最後は君と

カナタハジメ

最後は君と

「よ、詩羽、今日も来てやったぞ」


俺は、病室の扉を勢いよく開け愉快にそう言った。まるで喜劇の道化を演じるように。だが、そんな道化を見た彼女は笑顔をひとつとして浮かべてはいなかった。彼女は読んでいたであろう本を閉じ肘に置いた。


「おい、ノックぐらいしろよ、今、ちょうど体拭き終わったとこで1歩早かったら…隆徳…お前は私の全裸を見ることになっていたんだぞ」


病院のベットに腰掛けていた彼女は貧乏揺すりを始めた。


「それは、残念だな」


俺は左手で頭をかきながらそう言った。


「残念?ふざけてるのか?」


「いや、お前の裸を見納めでおこうかと」


「見納めて…私、隆徳に裸見せたことないだろ」


「え、小学校の低学年の時」


「確かに……て、おい!見せねぇよ?お前に私の裸を見せる気ねぇーよ!?」


詩羽は肩が大きく揺れるぐらい怒鳴った。その声、聞いた看護師さんが、病室に入ってきて「お静かにお願いしますね」と注意してきた。俺が会釈すると看護師さんはニコリと笑い病室を出ていった。


「なんで、病人の詩羽が怒られてんだよ」


「!?お前!…………お前のせいだろ」


あの看護師さん怒ったら怖いのだろうか勢い良く叫び始めた詩羽だったが次第に声が小さくなった。


「それよりこれ、頼まれた物な」


「うっひょーコレコレ」


どこぞの居酒屋でまず初めの生を飲んだ時の少し歳を召したおっさんのように言った詩羽に俺は少し引いた。


「スプーンは?」


「ほれ」


俺は物についてきたスプーンを渡す。…物と言ってもたかがゼリーだけどな。

詩羽はぷるんとしたゼラチンと糖分の塊をほうばりながら笑みを浮かべる。


「これが、私の最後の晩餐だ!!!」


「お前、昼飯食ったばっかりだろ」


「…隆徳に突っ込まれるのがすごく癪に障る」


「いや、俺だって普段ふざけまくってるわけじゃあねーからな」


「あっそ」


俺と詩羽の間に重い空気が流れた。


「…………で、検査どうだったんだよ」


「……わーお、なんと言うことでしょう…数値が前よりも悪化してましたーパチ、パチ…パ」


詩羽の声が怯えている。そして、彼女は自分が座っている横をパンパンと叩く。俺は、彼女の顔を見て、そこに座った。ポンと俺の肩に重みと温もりを感じた。


「やっぱ、私…死ぬんだな…」


彼女の声はさらに怯えた声に変わっていった。


「……そうかもな、こんなにお前は温かくて、ゼリーも美味しそうに食べてる…のにな、先生が間違ってるかもな」


俺は、道化だった自分を辞める。優しく、心に問いかけるような言葉で。


「でも、その先生は5人目?いや6人目だったな…6回も見てもらって6人目とも全く一緒のことを言うだよ」


「…………」


俺は黙ってしまった。何言っても彼女には届かないと察してしまったのだ。自分の死に向かう者の時間には俺というただの幼馴染には圧倒的に超えられない壁がそこにあるのだ。俺は、この壁を超えてあげられない自分の無力さに打ちのめされていく。でも、せめてでもの抵抗と思い俺の肩に乗せてある彼女の頭を優しく撫でた。


「……彼氏でもない、ただの幼馴染に頭を撫でられるのは引くな……まぁ、私もそんな男に肩を借りてるんだが……………隆徳の手、温かい」


彼女は自分の頭の上に乗せてあった俺の手を両手で握った。だから、俺は決意してしまった。


「なぁ、詩羽、お前の最後の彼氏にしてくれ」


彼女は肩をピクリと動かした。


「…………無理」


彼女はそう呟いた。俺は、羞恥の嵐に飲まれていった。


「……無理だよ、隆徳にそんな…呪いになるじゃん、私は、先のある隆徳を縛りたくない」


詩羽は俺の腰に手を巻き付け抱きついた。そして、十分抱きつかれたあと、彼女の頭は俺の膝の上にあった。


「撫でて」


「…フッた相手によくもまぁ、頭撫でろと言えるな」


「振ってないもん」


彼女の頬が膨れた。


「いや、振ったろ」


「最後まで、聞けよ」


彼女のピリッとした声に俺は「はい」としか答えれなかった。


「ゴホン、では、1つ目」


彼女は人差し指を立てた。


「隆徳にはこれから死ぬまでに彼女を5人……いや、3人までなら作ってよし」


「おっと、呪いたくないとか言っていた本人が呪いをかけ始めたぞ」


「うるさい」


「あ、はい」


詩羽は次に中指も立てた。


「2つ目、その3人との彼女を使い、女性への正しい接しか方を学ぶ」


俺は、ツッコミを入れるのをやめた。俺は、冗談を言っているように思っていた。彼女が俺の肘の上から俺の目を見つめる時までは。


「この、2つをゆっくりと時間をかけて達成した時、向こうで私の初めての彼氏になってくれる?」


「おう」


俺は俺のまま答えた。道化でも、優しい声の俺でもない。昔から、詩羽と言う人間と一緒にいた俺と言う人間として。


「あ、そうだ3つ目」


「いや、まだあるのかよ」


彼女は薬指も立てた手を俺に見せつけた。


「隆徳の初めては私が貰うから、死ぬまで童貞を貫いて」


「おっと、俺に魔法使い、いや、大魔道士になれと?」


「そそ、あ、1人で賢者を極めてくれてもいいけど」


「てか、下に流れるなよ」


「いいじゃん」


「まぁ、いっか」


俺たちは笑った。



時の流れと、言うものは残酷な物だ。つまらなければ長く流れるのに、楽しかったら早く流れて行く。窓の外で太陽が線香花火の最後の灯火をともしているように揺れている。


「あ、詩羽、そろそろ俺バイトだから行くな」


「……………………」


詩羽からの返答はなかった。顔を見ると、にこりと笑って目を閉じていた。俺は、そっと彼女の頭を持ち上げ枕にゆっくりと落とした。そして、彼女の顔に被っている髪をどかし、頬をそっと撫でた。


「俺さ、バイトとか、学校とかでさ忙しくてさ、時間がぎゅうぎゅうに詰まっててさ、それでさ、次にお前のとこに行ける日がないんだよ…だからさ、気長に待っててくれねぇか?その時は最高の男になって来るからさ…って寝てたら聞こえてねぇか……まぁ待っててくれ」


俺は立ち上がり病室の重い扉を開けた。


「またな、詩羽」


扉を閉める。それと、同時に俺の体から力と言う力が抜けた。俺は扉にもたれ座りこんだ。胸の真ん中のところがキュッと締め付けられた。


「大丈夫?」


俺らが騒いで時に注意してきた看護師が俺に話しかけてきた。


「……詩羽のことよろしくお願いします」


看護師さんはそんな俺を見て隣に座りこんだ。


「詩羽ちゃんとは次いつ、会うの?」


「…そうですね、いつでしょうか、かなり束縛めいた約束しましたし、それにその内容がぶっちゃけ詩羽が思う正解としてクリアできるか分からないので、かなり時間がかかるかもしれませんね」


「そっか、じゃあ次会う時、ド肝抜かせてあげな」


「そうすっね」


俺は、潰されそうな感情の渦の中に落ちて行った。でも、詩羽が縛ってくれた三本の紐は道に迷わないように俺と詩羽を繋げていてくれた。







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