第3話 眠り姫

 ガシャン。

 隣の家で吊るされていた風鈴が落っこちた。

 依然いぜんとして穂香ほのかの入った勾玉はガタガタ震えながら光っていた。

「どうしたんだ!?穂香!!」

 安易にキスをした先程の自分を呪った。

 理由なんてなんだってよかった。穂香が助かってくれるのなら。


 なにもできない僕はただ勾玉を布団の上に置いて見守ることしかできなかった。

 全く収まる気配がないどころか、穂香の声も別人のように変わってきていた。


「ゆゆゆきききんんんっ、っ、っ、GYSHAAAAAAAAAAAAA!!!???」


 勾玉の色も真っ赤になっている。 

 部屋の窓ガラスからは誰かに思い切り殴られている音がしている。


 穂香はこんなことをするような子じゃない!じゃあこれはなんなんだ!!


「おい!お前はなんなんだ!!誰なんだ!」

 返答はない。うめき声がただただ聞こえている。

 僕はただただ勾玉に必死で問いかけるように叫び続けることしかできなかった。


「GRRRRRWUU。HUUUUUUUMMM。ウーむ???」

 次第にその声は落ち着いてきた。

 窓への殴打がだんだん弱くなる。


「もう一度聞きます。あなたは誰なんです?」

 声の主に向けて僕は問いかけた。




 次第に落ち着いてきた声の主は答える。

「んーあ?お前さんはなんなんだい?こんな場所にあたしを閉じ込めて。」

「閉じ込めた?そんなこと知りません。僕はやなぎ祐治ゆうじと言います。あなたの名前を教えてください」

「あたしかい?あたしはりんだよ。とりあえずこの家の外に連れていっておくれよ。これでも窮屈な場所は大嫌いなんだ」

 僕はとりあえず彼女に従って外へ出ていく。






 もう空が赤らんでいる。感傷を感じるほどに茜色だ。

 家の外はいつもどおり、蚊取り線香の匂いが立ち込めている。

「もしかしてちょうど誰かが死んだところなのかい?線香なんか焚いて」

 燐さんはそんなことを言っていた。

 隣の家では先ほど割れた風鈴の残骸。それを残念そうにほうきで掃く爺さんがいる。


「ここならいい感じに開けているねぇ。じゃあ、あんたもう一度あたしに接吻キスしてみて頂戴な。もしかしたら戻れるかもしれないだろ?」

「さっきみたいに周りのものを壊さないようにしてくださいね?燐さん。」


「さっきのは、久しぶりに動いたから仕方ないんだよ。いいから、早くしてくれないかい?これでもあたしはまだまだうぶな生娘なんだよ。こんなあたしに接吻をせがませるなんて、くどくど、くどくど、くどくど。」

 穂香のためにも早くやってしまおう。





 ちゅ。





 穂香に対してのものとは全く違う心境でのキス。

 勾玉からの声が途絶えた。












 無音な時間が数十秒。


 そっと。僕に耳打ち。


「あんた、話し方以外はそっくりだよ。あの人に。」


 そこには紅色の小袖を着た女性がにやけながら立っていた。


「接吻は冗談で言ってみたんだよ。そんなことしなくてもあたしは出てこれるんだ。兄ちゃんを困らせてみたくなっただけさ。あんまりあの人にそっくりだからね。」

 燐さんは少し遠い目をしていた。あの人というのが誰かは知らないが。

 僕にはそれ以上に大切なことがある。


「燐さん。その勾玉の中に他の女の子はいませんか?」

 燐さんは腕を組んで考え込む。

「うーん。ネコなら一匹入りこんでいるんだけどねぇ。人間は入りこんでいないねえ。」


「それはもしかしてまた冗談なんですか?」

「そんなわけがないだろう?あたしはあんたがあの人に似ていたんで、その困り顔も似ているのか見てみたかっただけなんだよ。あれ以外はずっと真剣だよ。」

 まっすぐ僕の目を見る燐さんは本当に真剣だった。


 いったい穂香はどこへ行ってしまったのだろうか。

 僕は不安な目を燐さんへ向けたのだった。


 









如月五日  

その命が散らされた日。

あなたの持っていたその宝玉の原料は

かつて戦場で愛するものを目の前で殺された女性。

彼女の腰の骨だった。

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