第9話 リニーさんに会いたい

 神父さんに話を聞いた次の日の朝。


 朝食を済ませてからボクは早速、魔法の練習に取り組むため、村長さんに相談して裏庭を使わせてもらえるようにお願いをしてみた。


 ちなみにリルルは苦手な算術の復習だ。


 村長さんから算術のお墨付きをもらって、復習を免れたボクを、涙目で恨めしそうにチラチラ見ながら問題に取り組んでいる。


 ごめんよリルル。


 ボクも付き合ってあげたいのは山々なんだけど魔法の習得が今は最優先なんだ。


 そのいかにも助けてほしそうな視線を、あえて気づかないフリをするボクを……許しておくれ……!


「もちろん好きに使って構わんよ。ただ教師も書物もなしにできるとは思えんがのぅ……」


 そうだった。それを村長さんに聞きたかったんだった。


「村長さん。魔法の書物は、やっぱり手に入れるのは難しいんですか?」


「そうじゃのぅ。単色低ランクの魔法書であれば、そこまで高価なモノではないはずじゃ。ワシのへそくりでも買えるぐらいだと思うわい」


 ヘソクリあるんかい。


 じゃあそれで可愛い孫娘の為に、青の魔法書でも買ってあげようよ、おじいちゃん。


「じゃがこの村の商店じゃあ売っていないと思うのぅ。なにせこの村には魔法使いがそもそもほとんどおらんのじゃし」


 確かに。


 置いといても売れないそこそこ値が張る在庫を抱えていても、邪魔なだけだ。


 しかしボクにとっては、この村に魔法使いが一人はいる、というのが重要だ。


 守備隊のリニーさん、彼女のことを聞いておかないと。


「村長さん、そのただ一人使えるというリニーさんに、教えてもらうわけにいかないでしょうか?」


「ん? いや、頼めばそりゃ教えてくれるんじゃ……ないかのぅ?」


 すげー自信なさそうだ。


 魔法使いの世界の常識には疎そうだ。そりゃそうか。


神父さんの話によると魔法はそう簡単に他人に教えないものだという事だけど……大丈夫かな……。


「リニーさんには、どこに行けば会えますか?」


 とにかく会って話を聞いて、魔法を教えてもらえるよう頼んでみよう。


「リニーは守備隊の一員じゃから、普段は守備隊の詰所にいるか、村の中や外を巡回しているはずじゃな。詰所は村の南門のそばじゃ。折を見て連れて行ってやろうの」


 それはとても助かる。


 村長さんには助けられっぱなしだ。


 ボクの目的である家族の捜索がひと段落したら、必ず恩返しに戻らないとな。


「確かリニーは橙魔法の使い手だったはずじゃ。守りに強い系統と聞いたことがあるの」


 おお! 土系統の魔法か!


 それはぜひとも覚えておきたい。


 ……が、他の色と、一番の問題の複色魔法の情報も必要だ。


「誰か他にも魔法を使える人が、この村に訪れることってないですか?」


「おぉ、そうじゃそうじゃ」


 お!?

 

 何か閃いた?心当たりある!?


 それで色んな魔法使えるようになる!?


「年に何度か、領都からの行商が訪れることがある。その商人の護衛として、ギルドの冒険者が一緒にやってくるの」


 おおっ!?


 冒険者とな!?


 何気にさらっと気になる事を聞いたが今はスルーだ!


「その者らは魔法が使えるはずじゃ。なにせ冒険者になるには魔法が使えないと登録できんからの」


 やった……!


 何とかその人たちにお願いして、魔法を教えてもらえないかな。


 すぐには機会がないだろうけど、このままでは自分が村を出られるようになるまで何年かかるかわからないし、よっぽど現実的だ!


「次に行商の人が来るのはいつぐらいかわかりますか?」


「行商人自体は月に数度は来るんじゃ。じゃが護衛を連れられるような大きな店の行商は、年に3度ほどしか来ないんじゃ。本来ならこのような特に名産品もない、ありふれた辺境の村に来ても大商人にとってはうま味はないんじゃが、領主様が決めた取り決めでな。大きい商店は税を減らす替わりに、領内の村々に行商に行かなければならんとされておるのじゃ。必要な物が届かんと困る村がたくさんあるでのぅ」


 なるほど。


 それは大事な取り決めだな。


 確かに商人の自主性だけに頼っていると、領内での物流の不均衡が発生してしまうかもしれないな。


「そういうわけで、次に来るのは夏ごろじゃないかの。来る前に領兵の先触れがあるから、その時期が近づいたらわかるぞい」


 ナシロの記憶によると今は春ごろ。


 5歳の子供の理解なのではっきりとしないが、この村にはちゃんと四季があるようだ。


 ただ夏がそんなに暑くないようだけど。


 元の世界で言うとドイツとかスイスとか中欧あたりの気候に似ている気がする。


 ということは早くても数か月は待たなければならない。


 まあ仕方ないか。それぐらいは待てる。


 その護衛の冒険者が教えてくれるかどうかはわからないが……。


 領兵の先触れというのは、領内を巡回しながら、治安維持と各種通信などを兼ねているものだそうだ。


 こんな物騒で技術革新が進んでいない世界では、人的リソースを最大限に活用できるように、様々な工夫がされているんだなと感心した。


 とにかく、まずは村長さんに紹介してもらって、リニーさんに会いに行こう。


 そしてお願いして、なんとか魔法を教えてもらえるように頼んでみよう。



 ◇◇



 さて。


 村長さんにひと通り話を聞いてから、まだウンウン算術と格闘中のリルルを置いて、さっそく裏庭に出てみた。


 リニーさんの件は彼女の予定次第だし、タイミングが合うまでしばらくかかるかもしれない。


 単色魔法は今のところ使えないが、単純な才能色の行使だけなら可能ということなので、それまでにそれだけでもマスターしておきたい。



 まずは一度成功した青から。


 前回と同じように、手を水平に突き出して構え、体内をめぐるチカラを集め、水を出すイメージを描く。


 すると瞬く間に掌から水があふれだす。


 さらにチカラを集中させると、どんどん水量が増えていく。


 足元に水溜りができ始めた。


 感覚的にはまだまだ増やせる感じがするが、とりあえず青はこのあたりでやめておくことにした。


 次は何色にしようか。


 橙はリニーさんに教えてもらえるかもしれないから後回しにして、緑の色を試してみよう。


 先ほどと同じ姿勢で、今度は風を起こすイメージ。


 まずはチカラを少しだけ集め、そよ風程度。


 サアアアァァァァ……!!


 背中の方から、心地いい風を感じ、そのままボクの前方へと流れていく。


 スゴい……!

 

 魔法だ……!


 イヤ魔法じゃないんだけど!


 もう少し集中させ、風の勢いをだんだん増していく。


 髪が激しくバタバタ靡くまで風を巻き起こすと、集中を散らして風を止める。


 先ほどまで辺りの木々を揺らしていた風などなかったかのように、はたとやんだ。


 それからしばらく、青と緑の練習を交互にしていくと、段々コツをつかんできたような気がする。


 体内をめぐるチカラの流れを、自然に操れるようになってきた。


 こう呼んでいいのかわからないが、便宜上これを「魔力」と呼ぶことにしよう。ああそうしよう。


 これでリアルにアレができるわけだ。


「オレの右手の魔力が……ッ!!! このままではマズいッ! 逃げろ……!!」


 ゴウッ…!!


 ボクを中心に渦巻くような風を起こしてみる。


 ……カッコイイ。


 ホントに魔力があるとメチャカッコいいじゃないか……!


 断っておくがこれは決して○二ではない。


 アレは本当はチカラなんてないのにやってるから○二なのであって、ボクは実際にチカラがあるんだ。


 だからアレではない、多分……。


 そこの所誤解のないようにお願いしたい。


 いや本当の定義なんて知らないけど。



 くだらないことで遊んでいる内に、かなり時間が経っていたのか、リルルが裏庭に出てきた。


 算術の補修は終わったのだろうか。


「ねぇナシロ、魔法の練習してたんでしょ? どうして右手をおさえて苦しそうにしてるの?」


 チッ……!


 アレを見られたのか…!


 こうなれば仕方がない、目撃者は消すしか……!


 いかん、とっさの事で設定が抜けてないぞ。


 ふう、落ち着いて、いつもの笑顔に戻らないと。


「いや、なんでもないんだ。ちょっと難しい練習に挑戦しようと思っただけだからね」


「ふぅん……? そうなんだ。ねえねえ、リルルも練習見ててもいいかな?」


 純真な少女はちゃんと誤魔化されてくれるから大好きだ。


「うん、もちろんだよ。なんだかちょっと慣れてきたような気がするんだ」


「そうなんだ、すごいね! 私なんて青の才能色があるとわかってから練習しても、水が出せるまで一週間くらいかかったよ!」


 へぇ~……そうなんだ。


 サンプルがボクとリルルの二つだけでは判断つかないが、それが長いのか、短いのかわからない。


でも、周りに魔法が使える見本がいないのに、小さい女の子が自力で、たった一週間で出来るようになったのって結構スゴイんじゃないか?


 とりあえず、次の色にチャレンジだ。


 次は赤にしよう。


 まず青や緑から試したのは、赤はなんとなく、もし制御が失敗すれば危険だと思ったから。


 だって……手から火を出すなんて単純に怖いよね。


 だから魔法の制御が上手くなってから試そうと思って取ってあったんだ。


 さっきまでの練習で、たぶん上手くいきそうな感触を得たので、いよいよ試してみようと思う。


「リルル、これから赤の色を試してみようと思うんだ。だから、ちょっと離れて見ていてくれる?」


「うん、わかった! がんばって、ナシロ!」


 さっきまでと同じように、全身の魔力をより慎重に制御し、まずはライター程度の小さな火を掌から少し離れたところに出すようなイメージを込めた。


 ポッ……!


 イメージした通りの火が一つ、ささやかだが力強く灯った。


「わわっ! ナシロ、火がついたよ!? 大丈夫!?」


「うん、大丈夫だよ。ちょっとそのまま近づかないように見ててね」


 リルルに注意しながら、少しずつ、ほんの少しずつチカラを集中して火を大きくしていった。


 ボボッ……!


 火が野球のボール大ぐらいにまで成長した時、これ以上集中してもチカラを込められないということが何となくわかった。


 おそらく魔法じゃない才能色の行使にはこれが限界ということなんだろう。


 ……あれ?


 そういえば、掌から少し離しただけの場所にこれだけの大きさの火が燃えていれば、手だけではなく身体にも相当の熱を感じるはずだ。というか手は大やけどしていておかしくない。


 それなのに、ほとんど何も感じない。


 火を見ているとなんだか身体にほのかな熱を感じるような気がするが、これは梅干しを見たら唾液が出るみたいな条件反射的なヤツだろう。


 実際には身体は熱くなっていなかった。


 水や風は自分も濡れたり風を感じたけれど、火は自分には影響を及ぼさないようになっているみたいだ。


 都合良いなとも思うけどそもそも魔法だ。そんなものだと言われれば納得するしかない。



 その後リルルに手伝ってもらってちょっと検証したところ、リルルはボクが出した火から熱を感じるみたいだ。


 まあ、敵を燃やしたりして攻撃するんだろうから、そうじゃないと魔法の意味ないんだけど。


 それから周囲に燃え広がらないように注意しながら、枯れ枝に火をつけてみたら、ちゃんと燃えた。


 水と火熾し。


 いずれ家族を探すために、旅をすることになった時に、道具なしで水を飲んだり火を熾したりできるのは相当便利だな。


 ボクたちはそれぞれに水や風、火を出す練習をしていると、お昼ご飯に呼ばれたので家の中に戻って行った。


 ちょっと調子に乗って水や風を起こしたもんだから、気づいたら裏庭が荒れていて、後で村長さんの奥さんに二人して叱られてしまった。


 ……え? 紫は試さないのかって?


 だって闇の魔法だよ……軽い気持ちで試していいもんか?


 闇魔法使った途端、体が闇にむしばまれたりしない?


 古今東西、闇の魔法には警戒しなきゃいけないのが常識でしょ?

 

 だからそういうことだよ。納得してほしい。


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