第7話 単色と複色

 神父さんから連絡をもらい、前回と同じようにボクと村長とリルルの三人で教会を訪れた。


 ん? あれって……。


 教会が視界に入ると、建物に違和感を感じて、近づいてみると、さらにはっきり見えてきた。


「おおっ!!」


「な、なんじゃ……!? ナシロ、どうした、そんな声を出して?」


「どうしたの、ナシロ?」


 おっと、失敗!


 5歳の少女が出す声じゃなかった……!


 村長とリルルの訝しむ視線を浴びて、誤魔化すように村長さんに尋ねた。


「村長さん、教会の建物が何か変です!」


「ん?……おお、そうじゃったな。あれはな、建物の悪い所を見つけて直しておるのじゃよ」


 そう! なんと教会は改修工事中だったのだ。


 建物の周りを丸太で足場を組んで囲っている。


 この世界でもこういう建築技術が普及してるんだな! あたりまえかもしれないけど!


 見たところ、日本でもかなり昔から使われていたという丸太を組んだだけの簡単な足場だ。


 そういえば前回訪ねた時にチラッと見かけたけど、天井とか壁に漏水の跡があったなぁ。


 石造りはきちんと積めば意外としっかりしているので、たぶん屋根の劣化かな……屋根は木材みたいだし。


 いかんいかん、また建築の方に気を取られてしまったが、今日はもっと重要なことを聞きに来たんだった。



 ◇◇



「こんにちは、神父さま。今日は時間を取っていただいてありがとうございます」


 そういってペコリと挨拶をすると、リルルも慌てて真似をして挨拶をする。


「お、おねがいしますっ」


「いえいえ、気にしないでください。こちらこそ中々時間を取れなくてごめんね」


「いえ、大丈夫です。それより、今日は建物の工事中みたいですが…?」


「そうなんだよ。実はそれもあってね、教会の仕事が少し空くことになったから、ちょうどよかったんだよ」


 なるほど。


 神父さんの普段のお仕事が具体的にどんな仕事なのかイマイチわからないけど、改修中で普段より来訪する信徒なんかが減るよな。


「では神父よ。後は頼んでよいかの? 終わるころにまた迎えに来るからの。よろしく頼む」


「はい、村長。どうぞお任せください」


 そう言って村長さんは家に戻ろうとする。


「リルルは、もう一度聞いた話なんでしょ? リルルも村長さんと一緒に戻る? たぶん、ボク聞きたいことがたくさんあって、すごく時間がかかるかもしれないよ?」


「ううん、リルルもナシロと一緒におはなしを聞くの」


 まだちょっと神父さんに緊張気味だけど、ボクと一緒に聞くことにしたようだ。



 ◇◇



 村長さんが家に戻っていき、神父さんに案内されて、神父さんの執務室のような部屋に案内される。


 執務用の机が置いてあり、奥には本棚。


 本といっても活版印刷などはないだろうから、手書きの写本だろう。10冊以上置いてあるし、何の本かはわからないが、ただ本というだけで、これだけあればかなりの値打ちなんじゃないだろうか。


 机の前に、子供が座れる小さいサイズの椅子が2脚、すでに準備されていた。


 机に座った神父さんと面と向かって座り、いよいよ魔法についての話を聞く準備ができた。


「さて。それでは魔法についての話を始めようか。まず最初に言っておきたいんだけど、私はあくまで聖統教会の神父であって、魔法の専門家じゃないってことなんだ。だから一般的に知られている基本的なことは教えられるんだけど、それ以上となると魔法の教師や、高位の魔法使いなんかじゃないと難しいと思う」


「なるほど、わかりました。ボクは魔法について何も知らないので、それでもとても助かります」


「ナシロは本当に賢い子だね。言葉遣いや礼儀など、とても5歳の女の子とは思えないほどだよ。さぞ……えっと、そうだね、じゃあ早速お話をしよう」


 今の間は、多分両親の育て方が良かったとかそういう話を続けるつもりが、失踪の事を思い出して続きを思いとどまった、そんな感じだよな。


 気遣いは有難く受け取っておいて、そこは気にせず本題に入ろう。


「この前の聖水の鑑定で、ナシロはおそらく赤1橙1青1緑1紫1の才能がある、ということがわかったよね。その時にも少し話したけれど、これはものすごく貴重な才能なんだ。だからまず気を付けてもらいたいのは、才能があることを滅多に人に言わないことを守ってほしい」


 すでに村長さんに釘を刺されているけれど、神父さんも同じことを言うんだ……。


「もちろん、聖統教会の神父として、私もナシロの秘密は必ず守ると聖統神様に誓おう」


よほど危ないってことだろう。これはホントに気を付けないとな。


「どれくらい貴重かって言うと、才能色を持つ者はこの村には数人しかいない。だいたい百人に一人の割合で才能が現れると言われているんだ。それはリルルのように単色でランク1ですらそうなんだ」


「単色というのは何でしょうか?」


「単色というのは、赤だけとか青だけとか、才能色の内のどれか一つだけを持っていることなんだ」


 なるほど、単色のランク1でもそんなに少ないのか…村の人口がどれくらいかわからないけど、それなら確かにそう何人もいるはずがない。


「ましてはナシロはさらに貴重な複色、しかも五色持ちだ。前にも言ったけれどほとんど神の奇跡としか言いようのない確率だと思う。これを色んな人間に知られると……正直何が起こっても不思議じゃない」


 ん……?


 ということはまさか、ボクの才能の事で何かトラブルが起きて、両親と妹は事件に巻き込まれて失踪したということなんだろうか……。


 そこまで貴重な才能だったら、それもあり得るな。心のメモ帳に書き込んでおこう。


「わかりました。気を付けるようにします」


 ふむ、と頷いて神父さんはリルルにも笑いかけて、初めに厳しい話をしてしまったと謝ってくれた。


 リルルはちょっと困っていたけれど。


「さて、それじゃあ次の話だね。次はそれぞれの色の系統の話だね」


 おお、それはぜひとも聞きたい。


 さすがに色だけじゃ何の魔法が使えるのかわからん。練習のしようがないし。


「それぞれ赤は火、橙は土、青は水、緑は風、黄は光、紫は闇の属性の魔法が使えるとされている。だからナシロは少なくとも火・土・水・風・闇の魔法がそれぞれ使えるようになる、はずだよ」


 少なくとも……?はず……?


 ボクの怪訝な表情に気付いたのだろう、神父さんが続けて話してくれる。


「ここでもう一つ才能色について重要なことがある。それぞれの色の絵具を混ぜると違う色になるように、才能色を複数持っていると、単色魔法はもちろん、それぞれの色の特性が混ざった複合色の魔法が使える、という話なんだ」


 ほほう……!


 これはまた素晴らしい事が聞けたな! 複合色魔法とな!?


 アレとかコレとかあんな魔法が使えるのかな……!


「とても嬉しそうにしている所申し訳ないんだけれど、単色の低ランク魔法ならともかく、複合色魔法にどんなものがあるのか、私はほとんど知らないんだ。ごめんね」


「あ、いえ! 大丈夫です。気にしないでください」


 よっぽど喜んでいるように見えたんだろうか、すぐに顔色を読まれるのは大人としてはちょっと恥ずかしいな。


 今は少女だからむしろ自然なのかもしれないけど……。


 ふと気になってリルルを見てみると、ふむふむ、ナシロはすごいんだね、とかつぶやいている。きっとあまりわかってない。


「神父さん、質問してもいいでしょうか」


「ああ、もちろんだよ。何でも聞いてごらん。私にわかることなら何でも答えてあげよう」


「ありがとうございます。では……」


 この前リルルに聞いてからずっと気になっていた話を聞いてみる。


「この前鑑定してもらってから、実はリルルに教えてもらって、掌から水が少しだけ出せるようになったんです。リルルはこれは魔法じゃないと言っていましたが……」


 お話の中に自分の事が出てきたからだろう。なんだかちょっと得意げな表情をしている。面白い。


「ああ、それはね。掌から少量の水を出したり、薪に火をつけたり、畑の土を耕したり。そういう生活で使うような能力は便宜上魔法とは呼ばないんだ。そもそも才能色を用いた魔法では、使える魔法が決まっているんだよ」


 うーんと……?


 つまり火の魔法は○ラ、○ラミ、○ラ○ーマと決まっている、みたいな感じかな。



 隣を見るとやっぱりうんうんなるほどと頷いている。もちろんわかってない。


「ちょっと長くなりそうだね。飲み物でも持って来よう。少し待っていてくれるかな」


 神父さんが飲み物を準備している間、リルルの様子を伺う。


「リルル、大丈夫? まだお話はたくさん続きそうだけど」


「うん、もちろんだよ!だいじょうぶだから、ナシロは気のすむまでおはなしを聞いたらいいよ!」


「ありがとう、リルル。じゃあ疲れたり眠くなったりしたら言ってね。なにも今日全部聞かなきゃいけないってわけじゃないんだからね」


 はーい、と楽しそうに返事するリルルと話をしていると、神父さんが戻ってきて、温かいミルクをボクたちに渡してくれた。


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