第2話 ほのかなあやかし

 相変わらず太陽は空高く、リビングからはゆでた枝豆の匂いがほんのり漂ってきていた。

 なぜか水着を着て、ぷかぷか部屋に漂っている穂香ほのか

 僕は一つ思い出したように穂香に質問をした。


「穂香は、僕以外の人にも見えるの?」

「どうだろ?ゆーくんのお家の人には見えないと思うよ」

 ふわふわ浮かんで答えた彼女はじっと本棚を見つめていた。


「よっし。それならいいか。ご飯食べに一緒にリビングに行こう」

 僕はてくてくリビングに向かう。

 後ろから彼女の慌てた声が聞こえた。


「おーい。置いてかないで!勾玉持ってってーーー!!」

「えっ?分かった。勾玉だね」

 机に置いていた勾玉をそっと手に持ち、今度は穂香と一緒にてくてくと歩いていった。




 リビングには既に準備を終えた母さんと弟の浩次こうじが座っていた。

「兄ちゃん遅い」

「もう麺が伸びてきているわよ」


 大量のそうめんと山盛りの枝豆。


「ゆーくんゆーくん!こんな量の枝豆初めてみたよ!」

 穂香は枝豆に鼻を近づけて僕に話しかけてくれるが、母さんも弟の浩次も、穂香に気づく素振りがない。

 穂香の言う通り、穂香は僕にしか見えないらしい。


 隣の家の風鈴がカランコロン鳴る。

 ズズズズッ。ツルツル。


「ごちそうさまでした!」

「あら、枝豆は食べないの?美味しいのに」

「うん。勉強してたから早く戻りたいんだ」

「ウソつけ、兄ちゃんは絶対漫画読んでるね」

「本当だって」

「お母さん。今回は勉強の話、信じてみることにするわ。頑張んなさい!」

 お母様から熱いお言葉をいただいてしまった。本当の理由は穂香と2人で早く話したかったからなのだが。

 まあ、そこまで言われてしまったら課題をもっと頑張ってみるしかないな。


 母さんが積み上げた枝豆のさやをじっと見ていた穂香に手招きをして自分の部屋に戻った。

 後ろから浩次がなんかこっちに向かってなんか言っていたが、無視して部屋に戻る。


「枝豆美味しそうだったのに良いの?」

「良いんだよ。多分明日も用意されているよ。うちは母さんの実家が枝豆を沢山食べる地域にいるみたいでね。毎年沢山枝豆を送ってくれるんだ」

「そっかー」


 後ろで扉が動く音がした。後ろから浩次が近づいてきたようだ。

「兄ちゃん、さっきの手招きはなに?」

「うん?なんでもないよ?」


 なぜか穂香が浩次の頭の後ろに指でツノを作っている。

 少し顔がほころんだ。


「兄ちゃん、暑さか漫画でおかしくなっちゃったの?」

「うん。浩次、たぶん兄ちゃんおかしいのかもしれないねボーッとしてる」

「あっそ」

 浩次は踵を返した。





 部屋についた僕は穂香に話をする。

「ねえ穂香。さっきはリビングでなんにも話せなくてごめんね」

「謝らなくていいよ。そんなこと気にしてないからね」

「それでさ」


 僕はスクールバッグの奥深くに眠っていたメモを取り出して言った。

「僕が反応して声をかけたいときにこのメモを使うから、僕がメモを取ってたら見に来てほしいんだ」


 穂香は頷いた。


「ゆーくん。そういえばさ。一つ良い忘れてたことがあるんだけどいいかな?」

「大丈夫。何個忘れてたことがあっても聞くよ」

「ちょっとここに勾玉出してみて」

 僕は机に勾玉を置いた。


 穂香はふわふわと勾玉の方に近づいていって、穂香が勾玉に触れた途端に穂香は消えた。そして勾玉の中から声が聞こえた。


「私は、勾玉の中だと結構いろんな事ができるんだよ。まずはね」

 僕の背後から穂香は出てきた。

 出てきた場所にも驚いたが、着ている服装が水着からワンピースに変わっていた。


「勾玉から出る時は見た目とか出る場所とかが少し自由なんだ。で、もっかい入るよ」

 先程と同じく吸い込まれる穂香。


「さっきから結構この勾玉が大切だってことを伝えているよね?この勾玉はほとんど私そのものなんだ。ということはね?私に直接触れたいなら、この勾玉に触れれば良いんだよ。私もこの中なら感覚があるから」


「じゃあキスしちゃうよ?」

「ゆーくんて面白いところで積極的だね」

 僕は勾玉にゆっくり口づけをした。



 ちゅ。



「ふわあっ!?」

 穂香の驚いた声。

 勾玉が淡い青で光りだした。




「にゃあああーーーーーーんっっにゃにゃにゃああぐう!」




 キスの後、穂香が変な声を出して苦しみだした。








 どこかで糸が切れる音がした。










 8/26 

 あなたの勾玉への口づけは、アレを呼び覚ました。

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