第5話 才能色
スルナ村の教会は、村のほぼ中心部に建てられているそうで、村長宅を出て、3人で歩いて教会に向かう。
何気に転生してから初めてのちゃんとした外出となるわけだけど、転生前のナシロとしての5歳までの記憶がある分、村を初めて見る新鮮味というのはないけれど、やっぱり奈城としては見たことのない景色にちょっと感動してしまう。
辺りにはのどかな田園風景が広がり、田畑には忙しく働く農夫たちの姿が見える。
村長宅、それからナシロの自宅は村の東のエリアにあり、村の北側と西側は森に面している。
村の東側にはボクが目覚めた大草原や湖があり、南には街道が伸びているが、その先にはどんな街や村があるのかは知らない。
教会がある中心部は、村の商業施設が集まるエリアで、数は少ないが商店などが立ち並んでいる。
中世風の世界みたいだし、元建築学生としてはどの程度の技術レベルなのかな、とか気になっていたけれど、どうもこの村の建物は元の世界でいうとプレロマネスクあたりだろうか。
かなり雑な石造りの家が多いが、中には粗末な木造の建物もあるようだ。
もちろん道には石畳などというものもなく、土をただ固めただけのデコボコした道しかない。
まあ辺境の村らしいし、都市部はもっと進んだ技術レベルだろうけれど。
15分ほど歩くと、教会が見えてきた。
中世ヨーロッパといえば教会建築だろ!と実はかなりワクワクしていたのはナイショだ。
ずいぶんこじんまりとした建物で、期待していた見事な意匠の教会建築……ではなかった。
教会建築によく見られる尖塔や装飾などはほとんど見受けられないが、屋根の上には十字架の代わりに、円を描いたようなモニュメントが飾られている。
わかりやすく言うと、十字架の中心に大きな円があり、円の中は空洞になっている感じ。おそらくこれが教会のシンボルなのだろう。
以前写真で見た、サン・ペドロ・デ・ラ・ナーベ聖堂のような石造りのシンプルな構造で、教会と言うよりは倉庫のような感じを受ける。
でもこれはこれで趣があっていいな!うん!
などと建築オタクなことを一人考えていると歩くのがちょっと遅れてしまっていたので、あわてて2人を追いかけた。
建付けのかなり悪い扉を開けて教会に入ると早速、聖職者らしき人が応対してくれた。
「これは村長。ようこそいらっしゃいました。リルルもよく来てくれたね」
「うむ。今日はよろしく頼むの」
「神父さま、こんにちは……」
村長さんとボク以外の人の前では相変わらず人見知りが発動するらしい。
しっかりとボクの陰に隠れて挨拶をしている。
どうやら神父さんらしい。教会建築にはある程度の知識はあるものの、肝心の宗教の中身についてはあまり知識がないんだよね…。
でも元の世界の宗教制度とそこまで違いはなさそうだ。
「君がナシロだね。はじめまして。ようこそ聖統教会へ。私は神父のディノンと言います」
「はじめまして、神父さま。ナシロです。今日はよろしくお願いします」
「はは。礼儀正しい子だね」
聖統教会なる教会の神父さんだというその人はかなり若く、まだ20代前半くらいに見えるが、第一印象は柔らかく、落ち着いた雰囲気で親しみやすい人だ。
ここで聖統教会ってなんですかとか聞くと「おお……(ザワザワ)」「あ、いや毒気にあたって…」なんて展開になるのだろうが、ボクはそんなお約束は踏まない。
「さっそくじゃがワシも時間があまり取れなくてな。鑑定を始めてくれんかの」
「わかりました、村長。それではナシロ。私についてきてくれるかな」
そう言って礼拝堂の脇から入る、翼廊のような位置にある小部屋に案内してくれた。
「時間もあまりないということなので簡単に説明するけど、ここにあるグラスで聖水を掬ってね。神に祈りをささげるんだ。もし才能があると、聖水の色が自身の才能の色に輝くようになる」
「わたしの時はとてもキレイな青色にかがやいたんだよ!」
「そうだね、リルル。とても綺麗だったね」
興奮気味にうれしかった時の話をしてくれるが、神父さんに笑いかけられるとサッとボクの後ろに回り込んで恥ずかしそうにしている。いや無邪気な女の子ってかわいいな。守りたい。この笑顔。
「どんな色があるんですか?」
「うん? そうだね。赤、橙、青、緑、黄、紫の6色だね。」
「色が出るとどんな魔法が使えるんですか?」
「えーっと、そうだね……ちょっと一言では説明できないから、また今度時間のある時に詳しく話してあげるよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
残念だけど、今回は鑑定だけでよしとしよう。
「ただね。才能色を持つ人はそもそもとても少ないから、何も持っていなくても心配ないからね。落ち込んだりしなくていいんだよ」
と神父さんは小さい女の子が傷つかないように、優しく諭してくれる。
すいません、中身22歳なんです。ありがとうございます。
神父さんからグラスを受け取り、台の上に置いてある器から、透明な水を掬い取った。
「さあ、胸の前に掲げて、祈りをささげてごらん」
神に祈る…あれかな、初詣で健康や学業を祈願するみたいな感じでいいのかな。
神さま…家族を探しに行けるよう、ボクにどうぞ才能がありますように…
お父さんとお母さん、それから小さいローナが無事でいますように…
………
……
パアァァァ―――
「こ、これは……!!」
グラスの中の水が赤い輝きを帯び、神父が驚きの声を上げる。
リルルが祖父の手を取って興奮気味に叫んでいる。
「なんと、ナシロは才能を持っていたか……!!」
「うわぁ、おじいちゃん、キレイなあか――」
その時、赤い輝きから橙に変わり、さらに青、緑、紫へと、眩いばかりの光が次々と変化していった。
「そ、そんな――」
神父はあまりに予想外の結果に、驚愕している。
「すごいすごい! ナシロすごいよぉ!」
幼いリルルはそれが意味するところは正確にはわかっていないが、とにかくもの凄いということはわかるので、目を丸くして驚いている。
同じく村長も、驚きで言葉もなくただただ成り行きを見守るしかできないようだ。
……
………
やがて光がおさまると、ナシロはゆっくりと目を開ける。
いつの間にか一心に祈っていたおかげで、その間何が起こっていたのかわからなかった。
たぶん光っていたような気がするけど……
「あ、あの……? どうでしたでしょうか?」
ナシロが目を開けても誰も何も言ってくれないので、さすがに不安になってきて自分から尋ねてみた。
三人の中では一番に我を取り戻した村長さんが、神父さんに返答を促す。
「むぅ……このようなことが。神父よ、これはいったいどういうことなのじゃ?」
「あ……は、はい!」
言葉もなく呆けていた神父さんが村長の声に我に返り、あらためて結果を考察しているようだ。
「鑑定が上手くいかなかったのか……? ワシの記憶が定かなら、今まで見たことがない輝き方じゃったが……」
「え、ええ……確かに私も見たことがありませんが……」
二人の大人が何やら話をしている間、ナシロは興奮したリルルに捕まっていた。
「ねえ見た!? たっくさんキレイな色にかがやいていたんだよ!?」
「ううん、ボクは目をつむっていたからわからないんだ」
「赤とかね、青とかね、あと黄色!」
「へえ~、そうなんだ、なんだかスゴいね」
そうなのすごいのと興奮するリルルを横目に、大人たちの会話を伺っていると、神父さんがこちらを向いて結果を教えてくれた。
「さて、ナシロ。ちょっと驚いてしまってごめんね。結果を伝えるね」
「はい。お願いします」
「結論から言うと、君は赤、橙、青、緑、そして紫の才能があるようだ」
「えっ、ほんとですか!?」
「さっきも伝えた通り六色の才能のうち、君は五色を持っているということになるね」
それがどういうことなのか全くわからないが、なんだか凄そうな気がする。
というかお願いだからスゴイ能力であってくれ……!
「そして私の見立てではランクは全て1。つまり赤1橙1青1緑1紫1という才能だね。これはとても珍しい、というか私の知る限りこういう才能ランクは見たことも聞いたこともないね」
おお……! これはキタか!? いわゆるチートな感じ!?
「簡単に言うと才能色が多いと魔法がたくさん使えるんだよ。ただ……」
たくさん魔法が使える!! やった!
……え?ただ……?
「ただ、なんですか?」
「あ、いやいや、とにかくすごい才能だよ。それは間違いない。――おお、聖統神様に感謝をささげます」
「あ、あの……」
神父さんにもっと詳しい話を聞きたいところだったが、
「ナシロ、すまんが続きはまた今度じゃ。今日はちと外せない用事があっての」
村長さんが急いでいるようなので、残念だけど続きは今度来るときに教えてもらおうと思う。
「では神父よ。また詳しい話をナシロに教えてやってほしい」
「わかりました。それじゃあナシロ、ぜひまたリルルと一緒に教会に遊びにおいで」
「はい、ありがとうございます」
神父さんにお礼を言って、3人で村長の家に戻り、来客があるという村長さんと別れてリルルと一緒に家の裏庭に出た。
魔法が使えるようになったのかどうか、一刻も早く試してみたかった。
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