第8話 魔法使いへの道のり

「じゃあ、お話を再開しようか」


 神父さんが用意してくれたホットミルクを飲んで一息ついていると、神父さんがデスクに座って話を続けてくれた。


「さっきも言いかけたけど、私が知る限り魔法はその才能色のランクに応じて、使える魔法が決まっているそうだよ。そしてそれらの魔法を使いたければ、その魔法の名前と詠唱方法、そして特性と効果を知り、完全に習得するまで、たくさん練習しないと使えないと言われているね」


「魔法の名前と詠唱方法は、どうやったら知ることができるんですか?」


「それはね、ナシロ。色々方法はあると思う。一番単純なのは、その魔法が使える人に見本を見せてもらって、直接教えてもらうことだね。次に魔法の教師といった人に教えてもらう方法、それから魔法書などの書物から知識を得て習得する方法だね」


 うーむ……才能色を持っていればすぐに使えるというモノでもないみたいだな。


 これはちょっと厄介だな。


 名前だけならなんとかなるかもしれないし、名前さえわかれば、特性と効果は想像ができそうだ。


 しかし詠唱はどうしようもないな。


 どうにかして使える人を探すか、書物を探すか……いずれにしてもこの辺境の村で、5歳の少女が魔法を学ぶには高いハードルだ。


 ボクがくもった表情をしているのを見て取ったのだろう。


「そうだね、魔法が自在に使えるようになるのは中々難しい。だから才能色を持っていても、魔法が使えないという人は意外と多いんだよ。さっき話した方法で魔法を習得するには、よほど運よく使える人が周囲にいない限り、どの方法を取るにしても相当なお金がかかるということだね。さらに言うと、『魔法はそう簡単に他人には教えない』というのが魔法使いの常識のようだしね」


それは確かにそうかも。


自分が労力やお金を費やして習得した魔法を、タダで簡単に教えるわけにはいかないよな。


「時間……お金……魔法一つ習得するのにいったいどれぐらいかかるんだろう……」


「どうだろうね……私もその辺りには疎いからね。私よりも村長さんの方が、もしかしたら詳しいかもしれないね」


 おっと、落胆から考えたことが思わず漏れて、声に出してしまったようだ。


 独り言にも丁寧に神父さんが答えてくれる。


「そうそう、私は才能色を持っていないので、もちろん魔法は使えないよ。だから残念だけど魔法は教えてあげられないんだ。ついでに言うと、この村には才能色を持っている人は何人かいるが、魔法を使える人は一人しかいないんだ」


 おおっ。


 誰も魔法が使える人はいないのかと思ったけど、一人いるんだ……!


 これはぜひとも教えを乞いたい所だ。


「その魔法が使える人は、どなたでしょうか? ボクが会うことはできますか?」


「ああ、本来ならその情報も私は勝手に話してはいけないんだけど、その人が魔法を使える事は、仕事柄、村の皆んなが知っているからね。ナシロは多分会ったことがあると思うんだけど、村の守備隊の一人で、リニーという人だよ。ナシロがお願いすれば、魔法を教えてくれるかもしれないね」


 よしッ……!


 さすが田舎、人と人の繋がりが近くて助かる!


 うん……?


 リニーさん……どこかで聞いた名だ。


 えーー……っと……


 ……あっ!


 そうだ、あの人だ。


 ボクを草原で助けてくれた人!


 かなり若い女性だったが、村唯一の魔法の使い手なんだ……スゴいね。



 ふと気になって隣を見てみると、リルルがうつらうつらし始めている。


 やっぱり難しい話になって、退屈だったようだ。


 それにホットミルクを飲んで、身体も温まったしね。眠くもなるよね。


 そのまま起こさないように、気をつけてリルルの手からカップを受け取り、神父さんに渡して、少し声を落として質問を続ける。


「もし知っている名前の魔法があれば、教えてもらえないでしょうか」


 神父さんもリルルの様子を見て、同じく声を落として答えてくれる。


「そうだね。私が知っているのは単色ランク1の魔法ぐらいだね。例えば赤の1の魔法は『火球』、橙1の魔法は『土球』――」


 神父さんの説明をまとめると、このようになる。


 赤1:【火球】

 橙1:【土球】

 青1:【水球】

 緑1:【風球】

 黄1:【光球】

 紫1:【闇球】



 なるほど、単色ランク1は、それぞれの色の基本的な魔法のようだ。


 神父さんが知っているのはこれだけだが、ランク1でも他に使える魔法はあるらしい。


 話によると詠唱も単純なもので、名前と詠唱さえ知っていれば比較的容易に魔法を習得できるらしい。


 これらの魔法の名前から、魔法の効果は大体想像がつく。ただちょっと気になるのは、


「魔法というのは、何かを攻撃するものしかないのですか?」


「いや、そんなことはないよ。単色魔法には攻撃魔法が多いそうだけど、複色魔法には攻撃だけじゃなく、色んな効果を及ぼす魔法があると聞いているよ。中には傷を癒す魔法もあるとか。しかしそれを扱える人はさらに希少だからね。単色魔法の使い手は何度か目にしたことがあるけれど、複色魔法はさすがに見たこともないよ」


 単色魔法ですら貴重なこの世界では、そうそう複色魔法の使い手に出会うこともないんだろうな……。


 おそらくボクは、ランク1の単色魔法は詠唱方法さえわかれば、使えるようになると思う。


 けれども複色魔法の方は、名前も効果も検討もつかない。


 そりゃある程度の推測はできる。


 例えば、赤と緑の複色はファイアストームみたいな魔法だろうとか。


 しかし名前もわからないし、ランク1で使える魔法かもわからない。もちろん詠唱も。


 これはしばらくはお預けだな。


 今はまだ色んな情報が少なすぎる。


 スマホ一つでなんでも検索できる情報化社会が恋しい。


 ともかくまずは単色ランク1の魔法をマスターする所からだな。


 なんとかしてリニーさんに会える段取りをつけたい。



 ◇◇



 さて、本当に聞きたいことは聞いたし、リルルはもうすっかり眠ってしまっていて、このままだと椅子から滑り落ちかねないし、そろそろ家に戻ろうと思う。


「神父さま。今日は長い時間どうもありがとうございました。そろそろお家に帰ろうと思います。ホットミルクをごちそうさまでした。」


「うん、それがいいね。村長がお迎えに来るまで、リルルを長椅子に寝かせてあげよう」


 そう言ってリルルを丁寧な手つきで抱き上げ、窓際に置かれていた簡易ベッド替わりの長椅子に寝かせると、迎えを待っている間にと、教会の中を案内してくれた。


 改修工事中の為、作業員が何人か作業をしていて少し落ち着かないが、ボクにとっては興味深い光景にかわりはない。


 元の世界の資料なんかで見た、中世に建てられたような素朴な教会。


 村の他の石造りの建物よりかは幾分丁寧に切り出された石積みの壁、内部には外壁にはない石彫りの装飾が施されていて、質素ながらも聖なる祈りの場としての厳粛な雰囲気を演出している。


「この教会はね。このスルナ村ができたときに建てられたそうで、もう百年以上になるそうだよ。こんな田舎だけど、仮にも聖統神様をお祀りさせていただく教会だからね。なんとか改修できることになってよかったよ」


 建物というのは建てたらそれでおしまいというものではなく、維持保全のためのメンテナンスが必要で、適切な管理を行えばそれだけ建物の寿命が延びる。


 現代ではもう建物を建てるコストというのは、建設時の費用だけでなく、建物が役目を終えるまでのトータルでの「ライフサイクルコスト」という考え方が進められているが、当然このような技術レベルの時代に、そこまで考えて建てられていない場合がほとんどなので、改修の費用を捻出するだけでも一苦労なのだろう。


「神父さまはいつからこの教会に?」


「私はね、まだこの教会に派遣されてから3年ほどなんだ。この村で育って、神父になりたくて領都にある教会支部で学んでから、この村に戻ってきたんだよ」


「そうだったんですか。領都というのはなんですか?」


「領都というのはね、このスルナ村を含む領地を治める子爵様がいらっしゃる街だね。この村から南に街道が続いているだろう? 街道を南にずーっと進むと領都ロモリアだ」


 村長さんの授業でも教えてもらったが、このベルフガーナ王国はおそらく絶対王政に近いが貴族もある程度力を持っているような感じがする。


「そうなんですね。領都にいつか行ってみたいなぁ」


「そうだね。私は……なんだろうな。ナシロならきっと、この村に留まらない類まれな才能を持つ者として、いつか……世界中でその力を発揮できる時が来るような、そんな気がするよ」


「神父さまの期待に沿えるよう頑張ります」


 ボクの才能は多種だがランクは低いという話なので、どこまでできるかわからないが、家族を探しに行くためにも、戦えるチカラはあった方がいい。


 この世界には魔物がいるらしいし、治安もあまりよくなさそうだ。


 明日から早速、魔法に関する分析を始めなければならない。


いざという時、少なくとも村長さん一家くらいは守り切れる力がないと。


 ボクが何やら考え込んでいる様子を見ていた神父さんが、穏やかさに加えて思いやりを乗せた声色で語り掛けてくれた。


「あなたの家族がきっと見つかるように、私も聖統神様に祈りを捧げましょう」


「……ありがとうございます。神父さま」



 やがて、村長さんが迎えに来てくれたので、まだ眠ったままのリルルを村長さんが背負い、夕焼けに染まる村の中を歩いて家に帰った。

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