第4話 村長さんの授業

「おはよ、ナシロ!」


 目を覚ますとまさしく目と鼻の先に幼女の満面の笑み。


 名城良唯・♂(22)ことナシロ・♀(5)の朝はこうして始まる。


 一日の過ごし方が両親と暮らしていたころと少し変わって、家の中で過ごすことが多くなった。


 まだ身体の大事を取って、ということで、外出は家の庭に出るくらいしか許してもらえなかったというのもある。



ボクが保護された次の日の朝、村長さんから提案を受けて、居候させてもらうことになった。


「ナシロよ。家族のことが心配じゃろうが、みんなが戻ってくるまで、どうじゃろう。しばらくウチで過ごさんか。リルルもおることじゃし、賑やかになってええわい」


「はい、村長さん。ありがとうございます。お世話になります」


「ほっほ、そうかそうか。それじゃこれからよろしくのぅ。お父さんとお母さんについては、村を挙げての捜索はできないんじゃが、旅人や商人から情報を集めたり、できる範囲での捜索は続けるつもりじゃから、しばらくウチで待っておってくれんか」


「お父さんとお母さん、それからローナのこと、どうぞよろしくお願いします」


「なあに、きっとみんな無事じゃ。カイロは農夫のくせに何かと村を出かけて行くことがあったからのう。今回もきっと大丈夫じゃ」



◇◇


 

 そうして日々を無事に過ごさせてもらっていたが、ボクとしてはわからないことだらけのこの世界で、どうやって情報収集をしたものかと考えていたところ、丁度いい話が持ち上がった。


 リルルは将来村を動かす立場になるので、農夫の子では受けられない教育を受ける義務がある。


 ボクの一家の失踪騒ぎがあったおかげで、しばらく中断していたそうだけど、そろそろ再開しようということになった。


 ナシロが一緒に受ける必要はないのだが、リルルがナシロと一緒に受けたいと言うし、この世界の事を知るためにも、ボクもぜひとも受けておきたかったので好都合だ。


 授業、と言っても講師は村長なので、毎日決まった時間というわけにもいかない。


 立場上、村人や近隣の町からの客人、商人といった人たち、そして領主の使いなど、様々な人が村長を訪ねてくる。


 それらの空き時間に教えてもらうことになる。


 そうして受けた最初の授業で驚いたことに、なんとボクはこの世界の文字が読めるし、さらに書くこともできるじゃあないか!


 そう言えば今更だけど、自分が自然と話している言葉も日本語じゃない。


 名城としては見たことも聞いたこともない文字と言語が読める・書ける・話せるというのはなんとも表現しがたい違和感があるが、どうやらナシロの記憶から来ているようだ。


 なるほど、ただのご都合展開というわけじゃなく、転生前のボクがしっかりお勉強していてくれたおかげなんだね。


 なんというか、某映画の脳に針をぶっ挿してヘリの操作マニュアルやら空手やらをインストールされる、あんな感じだろうか…これも慣れていくしかないだろう。


 それは知識の面だけではなく、感情などの面でも、転生前の奈城の性格だけではなく、確かに5歳の女の子ナシロとしての感情、性格も残っていると感じられる。


 なんだろう、二重人格とはまた違うし、非常にこそばゆい感覚でとても言葉に表せないが、そういうものだと納得するしかない。


両親と妹が行方不明の状況で、内心とても不安で、今すぐ探しに行きたいと感じているが、22歳の冷静な判断でそれを我慢している。


行くなら万全の状態で探しに行かなければならない。


それまでできるだけ情報を集め、力を蓄え、準備も整えていくんだ。



 元の世界の現代日本でも、5歳くらいになればひらがなは大体読めるし、書くことができる子も多い。


 しかしそれは教育環境が整備されている現代日本の話であって、この世界では、特に農夫の子としては異質だ。


 まだまだこの世界の事はわからないことが多いが、とりあえず文明レベルは現代日本に遠く及ばないし、村に学校などもちろんないので、識字率は相当低そうだ。


 その証拠に、早くから授業を受けているリルルより字が読めて書けるナシロに、村長はとても驚いていた。


「カイロ…いやナーサか?お前に字を教えていたのは」


「そうです。かあさまです」


「うーむ、そうだったのか……。事情は知らんが、つくづく不思議な者たちじゃの…」


 どうやら、村の中で読み書きができる者はほんの一握りしかいないらしい。


「そういうことであれば、今日は算術の勉強でもしようかの?」


「村長さん。できたらボクこの世界の一般常識みたいなのを習いたいです」


「ほう……? ナシロはえらく難しい言葉を知っておるんじゃの。よかろうて。では今日からしばらくは世界のお勉強じゃな」


 やった…!


 さすがにこの家にいるだけじゃ、わかることが少なすぎるし、知っている人に教えてもらうのが一番手っ取り早い。


 隣を見るとリルルもとても喜んでいる。


 どうやら算術は苦手であまりやりたくないらしい。


「ではまずはこの村の事じゃ。村の名前は何というか知っておるかの?」


「えっと…」


「スルナ村だよっ!」


 苦手な算術をやらなくて済んだ喜びからか、リルルはいつもより大きな声で元気よく答えてくれた。


 村長の話によると、ここはベルフガーナ王国のスルナ村という所らしい。


 両親から読み書き算術は教わっているが、世界の話は聞いていない…気がする。


 さすがに村の名前くらいは聞いたことがあったけれど。


 ベルフガーナ王国は中央大陸にある一国家で、中央大陸には大小さまざまな国が存在する。


 世界には大陸が7つあり、最大の面積を持つのが中央大陸だそうだ。


 驚いたのはその後に聞いた話だ。


「この大陸にはあまりおらんが、西の大陸にはドワーフという種族がおる。さらには南の大陸にはエルフ、北の大陸には魔族、そして南の大陸のさらに南には、竜が住むと言われておる大陸もある」


 ドワーフ…エルフ…

 なんというかお約束な気もするけど、やっぱりそういう世界なんだ……。


「それと獣人族じゃな。獣人族はそれぞれの大陸に国を持っておる」


 主な種族はこの6種で、他にも少数の種族があるらしい。


「実はワシも長年生きて居るが、この大陸に国がある獣人以外はこの目で見たことはないんじゃ」


 カッカッカ、と笑う村長さん。


「あの、魔族……って人やその他の種族と対立してたりしますか?」


「ふぅむ?なぜそう思ったのかわからんが、確かに遠い昔はそういうこともあったと聞くが……」


 そうなんだ……。


 魔王なんかが魔族を率いて戦争してるとか、そういう話ではないみたいだ。


「しかしそれを言えば、ドワーフやエルフ、獣人族とも仲が悪い時期はあったそうじゃからの」


 確かに。


 人族だけでも争いが起きるのは散々見てきたんだ。


 異人種どころか異種族ならば、もっとひどい対立が起きていても不思議はない。


「そっか、魔王はいないんだ……」


「魔王はおる。人の国に王がおるように、魔の国にも王がおる。それが魔王と呼ばれる者じゃ。魔の大陸にいくつ国があるのか知らんが、2つや3つということもあるまいて」


「えっ、魔王がたくさん……?」


「そんなに不思議かの? 中央大陸にも人の王はたくさんおるぞ?」


 なるほど、魔王といっても役割は人の王と変わらないということか。

 自分が思っているいわゆる「魔王」とは別の存在みたいだな。


 ……ということは、神様だか何だかがボクを転生させて、世界に害をなそうとする魔王なんかを倒してもらおう!的な感じじゃないのかな。


 そういえば転生時に誰とも何も話さなかったし、何の説明もないよね…。


 いやそんなのある方がおかしいとは思うけど。


 それとも、やっぱり何かやらなきゃいけないことがあるのだろうか。


 でもとりあえず、今のところは何もないみたいだし、自分なりにこの世界でしっかり生きていく。


 こういう方針で行こうかと思う。


 ただの5歳児では何もできることはないけれど、今のナシロなら、きっとできることが何かあるはず。


 まずは両親と妹を探す。


 何があったのか、誰かにさらわれたり、事件に巻き込まれてしまったのか、どうにかして調べていきたい。


 そのためにも、村の外の世界がどうなっているのか、情報は聞き出せるだけ聞き出しておきたい。


「それじゃあ、この国は、今どこかの国と戦争はしてますか?」


「ふうむ……」


 あっと、ちょっとやりすぎたかな。


 村長さんの目がちょっと怪しんでる感じがするぞ。


「えー……っと……」


「まあよい。そうさな、今は戦争の真っ最中というわけではないが、常に隣国とは小競り合いをしておると聞くのう」


 5歳の農夫の娘が聞きそうにない質問にも、一介の村長では詳しいことはわからんがの!と笑って説明をしてくれた。


 あまり怪しまれる態度は慎まないと……何が起こるかわからないしね。



◇◇



 その後数日間は読み書き、算術なんかを教えてもらった。


 もちろん現代日本の教育を受けているボクにとっては眠くなるような授業だけど、隣で一生懸命に勉強しているリルルの邪魔をしないように、大人しく一緒に学んでいるフリをしていた。


 そんなある日。とうとうこんな爆弾発言が出た。


「そういえば……ナシロは魔法の才能は持っておるのかの?」


「えっ!?」


 き、きた……!!


 異世界転生の定番、魔法だ……!!


この世界にはやはりそんなロマンがあったのか!


しかしボクはその期待は持たなようにしていたんだ。


なぜなら転生前のナシロとしての記憶には、魔法みたいな不思議現象を目にした記憶が……ない。


だから勝手にそういうモノはない、前世と同じ、物理法則で支配された世界だと思い込んでいた。


実際は魔法があるという。


 両親は魔法を使えなかったのだろうか?


村長の言葉からも、魔法を使うには才能が必要で、それは誰しもが持っているわけではなさそうだということがわかる。


「えっ…と……わからないです」


「なに? そうか……カイロは教会で鑑定を受けさせなかったのかの?」


 教会で鑑定?

 魔法の才能があるかどうか、教会に行けばわかるってことかな。


「カイロとナーサが魔法の才能を持っておったかどうかはわからんが、もし持っておったら、その子供であるナシロも才能を持っておる確率はかなり高いはずじゃ」


 え? そ、そうなんだ……。


 両親が魔法を使っているところを全く見たことない気がする…。


 才能は持ってなかったのかなぁ……?


 教会に連れて行ってもらった記憶もない。


 何か理由があるんだろうか。


「リルルはね! 青を一つ持ってるんだよ!」


 そこへ満面の笑みでリルルが教えてくれる。


「青をひとつ?」


「うん! あのね、才能を持ってるのはとっても珍しいんだって! お父さんもお母さんも、それにおじいちゃんも持っていないのに、私はスゴイんだって!」


「ふぅむ、そうさのう。どうなるかはわからんが、念のため教会で調べてもらうことにするかの」


 あらかじめ教会に連絡をしてから数日後、ボクは鑑定を受けることになった。

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