ぜいぜい2色。英雄と呼ばれる人であっても3色が限界だと聞かされていたんだが……」


 ほほう。それは良いことを聞いた。


 これからの修行のモチベーションが上がるってもんだ。


 他の人には真似できない魔法が使えるかもしれないんでしょ? まあ、低ランクかもしれないが……。


「ちなみに私の魔法レベルは1だ。橙1しか持っていないからな。それに対してナシロは魔法レベル5。レベル5の魔法使いなど、この領内にも果たして存在するのかどうか……。そういうレベルだという事は認識しておくんだぞ。当然、そんな大事な情報は絶対に他人に話してはいけない。せめて自分の身は自分で守れるぐらいにならないと、良からぬ輩に伝わると、大変なことになりかねない」


 なるほど、才能色ランクの合計値がその魔法使いのレベルと表現するんだな。


「はい。他に知っているのは村長さんに神父さん、それからリルルだけです。これ以上誰にも話さないようにします」


「そして、魔法レベルが高ければ高いほど、同じ魔法を使っても威力や効果が違ってくる。例えば私の【土球】とお前の【土球】では、覚えたてはともかく、マスターした後では雲泥の差があるはずだ」


 なんと! それは神父さんからは聞けなかった情報だな。


 やっぱり実際に魔法を使う人の方がより実践的な内容を知っているな。当たり前だけど。



 それから、昨日までずっと、魔法にまで至らない、ただの才能色の行使の練習をしていた話をすると、見せてくれと言われたので、詰所の裏にある修練場だという開けた場所に出て、練習してきた赤・青・緑の行使を見せてみた。


「本当なんだな……目の当たりにしてもまだ信じられないが、とにかく素晴らしい才能色に恵まれたな。聖統神様のおかげだな」


 魔法についての基本的な説明は神父さんにしてもらった事を話すと、じゃあ早速橙魔法を見せてやろうということで、ボクは少しリニーさんから離れて魔法を見学させてもらう。


「まずは一番の基本【土球】からだ。よく見ておいてくれ」


 そう言って腕を前に突き出して構え、詠唱を始める。


 狙いを定めている先には、何やら石というか岩を切り出したような的が置かれている。


 弓道の的を二回りほど大きくしたような形だ。


「大地より生まれし橙の力よ、我が敵を砕く一塊となれ!【土球アースボール】!!」


 詠唱と同時に橙色の光が腕に集まり、何もない空間に次第に土が集まり始め、掌にサッカーボール大の土の塊が生成される。


 魔法を唱えた瞬間、それはかなりのスピードで的に向かって射出され、見事に的中した。


 ドオオォオオン……!!


「おおおおっ!?」


 ボクは驚きの声を上げ、思わず土球が飛んで行った的の方を凝視する。


 的はかなり固い岩でできているのだろう、リニーさんの土球では傷は付いても破壊はされなかった。


 しかし離れていたこちらにまでその衝撃が感じられるほどの勢いでぶつかったので、土球も相当固いはずだ。


 確かにコレで攻撃されたら、普通の獣などひとたまりもなさそうだ。


 単色ランク1でこの威力。


 魔法とはここまで圧倒的な力なのか。


 これが使える者とそうでない者の間には超えられない壁がある、そう感じられるぐらいの衝撃だ。


 元の世界の常識を持っている身として余計にそう感じるのかもしれないが。


「これが【土球】、続いて【土壁】だ」


 え……?


【土球】以外にもランク1で使える魔法があるんだ!?


「大地より生まれし橙の力よ、我が元に集いて不変の壁となれ! 【土壁アースウォール】!!」


 するとリニーさんの前方に、地面から土の壁がリニーさんを中心に四分円状に出現した。


「これが【土壁】で、敵の攻撃から身を守る為の魔法だ。ランク1で攻撃と守備の魔法を覚えられるので、橙はバランスが良いと言われている」


 フッとリニーさんが集中を解くと、土壁がバラバラと砂に戻り、辺りに散らばっていった。


 便利だなぁ……。


「そのかわり攻撃力は【火球ファイヤーボール】には及ばないし、攻撃速度も【空球エアシュート】には及ばない。中途半端だと言われる場合もあるが、私のような仕事には一番合っている魔法だと思っているよ」


 何事も使いようってことだよな。


 圧倒的な力を持つからって、正しく使えなきゃ持ち腐れだ。


 しっかりと精進しないとな。


「さあ、では早速、ナシロも【土球】から試してみるといい。詠唱は覚えたか?」


「はい、大丈夫だと思います。ではやってみます」


 リニーさんに場所を交替してもらい、見よう見まねでやってみる。


「身体に流れる魔力をまとめ上げて、一気に放出するイメージも忘れないように!」


 お、やっぱりこの身体を包み込むように流れるチカラは魔力だったのか。これからは正式に魔力と呼ぼう。


「大地より生まれし橙の力よ、我が敵を砕く一塊となれ! 【土球アースボール】!!」


 毎日練習してきた魔力の制御を意識しながら、あらん限りの魔力を込めるイメージで魔法を放った。


 詠唱中に掌に集まる土塊の大きさはサッカーボールを超え、大人が一抱え出来るほどの大きさになり、先ほどのリニーさんの土球よりも速いスピードで一気に射出された!


 ズパアアァァアアアン……!!


 もの凄い衝撃音が聞こえたと思ったら、リニーさんの土球では少し傷ついただけの岩の的が、バラバラに砕け散ってしまった。


 土球は的を破壊してもなお勢いよく、地面にめり込んでようやく止まった。


「……え?」


「あ……(マズイ、壊しちゃった…!)」


 二人ともしばらく破壊された的を呆然と見つめていたが、一瞬早く我に返ったボクが慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい……! 壊してしまいました……」


「あ、いや……それはいいんだが……それにしてもお前の【土球】は凄まじいな。さすがレベル5だということか……。しかも初詠唱でこれとは……。しかもまだ5歳。まったく末恐ろしい子だ」


 的は昔リニーさんが【土球】の練習に使っていて今は誰も使っていなかった物だそうで、気にするなと苦笑いで許してくれた。


 同じ魔法を発現した時の威力の強弱の法則がよくわからないが、まずさっきリニーさんが言っていた魔法レベルが高いことが条件だろう。


それから、もしかしたらこの世界にはパラメータ的なモノがあって、いわゆる強さのレベルとか、魔力数値みたいなのもあるのかな。


 教会の聖水鑑定では才能色の有無しかわからなかったけれど。


 この世界にはレベル制や各種パラメータが存在するのかそれとなく聞いてみたけれど、リニーさんにはピンと来なかったようだ。


 そういうのはないのかもしれない。


 その後リニーさんに言われて【土壁】も試してみたが、これに関してはあまり見た目は変わらなかった。というか何にも考えずに持てる魔力を注ぎ込んでしまうと、悪い予感しかなかったので魔力をかなり抑えて、最小限で発現できるように気を使った結果だ。


 ただリニーさん曰く、【土壁】では考えられないぐらいの硬度があるという話だったが。


 ともかくこれで、この世界の第一歩として、初めての魔法詠唱が実践できたわけだ。



『ナシロは【土球アースボール】と【土壁アースウォール】の魔法を覚えた!』



 などと脳内にファンファーレを流してみたが、ようやく魔法を覚えられた充実感で顔がニマニマしてしまう。


 魔法としての見た目は地味かもしれないが、充分だ。この世界での生き抜く力になってくれるだろう。


「とにかく、橙1の魔法が使えるようになった以上、私が教えられることはもうあまりないかもしれない。本当は初めて詠唱しても、魔法が発現しない場合の方がほとんどだから、出来るようになるまで少なくとも三日くらいかかると思っていたんだがな。魔法力の制御も恐ろしくスムーズだった。見事だ」


 リニーさんはそう言ってくれるが、ボクにはまだまだわからないこと、聞きたいことがたくさんあるんだよね。


 この世界では誰もが知っている常識でも、ボクには足りない知識がたくさんありそうだし。


 嬉しいのはもちろんだけど、まだまだこれからだ。


 そういえば、これも聞いておきたかったんだ。


「この世界では、魔法使いがいちばん強いんですか? 単純に、高ランクで高威力の魔法が使える人の方が強いとか?」


「そうだな、基本的にはそうなんだが、魔法使いの中にはさらに才能色を生かした武術を学んでいる者もいる。赤・橙・青・緑の四色にちなんで、四色流派がそれぞれ存在するそうだ。私も詳しくは知らないが、同じ才能色ランクでも、ただ魔法が使える者とは一線を画する強さを持つらしい」


 ほほう……四色流派!


 魔法使いで武術家なのか!この世界では「魔法使い=後方火力砲台」という考え方ではないのか。


 ってアレ……?


「黄と紫の武術はないんですか?」


「そうだな、四色流派というからには、そうなんだろう。もしかしたら昔はあったのかもしれないが、今は使われていないのかもしれない。そういう意味で、黄と紫の才能色を持つ者は、単純に戦闘力という面では不利なのかもしれないな。魔法のみで戦わないといけないだろうから」


 魔法の強弱や相性もあるから、一概には言えないだろうけど、確かに武術が使えないのは痛いかもな。


 それにしても魔法に加えて四色武術か。


 いずれはそちらにも手を伸ばしたいが、今はとにかく自分が使える魔法を少しでも増やす方が先決だ。


 というかこの辺境ではそれぐらいしかできないし。


「ただでさえ魔法が使える才能色持ちは少ないが、それをさらに武術として修めている者はさらに少数だ。滅多にお目にかかれるモノではないだろうな。実は私も学んでみたいのだが、いまだに実現できていない」


 それぞれの流派は世界の各地に道場を持っているそうだが、この領内最大の都市である領都であっても、一つしか道場はないという話だった。


 どうやら国、というか種族によって才能色に偏りがあるらしく、その国に特色のある流派が道場を構えることになるそうだ。


 人族は比較的偏りのない種族だが、それでも国によって道場がある流派とない流派が存在すると。


 さすがに、大きな町で魔法の修練を積んだリニーさんは物知りだ。


この村にリニーさんがいて本当に助かった。ボクのこの世界での二人目の先生だな。一人目はもちろん村長さんだ。




――この世界に来てからもうひと月が経過した。


これが夢だとしても、覚める様子もないし、ボクはやっぱり元の世界には戻れないのかもしれない。


この現象は未だよくわからないけれど、もし転生しているのなら、そろそろ覚悟を決めないとなぁ。


村長さんやメディさん、リルル、それにお世話になったリニーさんへの恩返しも含めて、ナシロとして生き、自分に出来ることを精一杯やっていこう。


そして、ナシロのため、自分のためも、家族を探しに行くんだ。

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