第12話 アトラハン子爵領
その後、詰所に戻って少し話を聞いたり、家族の話をしたりしていると、丁度昼頃になった。
今日は昼食をここで取って、午後も魔法の修練に付き合ってくれる予定だったが、思いのほか早く習得してしまったので、今日はもう終わりということになった。
リニーさんのお休みを丸一日ボクの為に使わせるのは気が引けるし、よかった。
「さあ、それでは家まで私が送ろう。それと、まだ聞きたい事があるようだし、これからは私が時間を見つけて村長の家に様子を見に行くことにしようと思うが、それでいいかな?」
それは助かるなぁ。ぜひお願いしたい。
お礼を言って、リニーさんに家まで送ってもらい、今日の貴重な時間を過ごさせてもらったお礼も伝えて、リニーさんは帰っていった。
今日はもう詰所じゃなくて自宅に戻るそうだ。リニーさんの頼もしい背中を見つめながら、姿が見えなくなるまで見送った。
家に戻ると、早速リルルが色々話を聞きたがった。
みんなで昼食を取りながら、今日の話を一通りすることになった。
「ねえねえ、ナシロ! もう魔法が使えるようになったの!?」
目を輝かせて尋ねるリルルに、今日の出来事を聞かせてあげると、さらに興奮して立ち上がってしまい、村長さんの奥さんに注意されていた。
「ごめんね、リルル。先にボクだけ魔法を教えてもらっちゃって。ホントは一緒に習いたかったんだけど……」
「え? どうして? ナシロが魔法を覚えられて、リルルとてもうれしいよ?」
人の成功を素直に喜べる、なんていい娘だ。
ぜひこのまま育ってほしい。育てよう。いや忘れてくれ。
「そうかそうか。リニーと同じ魔法が使えるようになったか。よかったのぅ、ナシロ」
「村長さん、色々手配してくれてありがとうございます。それに毎日良くしてもらって……」
「気にしなくていいのよ、ナシロちゃん。ウチが賑やかになって、わたしもおじいさんもとてもうれしいわ」
村長の奥さんが穏やかな笑みでボクを安心させるように語り掛けてくれる。
今更だが、村長さんの名前はブラスさんで、奥さんはメディさんという。
「メディさん、ありがとうございます。ご飯も毎日とてもおいしいです」
この家の食事は、干し肉が少し入った野菜を煮込んだスープと、蒸かした芋、それとライ麦のような固い麦パンが出てくることが多い。
元の世界の中世の食事事情にはそれほど明るくないが、大体こんな感じなのでは?という気がする。
肉がたまに入っているのを食べられるのは、この村では裕福な方の村長さんだからだと思われる。
正直ナシロとしてはともかく、奈城としては元の世界の食事水準からは考えられないくらい粗末なのではあるが、素朴でもおいしく食べられるから助かる。メディさんの腕がいいのかもしれない。
実はリニーさんが送ってくれた際、村長さんが昼食に誘ったのだが、固辞して帰っていったのは、普段自分では食べられない豪華な食事に、遠慮してしまったのかもしれない。
その後も、リルルが賑やかにいろんな話をして、それをみんなで温かく見守りながら、食事を進めていたが、村長さんがふと思い出したように話を切り出した。
「そうじゃ、ナシロよ。明日ワシはちぃと用事があって家を留守にするでの。すまんが授業と魔法の練習はナシにしておくれ」
あら……今日覚えた魔法を色々試したかったが仕方ない。
村長さんとの約束で、村長さんが家にいないときは魔法の練習はしないことにしている。
5歳の少女には当たり前の措置とも言えるから、納得して言う通りにしている。
「じゃからの。明日はリルルと一緒に祠にお祈りにでも行くとええ。場所は知っておるじゃろ? リルルと二人、その辺りでよく遊んでいたようじゃし」
ほこら……?
ああ、確かにナシロの記憶にあるようだ。
ボクの家とナシロの家のちょうど中間あたりに、いつ頃建てられたのかよくわからない祠があった。
大人たちの話によると、何かの精霊が祀られているらしいということだったが、詳しくは知らないまま、ちょうどよい遊び場としてリルルとよく駆け回っていた。
この世界の宗教観はよくわからないが、少なくともこの国では聖統教会が国教として唯一認められている宗教だったと思う。
多神教ではなく一神教だったと思うが、単一神教的な感じか、精霊信仰みたいなのはまた別なのかもしれない。
さっき覚えた魔法の詠唱にも「土の精」というフレーズが含まれていて、魔法を行使する際には精霊の力を借りるというシステムになっているのかもしれない。
精霊が存在するとして、まだ魔法がどういう原理というかシステムで成り立っているのかイマイチわからないので考察のしようがないが。
「教会で家族の無事は祈っておるが、祠でも祈ってくるとええ。土地の精霊様が力を貸してくれるかもしれんしの」
「わかりました。明日は祠でお祈りしてきます。リルルも一緒でいいかな?」
お祈りした後は久しぶりに遊べるね! と楽しそうにしていたので、リルルも楽しみなようだ。
◇◇
その日の午後は、明日は受けられないかわりに、なんだか久しぶりな気がする村長さんの授業を受けた。
今日は一般常識の授業で、前回は大きな世界の話だったが、今回は身近な村や町、貴族領の話になった。
このスルナ村は、王国の北に位置するアトラハン子爵領内にあり、村の北には森と山脈が続いていて、その山々が国境になっているそうだ。
村から南に行くと三つほど大きな町があって、領都アトラに続いている。
この村では農夫が多い事からも、徴税は主に農作物であることがほとんどで、その税の徴収を担当しているのが代官だそうだ。
先日領主の使いとして村長が応対していた、ボクとリルルに気持ちの悪い視線を浴びせたあの男がそうだ。
古今東西、悪役御用達の人種だが、ご多分に漏れずアイツも典型的な悪代官のようだ。
村長は言葉を濁していたが、かなりやりたい放題されているような感じがする。
どうせ要求に応じないと徴税を厳しくしたり、税額を減免する替わりに賄賂を要求したり、そんなところだろう。
あの態度からして、もっとヒドイこともしているかも。
「領都アトラまでは、ワシの足では街道を徒歩で三日ほどかかる距離じゃ。大体一日歩くごとに、それなりに大きな街があるでの。その街で宿を取って、また一日歩くという風にワシはいつも行っておる」
もうこの歳で三日では難しくなってきたと笑っている村長さんだが、身体はまだまだ丈夫そうに見える。
毎日のように出歩いて村の様子を見たり、自宅の畑の農作業もしているし、元気だよね。
「リルルはアトラの街に行ったことあるの?」
「うん……リルルはよく覚えてないんだけど、お父さんに一度連れて行ってもらったんだ……」
しまった。あまり良くない話題を持ち出してしまった。
「ご、ごめんね、リルル」
ボクは慌てて余計な話をしたことを謝ったが、リルルはいつもより少し元気のない、寂しそうな笑顔で答えてくれた。
「ううん、いいの。リルルはお父さんが大好きだから」
ナシロの記憶でも、リルルのお父さんはいつもニコニコしている優しい人だったな……。
それにお母さんはパワフルな人だった。
とてもお似合いの夫婦で、それにリルル、村長さんやメディさんが加わった5人はいつも幸せそうで……まさかリルルが一人残されることになるなんて、夢にも思わなかった。
そういう意味では今のボクも似たような境遇で、余計にリルルとの結びつきが強固に感じられるのかもしれない。
いつ何が起こるかわからない世界で、せめてボクの目の前にいる人達は守れるよう、努力していこう。
そして次の日、朝食を済ませたリルルとボクは、村の用事で家を出て行った村長さんを見送り、転生前のナシロがよく行っていた遊び場にある祠に出かけて行った。
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