第10話 あの日の出来事とナシロの決心

 それから数日の間は、村長さんの講義を聞いたり、魔力の操作の練習をしながら過ごしていると、待ちに待った連絡が来た。


 どうやら明日リニーさんが非番の日で、時間を作ってくれるという話だ。


 いよいよ本物の魔法がこの目で見られる!


 それにもう一つ、守備隊のリニーさんには聞きたい事もある。


家族の事だ。


 手がかりや失踪時の状況など、何か手掛かりとか、情報が聞けるかもしれない。


村長さんには何となく聞きづらくて、あまり詳しくは聞いていないんだよね。


ボクは逸る気持ちを抑え、次の日に万全の状態で臨めるように、その日は早めに休むことにした。



◇◇



 リニーさんに会えるという連絡を聞いた次の日、早速村の守備隊詰所を訪れた。


 村の南門から、領都まで続く街道が伸びているということで、詰所はその門のそばにある。


 村には南門しか入口がなく、北・東・西はそれぞれ森や草原が広がっていて、村を囲う柵により、出入りが制限されている。


 ただその柵は、乗り越えたり隙間から侵入しようとすれば、誰でもできるようなとても粗末なものだ。


 村長さんに案内してもらって、二人で詰所まで歩いてきた。


 今日は、リルルはお留守番だ。


 何でも、魔法はそうそう簡単に他人に教えるものではなく、当事者以外は遠慮してほしいということで、村長さんもボクを詰所に案内した後は帰宅する予定だ。



 南門の近くまで来ると、守備隊員と思われる二人が門のそばに立って、出入りする人物をチェックしている様子が見えた。


 南門で人の出入りをチェックすることも仕事の一つなのだろう。


 その二人に断って、詰所の中に入ることにした。


「邪魔するぞい。リニーはおるかの?」


 詰所の中には長机が2セットほど置かれていて、入り口から奥の方の机に、若い女性が座っていた。


 あれがリニーさんだろうか。


 若いな。相当若い。


 前世のボク(22)よりも若いだろう、多分。


「おはようございます、村長。ナシロも久しぶりだな。元気そうで安心したよ」


「おはようございます、リニーさん。それから、この前は助けてくれてありがとうございました」


 そう言ってペコリと会釈すると、リニーさんが目をパチクリとして驚いていた。


「あ、ああ、気にしないで。随分礼儀正しくなって、エライな。私は感心したぞ」


 リニーさんは奈城が転生する前のナシロと面識があったのだろう。


 確かにナシロの記憶でも、何度か遊んでもらったことがあるということになっている。


 しかし年相応の応対になっていないボクの、以前との変化に戸惑っているのかもしれない。


 どこぞの身体は子供、頭脳は大人なヒトみたいに「あれれ~?○ねえちゃん、これなんだろぅね~?」とかできないわ。


 ただあまり完ぺきな敬語を使うとそれはそれでおかしいので、やや砕けた言い方を心掛けているんだけど。


 ナシロの変化は、リルルはどうかわからないが、村長も確実に感じているはず。


でも何も言わないし、態度にも出さない。


 両親や妹が失踪したショックから、ナシロの中で何かが変わり、口調や性格に変化が現れた、とでも思ってくれているのかもしれない。


 お互い挨拶を終えて、いよいよ本題に入る。


「先日村長さんから軽く説明は受けているんだが、今一度確認しておきたい。ナシロは魔法色の才能があるということでいいんだな?」


「はい。この間、教会の神父さんに鑑定してもらいました」


「わかった。では私でよければ魔法について教えてあげよう。村長、よろしいですか?」


「うむ、ではワシはひとまず家に戻るとしようかの。いつ頃迎えに来ればよいかの?」


 いつも村長さん直々に送り迎えしてもらうのは心苦しいが、5歳の少女としては一人で帰れますというわけにもいかず、好意をありがたく受け取っている。


「そうですね……どれくらいで終わるかはナシロ次第なので、終わったら私が家まで送り届けましょう。昼食もこちらで一緒に取ろうかと思います。それでいいかな、ナシロ?」


 これはこれで恐縮してしまう……というのは日本人的発想だろうか? ここはもう、素直に甘えることにしよう。


「はい、ありがとう、リニーさん。よろしくお願いします」


「お前にさん付けで呼ばれるのは、なんだかこそばゆいな……まあいい、そういうわけですので村長」


「うむうむ、では後はよろしく頼む」



 ◇◇



 村長さんが帰ると、リニーさんからまず少し話をしようと言われ、ボクもリニーさんの正面の席についた。


「あの……今日はリニーさんはお休みと聞きましたが、ボクの用事で詰所を使ってしまって大丈夫でしょうか?」


「ん? ああ、いや、普段は村ではほとんど騒ぎなんて起きないから、のんびりしたものだよ。詰所を守備隊以外の村人が、話し合いの集会なんかに使うこともよくあることさ」


 だから気にするなとリニーさんは笑いかけてくれた。


 改めて見ると、かなりの美人さんだ。


 全体的にスリムで背が高く、綺麗な亜麻色の髪は肩で切り揃え、少し切長の目にスラっとした鼻。


 目鼻立ちがハッキリしていとても眺めていると吸い込まれそうな印象だ。


 まさに『お姉さま』と呼ぶにふさわしい。


 そうやって無遠慮に眺めていたからか、


「どうした? 私の顔に何かついているか?」


「おね……いえ、リニーさんはとてもキレイだなと思って……」


 とこちらの視線に気づかれてしまったのが気まずくて、つい考えていたことが口に出そうに……!


 誤魔化そうとして、前世の22歳男子大学生では中々口にできないことを言ってしまった。


 超恥ずかしい……が! 今はいたいけ(?)な5歳少女だ! 問題ない!


「あ、ありがとう……? だが私よりもナシロ、成長すればお前の方がよっぽど美人になるだろうな」


 へ? そ、そうなの?


 それは何というか……複雑な心境だなぁ。


 もちろん言われて悪い気持にはならないし、少女としてのナシロの部分はすごく喜んでいるが。


「んん……! 魔法の話の前に、ナシロ。お前の家族の事を話しておきたいんだ。今日はそれもあって来てもらったというのもある」


 リニーさんも少し恥ずかしかったのだろうか。取り繕ったような咳払いで、本題に入る。


 こちらから家族の事を聞く前にちゃんと教えてくれるようだ。ありがたい。



「実はカイロさん一家が村から出かけて行ったのを目撃した者が何人かいてね、最初は失踪だとは思ってなかったんだ。ところが次の日、匿名の手紙が詰所に届いてな。カイロ達が東の草原で数人の野盗に襲われているという物だった」


 匿名の手紙……?


 そういう話は初耳だったので貴重な話だ。ちゃんと心のメモ帳に書いておこう。


「みな半信半疑だったが、念の為東の草原を見に行こうとということで、手の空いている隊員、それから念の為非番の隊員も動員して救助に出たんだ。そこで、湖のそばでお前を発見したというわけだ」


 なるほど、そういう事だったんだ。


 ボクが耳にしたところでは、村の中で襲われたとか連れ去られたという話を聞かなかったから、リニーさん達はどうしてボクを助けに来たんだろうと不思議に思ってたんだ。


「ナシロを保護した以外の隊員は、野党の警戒とお前の家族の捜索に別行動を取ってもらった。しかし、野盗に襲われたような形跡もなく、カイロさん達の足取りもまったくわからない……数日間捜索に出たんだが……捜索は打ち切りになってしまった。ナシロには本当にすまないと思っている……。事件や事故が起きたとは信じない連中もいたからな。根拠が匿名の手紙だけでは……すまない、ナシロ」


 リニーさんは俯いて、沈痛な表情で語ってくれる。


 ボクとしても、家族が見つからないのは身を切るような思いだが、リニーさんが必死に頑張ってくれたのはわかるつもりなので、感謝こそすれ、非難するような気持ちはさらさらない。


「リニーさん、顔を上げてください。ボクを助けてくれて、感謝しています。家族の事は、ボクが必ず探し出して連れて帰ろうと思います」


 ボクの自信を持った力強い言葉に、リニーさんはハッと顔を上げてボクを凝視した。


 リニーさんの目を真っすぐ見て、意志の強さを伝える。


 もちろん、もし本当に野盗に襲われたり、事件に巻き込まれているなら、最悪の事態が起こっているかもしれない。


 でもそれは考えないで、消息がわかるまで諦めないつもりだ。


「そ、そうか……そうだな、私にも出来る事は何でもやろうと思っている。今日来てもらったのもその一端で、ぜひともナシロに私の知る限りの魔法を伝えたいと思ったんだ」


 魔法使いはそう簡単に他人に魔法を教えない、というこの世界の常識からすると、リニーさんがあっさり教えてくれるという事に若干不信感を覚えたのも確かだ。


 もしかしたら何か思惑があるのかもしれない、などとちょっとでも疑ってしまった自分が恥ずかしい。


 彼女はボクたち家族の事を本当に親身になって考えてくれてたんだ。


 そういえば救助されたばかりの頃、捜索隊が解散されるという時に、リニーさんだけが続行を主張してくれたという話をしていたはずだ。


 捜索が中断された後も、こうしてボクの事を気にかけて話をしてくれて、さらには何の見返りもなく魔法を教えてくれるという。女神だ。


「ありがとうございます。そう言ってもらえるとボクもすごく心強いです!」


「そうか、こちらこそ、ありがとう。ナシロの強さや勇気に私が元気づけられたよ。これでは反対だな」


 そう言って苦笑いを見せるリニーさん。


「改めて、お前の家族を助けるため、私と共に頑張ろう」


 今日ここに来るまで、リニーさんにボクの魔法の才能の事をどこまで話したらいいのか決めきれなかったが、今の話を聞いて決断した。



「あのね、リニーさん。ボクの才能色の事なんだけど……」


「ああ、村長から聞いているよ。ナシロも私と同じく、橙1の才能があるそうだな。私と同じ魔法しか使えないという難点はあるが、実際橙以外だと教えられなかったから、ある意味運が良かったのかもしれないな」


「えっと……村長さんからどこまで聞いているのかわかりませんが、ボクの才能色は赤・橙・青・緑・紫にそれぞれ1ずつあるんです」


 自分の才能色をおいそれと他人に話さないように、村長さんや神父さんに口酸っぱく言われていたが、リニーさんを信頼して話そうと思った。


「…………は?」


リニーさんは目をぱちくりさせている。


「すまない、聞き間違えたようだ。もう一度言ってくれないか?」


 うーん、やっぱりかなり信じられない才能色なんだろうな……。


 聞こえているはずだけど脳が理解を拒否してるのかな。


「あか。だいだい。あお。みどり。むらさき」


 聞き間違えようがない様にゆっくりはっきりと答える。


「それぞれ、ひとつずつです」

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