猫歴70年その2にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。親友の孫はわしの孫と言っても過言ではない……過言だな。


 猫歴70年2月に行われたアンジェリーヌの退位とフランシーヌの戴冠式を涙涙で祝福したら、わしたちはいつもの生活に戻る。

 さっちゃんとは違い、アンジェリーヌは退位したその足で猫の国に来なかったけど、夏頃には映画を撮りに来るとか言ってたから監督するのかな?

 クランクインするまでわしとしてはグ~タラしたかったけど、映画の撮影は時間を取られるらしいから、それまでは狩りなど猫クラン活動を多めにするらしい。仕事熱心なことで。


 なかなかお昼寝時間を確保するのは難しいが、わしはできるだけさっちゃんの膝でお昼寝し、今日はたまには普通に訓練。

 竹刀を持って素振りしていたら、インホワがニヤニヤしながら近付いて来た。ムカつく顔してるな……


「にゃに~? そんにゃオモチャで戦う気にゃの~? にゃ~はっはっはっ」


 インホワはやけに自信満々に笑うので、ムカつくから教育的指導をしてやろうか……


「修行してるんにゃから邪魔するにゃ。てか、インホワこそ修羅の剣の修行はどうしたんにゃ」

「フッフッフッフッ……」

「習得できたんにゃら、さっさと見せろにゃ」

「にゃんで先に言うにゃ~~~!!」


 そりゃ顔がムカつくからだ。なんなら「聞いて聞いて」オーラがうるさいねん。


「いくにゃよ~?」


 怒っていたら見てやらないとインホワに言ってみたら、やっと修羅の剣の奥義【殺気の剣】を見せてくれたけど……


「いま、にゃにしたにゃ……?」


 インホワの【殺気の剣】は不発。それどころかわしの竹刀がインホワの頭にスパーンと当たったので、猫のクセに鳩が豆鉄砲喰らったような顔してやがる。


「プププ……別ににゃにもしてないにゃ~」

「絶対してるにゃ!? ママ~~~!!」


 その顔が面白かったから含み笑いで馬鹿にしてやったら、インホワはお母様方を召喚。

 わしのことはオヤジというクセに、なんでお母様方はママなんじゃろ? あ、一度メイバイをババアって呼んだら殺されそうになったのですか……お前が悪い!!


 今回はお母様方はなかなか集まって来なかったので、インホワが斯く斯く云々と呼びに行ったら、みんなダラダラ歩きながらやって来た。


「いいにゃ? 見ててにゃ??」


 たぶんインホワの説明では伝わらなかったのだろう。もう一度インホワが【殺気の剣】を使ったけど、またわしの竹刀がスパーンッと先に当たった。


「ただの侍攻撃じゃないニャ? 先の先を取られただけニャー」

「違うにゃ~~~!!」


 実演を見ても、メイバイたちもこの違和感に気付けない。そろそろインホワがかわいそうなので、正解を教えてやろう。


「メイバイも受けてみたらわかるにゃ~」

「うんニャ。いっくニャー!!」


 メイバイも【殺気の剣】はマスターしていたけど、ここは最速の先の先。すれ違い様にわしの竹刀が肩口に当たると、メイバイは驚いた顔で振り向いた。


「ホントニャ……先の先でも後の先でもないニャ!?」

「もしかして……【無意の剣】??」


 それを見ていたイサベレはさすがだ。


「イサベレの正解にゃ。やっと使えるようになったにゃ~。にゃはははは」


 そう。苦節20年、わしもついに優しい剣の奥義を習得したのだ。


「どうやってマスターしたのですか?」

「にゃんのことはないにゃ。生き物を殺すことをやめて、瞑想やら素振りをしていただけにゃ。ま、わしたちの職業からしたら、それが一番のネックなんだよにゃ~」

「だから強い敵が出ても、シラタマさんは逃がしていたのですか……」


 実のところ、わしはサボっているように見えて生き物を殺す機会は何度かあった。ただ、リータたちに獲物を取られていたから、この機会に思い切ってわしは殺生断ちをしていたのだ。

 ちなみにいつもお昼寝してたの、瞑想と睡眠学習だよ? 皆にはそう伝えたのに、まったく信じてくれなかったの。


「優しい剣を習得したいにゃら、この矛盾を受け入れないとどうしようもないにゃ。斬るでもなく斬る。殺して強くなるのではなく、殺さず強くなるとにゃ。でも、20年は長かったにゃ~」


 狩りは猫クランの趣味みたいなモノ。20年も掛かると聞いた皆は、めちゃくちゃ唸りながら優しい剣の習得を考えるのであった……


「オレは!? 修羅の剣、やっとマスターしたんにゃよ!?」


 インホワは自慢したかったのに、わしに主役の座を奪われたので「にゃ~にゃ~」うるさくなるのであったとさ。



 ちょっとはインホワがかわいそうだったので、【殺気の剣】は左手で受けてあげたけど……


「剣が折れたにゃ……」

「まだまだだにゃ~……いつも使っている大剣が泣いてるにゃ。あの切れ味を再現しにゃいことには、わしは斬れないにゃよ?」

「にゃっきしょ~~~!!」


 中途半端。悔しがるインホワにはわしが直々に教えることにして、その前にやっておきたいことがある。


「たのもうにゃ~~~!!」


 せっかく優しい剣を習得したのだから、後藤鉄之丈の道場に道場破りだ。


「なんですか……ゾロゾロ引き連れて……」


 そこでは門下生に稽古をつけていた鉄之丈はいたけど、猫クラン全員で入って来たから呆気に取られているな。家族ぐるみの付き合いがあっても、みんな王族だもんね。


「まぁまぁ。わしもついに【無意の剣】が使えるようになったから、勝負しに来たんにゃ」

「ほほ~。さすがはシラタマ王。わしが掛かった期間より早いですな」

「鉄之丈が死ぬ前に習得できてよかったにゃ~」


 鉄之丈は今年で80歳。日ノ本では医療機関も薬等もまだまだ遅れているのに、これほど長く生きられるなんて、さすがは元の世界で100歳まで生きたわしの体だ。

 ちなみに髪の毛は、ほぼない。わしが80歳の時はもっとあった気がするけど、どっちみち剃っていたから違いもわからず仕舞だ。


「そういえば、弟子の中に使える人はいないにゃ?」

「孫娘が少し使えるようになったのですが、わしを前にすると心が乱れるみたいです。一度優しい剣の使い手どうしで戦ってみたかったので、シラタマ王が間に合ってくれて、本当に助かりました」

「んじゃ、問答はここまでにしようかにゃ?」

「はい。どちらが強いかは……」

「「剣で証明して進ぜようにゃ」」


 この侍みたいなハモリ、わしもやってみたかったの。でも、鉄之丈まで語尾に「にゃ」を付けているのは合わせてくれたのかな?



 ひとまず門下生の稽古は中断。猫クランと門下生は道場の壁際に移動して、鉄之丈とわしの対決に心を躍らせる。

 1本目のルールは、まずは優しい剣どうしのやり合い。わしと鉄之丈は開始線について、竹刀を中段で構えた。


「はじめにゃ!」


 どうしてもやりたいって顔に書いていたインホワの開始の合図で、お互い摺り足で前に出る。その張り詰めた空気で、道場内は静まり返る。

 そのままジリジリとわしと鉄之丈が間合いを詰めると、お互い間合いの2歩手前で体が勝手に動き出した。


「参りました」「参りましたにゃ」


 その動きはゆっくり正座してから竹刀を隣に置いての土下座。わしも鉄之丈も意味がわからず降参してる。


「「「「「……はい??」」」」」


 意味がわからないのはギャラリーも一緒。ただ、その呆気に取られた声が聞こえた頃に、わしと鉄之丈は答えがわかって同時に吹き出した。


「「ブッ!」」

「そりゃそうだよにゃ! 攻撃する気がないんにゃからこうなるにゃ~。にゃはははは」

「まったくだ! お互い敵意がないんだから、相手に勝ちを譲るに決まってる! わははははは」


 優しい剣は、人を斬撃に誘導する技。元々殺す気もないのだから、お互い相手をおもんばかって勝ちを譲ってしまう行動に誘導されてしまったのだろう。

 この結果には、猫クランも門下生も納得いかず。どんな闘いになるかワクワクしていたのにハシゴを外されたもんね。しばらくわしと鉄之丈は、「殺し合え!」と酷いブーイングを受けるのであったとさ。



 ブーイングが凄まじかったので、わしは優しい剣のスイッチを切って、鉄之丈の優しい剣と対決。鉄之丈の優しい剣は何度か受けたこともあったので、力業ちからわざじ伏せてやった。

 これも皆は納得してくれなかったので、インホワを送り込んだらスパーンッと頭を打ち抜かれた。「こんなヨボヨボの年寄りに」とインホワは何度も挑んだけど結果は一緒。


 メイバイやリータたちも加わり、ジジイに頭をスパーンッと叩かれるワケのわからない遊びに興じるのであった。わしは門下生を修羅の剣でバッタバッタと斬ってやったけどね。



「ふう~……疲れました」


 猫クランが鉄之丈に何度も挑むので、わしの判断でストップ。もう歳だから、猫クランには門下生との団体戦という蹂躙を任せた。

 その鉄之丈とわしは道場の縁側に座って、あったかいお茶でホッコリしている。


「ついに天下無双、宮本先生に肩を並べましたね。いや、超えたのではないですか? 剣の天才とは、まさにシラタマ王を指す言葉ですな」

「んにゃワケないにゃろ。わしは努力型にゃ。宮本先生と鉄之丈がいにゃかったら、修羅の剣も優しい剣も使えなかったにゃ」

「ご謙遜を……」


 鉄之丈は褒めてくれたけど、わしはまったく受け取れない。


「わしは教わっただけにゃ。修羅の剣は宮本先生。優しい剣は鉄之丈からにゃ。自分の剣を産み出した2人こそ、尊敬に値するにゃ~」

「わしも宮本先生に切っ掛けをいただいたからですよ。アレがなければ、いまも剣の道の中をもがき苦しんでいたはずです」

「いやいや。あんにゃちょびっとで辿り着いたんにゃから、お前も天才の部類に入るにゃ~」


 今度はわしから褒めてあげたけど、鉄之丈も照れてぜんぜん受け取ってくれない。同じ性格の2人では、反応も同じになるからだ。

 こんな無駄なやり取りは、鉄之丈のことを詳しく知っているわしから止めてやった。恥ずかしいもん。


「ところで、ふたつとも習得したのですから、合わせることは可能かどうかはわかりましたか?」

「サッパリにゃ。そもそもそれも可能性の話であって、糸口さえ見えないにゃ。宮本先生が生きていたら、簡単にやってのけたんだろうけどにゃ~」


 わしが諦めたような顔をすると、鉄之丈はわしの手を取って目を見て語る。


「侍の剣は、先人から受け継がれし日ノ本の最高技術です。シラタマ王には、なんとしても不可能を可能にしていただきたい。どうか、侍の剣を天にも届く技術に昇華してください。お願いします」


 その真剣な目に、わしも真剣な目で返す。


「わかっているにゃ。宮本先生と鉄之丈から受け継がれし剣、わしが必ずひとつにしてやるにゃ。あの世にもその斬撃を届けてやるからにゃ」

「心よりお待ちしております……」


 無粋なことはなしだ。わしの力強い言葉に、鉄之丈は感動して涙を流すのであっ……


「でも、それで剣の道が終わらにゃかったらどうしたらいいにゃ?」

「それは~……ないとは言い切れませんね」

「「プッ……」」

「「剣の道は、くも面白いにゃ~」」


 いや、まだまだ続くかもしれない剣の道を想像して、多いに笑い合うわしと鉄之丈であった……



 後藤鉄之丈、これより3年後に老衰で幕を下ろす。その死は日ノ本中の侍に届けられ、お墓には多くの弔問客が訪れて口々に「天下無双とはあなたのことだ」と涙したそうな……

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