第3話 家族の行方

「ここは……」


 目を覚ますと全てが夢だった……なんてありがちな話ではもちろんなく……


 やはりボクは5歳の女の子のままで、なぜか「ナシロ」とみんなから呼ばれている。


 どうして転生前の名前で呼ばれているのだろうか。



 滅多なことを言うと不審がられるので、ショックでふさぎ込んでいるような振りをして、周りの大人たちの話を聞いていて色々わかってきた。


 どうやらボクは「ナシロ」という名前の女の子で、この村で暮らす農夫の子であるらしい。



 そう言われれば……そうだ。



 自分の内側に意識を向けると、確かに記憶がある。


 奈城良唯として生きてきた記憶だけではなく、農夫の娘ナシロとしてこの村で過ごしてきた記憶。


 どうやら先ほど村を一目見た瞬間に頭痛に見舞われた際に、それらを記憶として呼び起こされたような…気がする。



 父は…そうだカイロという名前だ。母はナーサ。


 ボクの名前は父と母の名前を足した感じで付けられたのだろうか。


 農夫にはファミリーネームなどはないので、ナシロがファーストネームということになる。


 本来はボクの前世の苗字であるはずのナシロが、なぜか採用されているのがなんだかおかしな感じだけど、馴染みのある名前で呼ばれるのはいいかもしれない。


 深く考えたってしかたないので、名前の事はとりあえず置いておこう。



 朝早くから遅くまで毎日農作業に追われる父と、家でボクの世話をしながら内職などで忙しい母。


 貧しいながらも、穏やかな父と明るい母に囲まれて、平穏に暮らしてきた…はずだ。


 そうだ。それに妹が生まれたはずだ。


 今ボクが5歳として、何歳なのか細かいことはわからないけど、まだ乳児と言ってもいいくらいの年齢だったと思う。


 名前は……ダメだ、思い出せない。



 とても不思議な感覚だ。


 人格は名城が表に出てきているが、心の内側にはナシロとしての記憶がある。



 どうやらボクは村長の家の一室に寝かされていたようだ。


 こちらの両親や妹と暮らしていた家とは造りからして違う。


 農夫の家は大体が粗末な木材で建てられた掘っ立て小屋だったはずだが、この家は石積みの比較的しっかりした造りだ。


「ナシロ!」


 扉を勢いよく開けて入ってきたのは、同じ年頃の女の子だ。


 記憶によると……村長の孫娘で、確かリルルという名前だったはず。


 同じ年に生まれて、村長の孫娘と農夫の娘という違いがあるものの、家が近いということもあって、これまでよく遊んだりした仲だという記憶がある。


「大丈夫!?」


 目に涙を浮かべてボクの顔を見ているので、安心させるように笑いかけた。


「大丈夫だよ。リルル」


 リルルという娘は引っ込み思案な子で、活発だったナシロに連れ出される様にして外で遊んだりして、村の子に意地悪されたり何かあると、サッとナシロの陰に隠れてしまうような感じだった。


 そんなリルルにしてみたら、ナシロに何かあったらこれから自分がどうしたらいいのかわからなくなるような気持ちなのかもしれない。


 リルルの両親、つまり村長の息子夫婦はすでに他界している。


 ナシロの記憶なので定かではないが、確か所用で村の外に出かけているときに、野盗に襲われて殺されてしまったようだ。


 そんな形で次期村長として期待されていた息子を亡くし、替わりというわけではないが、リルルは少し過剰なほど村長に大事に育てられた。


 村長はおそらくこのまま成長させて、村長にふさわしい男を婿に迎え、跡を継がせようと考えているのだろう。


 リルルがどう思っているのかはわからないが、ボクだったらちょっと遠慮したい人生だ。



 大人たちから詳しい話は聞いていないのだろう。

 連れ帰られたのはナシロ一人なのだが、不安そうな顔でたずねた。


「ナシロ…お父さんと、お母さんは……? 二人も大丈夫…なの? それにローナちゃん……は?」


 ―そうだ。ローナ。半年前に生まれた、妹の名だ。


 動揺を悟られないように、顔を伏せたままリルルに答える。


「まだ……わからないよ……」


「そっか……ごめんね、ナシロ……」


 救助された子供の前でベラベラ話をしていたわけではないが、それでも子供と思って話してしまうこともある。


 漏れ聞こえたところによると、カイロとナーサはナシロとローナを連れて村から出かけたそうだ。


 農夫が家族で村から外に出かけることなど滅多にないことだとか、カイロは農夫っぽくないヤツだったとか、コソコソ話していたが、ナシロにとって一番重要なのは、三人がまだ発見されていないということだ。


 父がなぜ家族全員で出かけようと思ったのか、どこに、何をしに行こうとしていたのか、ナシロの記憶にもなく、さっぱりわからない。


 村の者たちからしたら農夫らしくないという話だが、ナシロにとっては優しい頼りがいのある、普通の農夫の父だった。

 もちろん母も、いたって普通の農夫の妻だと…思う。



 そうじゃなかったのだろうか。


 何か事件や事故に巻き込まれたのだろうか。



 なぜ自分だけが助かったのかわからないが、今は村の捜索隊のみんなに頼るしかない。


 現実世界の自分は物心がつく前に両親を亡くしているので、あまり感じたことのない感情だが、「ナシロ」としての記憶がそうさせるのだろうか。


 とても不安で、心の底から両親が無事に見つかってほしい、妹が元気な姿を見せてほしい、いつものように優しく抱きしめてほしい、そんなどうしようもなく激しい気持ちが沸き起こってくる。



 これが親というものなんだろうか。



 祖父ちゃんにはたくさんの愛情を持って育てられたと自信を持って言えるけど、親から感じる愛情とはまた違う……そんな気がする。


 どっちが強いとか弱いではなく、違う種類の愛情なのだろう。


 それに兄弟もいなかったボクにとって、妹の存在はなんというか…とても温かい、ほんわかした気持ちにさせてくれる。


 感じたことのない、自分でも正体のわからない感情に揺さぶられ、また5歳の少女ナシロとしての不安な気持ちも相まって、自然と目に涙がにじむ。


「そっか、ボクにもお父さんとお母さんやきょうだいが、いた、んだ……っく……」


 両親が行方不明だという不安な気持ちと、家族が存在するという温かい気持ちが複雑に混ざり合って、ナシロはまた眠りに落ちるのだった。




◇◇




 村長の家に保護されて数日後。


 元々身体に異常があったわけではないので、ボクは救助された次の日から起き出してリルルとお話したり、一緒に家の手伝いなんかをしていた。


 大変な目にあったし、両親の救助を待っている身なんだから、ゆっくり休んでいていいと言われたけれど、世話になっている以上、少しは役に立たないと居心地がわるい。


 これは前世での居候暮らしが長かったせいでしみついた性分みたいなものだ。


 元の世界では5歳の子が家の手伝いはあまりしないと思うが、この世界では5歳でも手伝いをするのが普通みたいだ。


 村長宅には、村長の奥さんの他に、使用人のおばさんが一人いたので、その仕事をリルルと二人で少しだけ手伝っていた。



 昼食の準備を始めたところで、捜索隊のまとめ役が訪ねてきた。


リニーという女性と一緒に助けに来てくれた人だ。



「村長、3日も探したが、何の手がかりもねぇ……。村の東に出た所まではわかってるんだが、その後の足取りがわからない。野盗に襲われたわけでもなさそうだしな。これ以上はもう……」


「そう…か…。気の毒じゃが、村の守備隊をこれ以上捜索にかかりきりにするわけにもいくまい…」


「リニーのヤツがとにかく捜索続行しろって言い張るんですがね…」


「わかった、探してやりたいのは山々じゃが、村にはそこまで余裕はないからの。それにカイロは一年半ほど前にフラッと村を出て、ひと月後に戻ってきたことがあった。あの時は事前に話は聞いていたんじゃが……今回も何か用事があって出かけただけかもしれん……」


「ああ、確かにそんなこともありやしたね」


「そういうわけで、サイよ。全員引き上げじゃ。これは村長命令じゃ」


 リルルと二人で聞き耳をたてていると、そんな話が聞こえてきた。


 そんな…お父さんとお母さん……ローナ……いったいどこにいっちゃったんだろう……


 ナシロの不安な気持ちが表に出てきて、心細い気持ちでいっぱいになる。


 言葉はないが、リルルがギュッと手を繋いで励ましてくれる。


 それだけで少し温かい気持ちになってくる。


 リルルの一生懸命な気持ちが伝わってくるからだろう。


 こんな時に一人じゃないって思わせてくれる、ちいさいがかけがえのない存在だ。



「それで、村長。あの子はこれからどうするんで?」


「そうさなぁ。カイロは5年前に赤ん坊のナシロを連れてこの村に移住してきたからの。親戚などおらんのじゃ」


「ああ、そうだったなぁ……となると――」


「彼らが戻ってくるまでは、ワシが面倒を見るわい」


 ボクやリルルが聞き耳をたてているとわかっているのか、サイという守備隊の隊長らしき人物に先を言わせず遮るように続けた。



 村長……。


 ありがとうございます。


 このご恩は忘れません。



「やったぁ……!!」


 一緒に聞いていたリルルが満面の笑みでボクの両手をつかんで、ブンブン振って喜んでくれた。


「これから毎日いっしょだね!!あのね、夜はリルルといっしょに寝ようね!」


 こうしてボクは、村長の家で本格的な異世界生活をスタートさせることになった。


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