第2話 転生+性転換?

「えーっと、えー……うーん…イヤ、えええ?」


 意味のある言葉すら出てこないこの状況。


 ボクは死んだと思ったら突然見知らぬ草原にたたずんでいた。


 ボクはボクだよな?


 奈城良唯なしろりょうい(22)♂ 大学卒業見込み、絶賛就活中!



 だが女だ。


ちなみに良唯りょういというのは珍しい名前だが、これはじいちゃんが尊敬する、戦国時代などで活躍した京都の豪商から付けられた名前だ。


 今までの人生の記憶はある。はっきりと。


 日本という国に生まれて22歳まで過ごしてきた。


 彼女はできたことないけど人並みに女子が好きな男子だ。



 だが…女だ。



 いやもう某大ヒットゲームの言葉を借りてボケてる場合じゃない。


 変ですよ!急にこんなことになってて、わけわかんないですよミ○トさん!


 いやだから、こんなボケで現実逃避している場合じゃない。



 どうしてこんな状況なのか?


 たとえば、落ちた衝撃で気を失ったが奇跡的に助かって病院に運ばれて、それがナゼか少女として草原で一人寝ることになった。


 いやいや、その“ナゼ”の部分が謎すぎるわ。


 たとえば、落ちた衝撃で気を失ったが奇跡的に助かって病院に運ばれて、昏睡状態の間にフルダイブVR環境が開発されて、目が覚めたらVRワールドの中にいたとか。


 いやいや、さすがにそれもないだろうが、それなら女性キャラクターになっている説明はつくか。


 などなど説明できそうな可能性をアレコレ考えてみたんだけど、これ以上は長くなるし面白くないので割愛しようと思う。




 その結果。


 一番しっくりくるのはやっぱり……そう。


 異世界転生+性転換。


 祖父ちゃんが読書好きだった影響でボクも子供のころから色んな本を読んできたから、そういうジャンルの本も読んだことはある。けっこう好きなジャンルだ。


 この状況、これが一番可能性が高そうだよな?


 一番あり得ない可能性が一番ありそうとはワケがわからなくなってくるけど…


 なぜ異世界かって?


 それは空を見ればわかる。


 だって太陽……二つあるもの……


 惑星タ〇ゥイーンにでも来たんでなければ、こんな光景は見られないはずだ。


 ああ、そうか。


 異世界でなければ、宇宙の果てのどこかの惑星って可能性もあるか。


 どっちがあり得ないって考えるといい勝負かなと思うけど。



◇◇



 改めて辺りを見渡すと、この草原は山々に囲まれ、その裾野に広がる深い森に続いている。


 見上げると、澄み渡った青空がどこまでも広がっている。


 そして大きな湖が中心にあって、ボクはそのほとりで倒れていたようだ。


 起きてすぐ少女になってしまったのがわかったのは、水面に映る自分の姿を見たからだ。



 あらためて水面に映る自分の姿を確認してみた。


 ツヤのあるサラサラな黒髪が肩まで伸びて、顔立ちも少し幼いがすごくキレイだ。


 近い将来は確実にものすごい美少女になるのがわかる。


 立ち上がり、今度は自分の眼で体を確認する。


 手を見る。足を見る。



 ……いや小さいな!



 顔が幼いとは思ったけど思ったより小さい!


 身長100センチくらいしかないよ!


 これは…もしこのまま生きていくということになれば、ここがどんな世界であれ、これまでとまったく違う人生になってしまいそうだ。


 え、女の子ってどうやって生きてるの?なに食べるの?



 ふぅ……落ち着け。深呼吸だ。



 同じ人間だ。


あまり気にしたら負けだ。なんの勝負かわからないけどとにかく負けだ。


 とりあえず自分の性別は気にせずにいこう。


 そのうち慣れるだろ……たぶん……きっと……


 そうだといいな…。



◇◇



 さて。


 いったいどれくらいここで寝てたのかわからないけど、とりあえずここにずっといてもしょうがない。


 何よりこんな何もない場所で無防備に突っ立っているのはかなり怖い。


 どこをどう見渡しても、人が住んでいるような気配は感じられないし、街道のような、人が往来するような道も見当たらない。


 ざっと見渡す限り、この草原だけで1万ヘクタール以上はありそう…。


 うーーん…なんの所持品もなく、森や山に入るなんて論外だけど…。


 周囲を見ても、所持品と言えそうなものは何も落ちていなさそうだ。


 服装も粗末なシャツとズボンのみで、ポケットにも何も入っていない。


 しかも推定5歳の少女の力と体力。


 うん、ムリ。


 そう思うと急に心細くなってきた。


 心が現実に追い付いてきたのかも。


 ボクは恐怖から考えることを放棄し、あてもなく走り出そうとした瞬間――



 前方から音が聞こえた。


 これは……聞いたことがある。


 馬だ。馬かどうかわからないが、馬のような動物が走って近づいてくる音だ。


 やがて視界にも何かが近づいてくるのが見えた。


 どうやら馬に乗った人間だ。それも3人ほど。



「おお~~い!!!無事か~~~!!!」



 そう叫びながら、こちらに向けて駆けてくる。


 これって、ボクを助けに来てくれてる…んだよな!?そうだよね!?


 助かった~!


 異世界転生(+性転換)していきなり死ぬとか、まさかそんなはずないもんね!?


 そういうルールだよね!?



 死の恐怖から無駄にハイテンションになってしまったが、こんな状況ではしょうがないと思う。


 平和な現代日本で暮らしてきた身としては、死の恐怖なんてほぼ味わったことがないのが普通だ。


 そんな当たり前のことがどれだけ素晴らしいことか、今更ながら身に染みて感じている。




 そうこうしている内に、救助者(願望)はどんどん近づいてきて、辛うじて顔が見えるところまで来ていた。


 こちらが何の反応も示さないので、呼び声はさらに大きく、切羽詰まったものになっている。



「ナシロ~~~~!!ナシロ~~~~!!!」


 ……ん?


 あれ、今奈城なしろって呼ばれた?


 ボクにあんな知り合いいたっけ?


 異世界とか思ってたけどなんか盛大な勘違い?


 あっちの世界が夢……?


いや待て待て混乱してきた…。




「大丈夫か!?ナシロ!!」



 目の前で馬から飛び降りた女性が慌ててボクの肩を引き寄せて抱きしめ、無事を確認する。


 二十歳くらいだろうか。若いがしっかりした眼差し。初対面で失礼かもしれないが男勝りな雰囲気だ。


 頭が混乱しているボクはろくな受け答えができない。



「ナシロ!何とか言ってくれ!痛いとか気持ち悪いとか、おかしなところはないかっ!?」


 助けに来た自分を見てもボーっとしている様子に不安になったのか、立て続けに質問をされる。


「まあ待て、リニー。まだ小さいんだから、そんないっぺんに聞いたって答えられないさ。」


 そう言って2人目の救出者が馬から降り、ボクの目線に合わせるように屈んで、リニーと呼ばれた女性をなだめた。


 たくましい壮年の男性だ。どうやら3人のまとめ役のような感じがする。


「あ、ああ。すまない」


 抱きしめた力を緩めて、壮年の男性と同じように、ボクの目線に合わせてこちらの様子を伺う。


 このまま黙っていてはどうにも話が進まない。


「あ、あの……。ボクは大丈夫です」


 とりあえず身体に異常はなさそうなのでそう答えてみる。性別に異常はあるけどね!


「ん……?ボク……?」


 リニーと呼ばれた女性は怪訝な顔を見せたが気を取り直し、今度はゆっくりとボクの身体を確かめるようにやさしく撫でてくれた。


 名前を呼ばれたことで一瞬知り合いかとも思ったけど、まったく知らない人だし、顔つきを見ても日本人じゃないみたいだ。



「どうやら本当にケガはないみたいだな」


「ええ、サイ叔父さん。大丈夫みたいです」


 壮年の男性はサイというらしい。


「マイロ。周辺を探ってくれ。まだ…見つかっていないからな」


「はっ。見てまいります」


「気をつけろ。あまり遠くに行くなよ。」


 馬上で周囲を伺っていたマイロと呼ばれた若い青年が、サイに何かを頼まれて、走り去っていった。


 5歳程度の子供にはわからないだろうが、何が見つかっていないのか聞かせないようにはぐらかしたのが、中身が大人なのでわかってしまう。


 はぐらかされたってそれが何かまったく心当たりないので結果は同じだけど。


「叔父さん。マイロ一人で大丈夫でしょうか。まだ何が起きたのかわかっていないし…」


「そうだな。彼らの捜索は他の隊に任せて、オレ達はひとまずこの子を連れて戻ろう」


 そう言ってまだ近くを探っていたマイロを呼び戻し、ボクを騎乗したリニーの膝の間に乗せてゆっくりと走り出した。


「マイロ。何か見つかったか」


「いいえ、特に怪しいものは見つけられませんでした。もちろんこの子のりょうし――」


「マイロ!」


 ハッ!として気まずげにこちらを見るマイロ。


 子供ではわからなかっただろうが、こちらはもう飲酒もできるオトナだ。


 言いたいことがなんとなく伝わってしまった。


 両親……ってことだよな?


 ボクに両親?


 そりゃあそうか、人間である以上、親がいないと生まれない。


 異世界でもそれは同じだろう。


 てことは――


「とにかく、まだ希望はある。後はみんなに任せて、オレ達はナシロだけでも村に無事に連れ帰るんだ」


「ナシロ、大丈夫だぞ。わたし達がしっかり守るからな」


 速足で歩を進める馬上でボクに揺れがなるべく伝わらないようにして、リニーという女性はボクに優しく語り掛けた。



◇◇



 どれぐらいの時間揺られていただろうか…気が動転しているので、時間間隔が曖昧だけど、そう長い時間騎乗していたわけじゃないらしい。


 やがて粗末な櫓や柵に囲まれた、緑豊かな山裾に広がる扇状地に作られた村が見えてきた。


 その村が見えた瞬間――


「あうっ!?」


 急な頭痛に襲われ、頭を抱えていると、脳裏にものすごい勢いで何かの映像が流れていった。



 これは……なにか……誰かの……き、おく?



 頭の中を駆け巡る記憶の奔流に圧倒され、耐え切れずボクは意識を手放した。

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