猫歴71年にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。別にいいんじゃけど、猫又流天下無双、シラタマ王は健在なんじゃけど……
鉄之丈の訃報を聞いたわしはお葬式に出席したら、自分を送り出している複雑な気持ちでなんとも言えなくなった。別れの言葉もいいのが浮かばなかったので、後日お酒を持ってお墓を訪ねたら長蛇の列。
なんの集団だと聞いてみたら、鉄之丈に負けたか教えてもらったことのある侍だとのこと。そいつらが鉄之丈のことを「天下無双、天下無双」と呼んでいたからまた複雑だ。
だって、わしは鉄之丈に一回も負けたことないもん!
どうやらうん十年も関ヶ原に出場していなかったので、現役の侍はわしの剣の実力を知らないらしい。女王誕生祭で玉藻と家康と戦ったのも、2人が手を抜いていたと思い込んでいるというか、本人がそうテレビで言ってただと!?
なのでわしがなんと言おうと信じてくれない。こいつらを滅多斬りにしてやれば信じてもらえただろうが、墓前ではやりにくい。辻斬りも考えたけど、王様が通り魔をやるワケにはいかないから、泣く泣く否定せず帰路に就いたわしであった。
猫歴70年は侍の極地に1歩近付いた記念すべき年であったが、それ以降もわしは相変わらずダラダラお昼寝してる。もちろん修羅の剣と優しい剣の融合を試行錯誤しているのだ。
「またお昼寝してるんですか?」
「ゴロゴロ~」
「ほら、仕事に行くニャー」
「ゴロゴロ~」
こちらもこちらで信じてくれない。リータとメイバイはどうしてもわしが修行しているように見えないらしい。喉鳴らして寝てるもんね。
わしが寝ていてもお構いなしに、狩りにボランティアに訓練にと拉致されていたら猫歴70年の夏になり、東の国の元女王、アンジェリーヌが大荷物と大所帯で訪ねて来た。
「にゃにしに来たにゃ?」
「映画の撮影ですけど……忘れていたのですか?」
「……にゃ!? 覚えてますがにゃ~」
「完全に忘れてやがったな……」
わしが忘れていても、リータたちが覚えていてくれたので猫ファミリーのスケジュールはバッチリ。わしを含めたモフモフ組が全員、連行されて行く。
映画の脚本を読んでみたら、謎解き冒険活劇。恋人と共に世界中を股に掛け、悪の組織みたいなのを倒したりしながらよっつのカギを探し出し、最後は地下遺跡にある宝を手に入れて世界を救う物語。
ただし、出演者が微妙。王族のモフモフ組に加えて、エキストラの7割がウサギ族。3割をキツネ族とタヌキ族がやってる。悪役にはオオカミ族のモフモフと、宝を守るモンスター役は何故かわし。主役って聞いてたんじゃけど~?
こんなのでいいのかと思いながらクランクインし、2ヶ月ほど掛かってなんとか全て撮り終えたけど、もう1個言いたいことが……
「わしの出番、ちょっとしかなかったんにゃけど~?」
「そ、そんなことないでしょ? 大道具や小道具を運んでくれましたし、天候や炎の演出は魔法で完璧にこなしてくれたじゃないですか?」
「それはスタッフの仕事にゃ~~~!!」
「てへ」
また騙されました。腹立ちます。こんなに早く撮影終了できたのはわしの力の賜物なんだから、もっと褒めろよ。てへぺろすんな!
クランクアップから3ヶ月ほど掛けて編集&告知をしたら、年末年始に行われる新女王フランシーヌの誕生祭となった。
今年の目玉は、映画祭。各国の映画会社が今日の日のために映画を撮って上映するらしい……これも聞いてないんじゃけど~??
初日から上映は始まっているが、監督や主演クラスは別のお仕事。各国の美男美女がレッドカーペットを歩くなか、猫ファミリーのモフモフ組もおめかしして登場だ。
「「「「「キャーーー!!」」」」」
すると美男美女よりも、黄色い歓声が上がった。ここにいるということはまだ映画も見ていないクセに、よくそんな声が出るな……去年のサイン会効果か。
今日のところは長いセレモニーに出席してインタビューに応えたら、やっとこさ解放。もう外を歩く元気もなかったので、モフモフ組は王都にある別宅でグデ~ンだ。
翌日には城から使いの者が来て、猫ファミリーを御案内。いっちゃんいい立地にある映画館の、VIPしかいないのにその中でも頂点のVIP席に着席して、東の国の王族と共に映画鑑賞だ。
「どんな映画になってるのかしら?」
「さっちゃんもまだ見てないんにゃ」
「ええ。アンジェがぜんぜん見せてくれないのよ」
「たぶん自信ないんじゃないかにゃ~?」
「そんなに酷いの? 告知だけ見たら面白そうだったのに」
「脚本はまずまずだったんだけどにゃ~……あ、始まるにゃ」
さっちゃんと喋っていたら本編が始まったので、ここからはお口チャック。わしはポップコーンを食べながらつまらなそうに見る。
「「「「「うわ~。アハハハハ。モフモフ~」」」」」
だって、出演者がモフモフしかいないもん!
ここまで来ると、もうアニメ。ジャンルでいうとクレイアニメ。ぬいぐるみをコマ送りで撮ったようなアニメにしか見えない。演技なんて、評価されているかもわからねぇよ。
それでも観客は、驚いて笑って楽しそう。モフモフが出てたらなんだっていいんじゃね?
個人的には拷問かと思えるような映画は、ラストには観客は涙してスタンディングオベーション。どこに泣ける要素があったか聞いてみたい。
「にゃんで泣いてるにゃ?」
「グスッ……世界を2人の愛で救ったからよ。なんでわからないのよ」
「モフモフ過ぎて内容が入って来ないんにゃ~」
さっちゃんも泣いていたので意味がわからない。ただ、一から説明されてもわしだって脚本は頭に入ってるから、演技のことを聞いてみた。
「主役の恋人役って、インホワ君とサクラちゃんよね?」
「うんにゃ。カツラと服しか違いがないのによくわかったにゃ」
「なんでシラタマちゃんが主役じゃなくて、最後に出て来るモンスター役なの?」
「知らないにゃ~」
「あと、ラストのキスシーン。アレってサクラちゃんじゃなくてシラタマちゃんじゃなかった? 私の気のせい??」
「にゃんでわかるにゃ? 気持ち悪いにゃ~」
キスシーンはサクラが断固としてやってくれなかったので、インホワをたぶらかす悪女役のニナに頼んだけどキレられた。わしが吹き替えしてもわからないんだって。
それでもバレる可能性があるからって、撮影の仕方はギリギリまでサクラで、最後のブチューはわし。ほとんど顔は隠れているのに、本当にさっちゃんは気持ち悪い。わしとインホワもチューを何度も撮り直したから吐きましたよ?
さっちゃんに苦労話を披露していたら、わしたちの席をスポットライトが照らし、アンジェリーヌが立ち上がってお辞儀した。
「皆様、私の初監督作品を楽しんで拝見してくれてありがとうございました」
そう。この映画は、アンジェリーヌの監督デビュー作品。だからこそ、絶対にコケない作品にしたかったから、猫の国王族を引っ張り出したんじゃないかとわしは疑っている。
このあとは舞台挨拶やらインタビューやらをやらされて、わしたちはクタクタだ。
女王誕生祭最終日には、どの映画が一番なのか、結果はっぴょ~~~う! フランシーヌ新女王の口から告げられる。
「圧倒的集客力で、東の国制作『世界は猫が救う』が金賞を受賞した。アンジェリーヌ監督と、そのキャストとスタッフの皆々に拍手を」
「「「「「わあああああ~」」」」」
わしたちの作品は興行収益、たった1週間で1億リーヌ超え。他の作品をトリプルスコアで下し、アンジェリーヌは第一回映画祭の金賞のトロフィーを受け取ったのであった。
てか、猫ファミリー総出演でエキストラも猫の国の国民ばかりなんだから、この作品は猫の国の作品なのでは……
この映画はしばらくしたら全世界の映画館でロングラン上映されて、とんでもない興行収益を叩き出しているらしいけど、モフモフ組は足を運んでいない。リータたち非モフモフ組は、何度も見に行ったんだってさ。
そんな恥ずかしい映画が上映されたり、各国からオファーが来て断固拒否していてもわしのお昼寝生活は変わらない。でも、週3から週2は働いてるよ。
そろそろ暖かくなって来た頃、猫クランでやって来たちょっとランクの高い狩り場で戦っていたら、わしのスマホが「にゃ~ん♪ にゃ~ん♪」と鳴り響いた。
わしも珍しく戦闘中だったので一度目の着信は無視したが、すぐさま二度目が鳴ったからイヤな予感が働いたので、戦いながら電話に出ると的中。
スーパー猫又2まで一気に力を引き上げ、その場にいた獣は瞬く間に排除。その後、猫クランには緊急事態だからすぐさま引き上げる旨を説明して東の国に転移。
サンドリーヌタワーの屋上から駆け下りると、わしはさっちゃんの部屋に飛び込んだ。
「さっちゃんは大丈夫にゃ!?」
「ええ。医者の処置が早かったから、なんとか持ち直しましたよ」
「よかったにゃ~~~」
そこでは、アンジェリーヌがベッドで眠るさっちゃんの
先程の電話は、さっちゃんが倒れたと聞いたから、わしはこんなことになっているのだ。
少し落ち着いてから何があったかと聞くと、さっちゃんは猫兄弟と一緒に日課の散歩をしていたら、急に胸を押さえてうずくまったらしい。
その時、これはいつもと違うとエリザベスがすぐに気付いて、ルシウスと一緒にさっちゃんを背負って城の診療所に運んだから一命を取り留めたそうだ。
「エリザベス……よくやってくれたにゃ。ルシウスもありがとにゃ」
「「にゃ~ん」」
2人も心配してさっちゃんのベッドに乗っていたから頭を撫でておく。医者の邪魔になったりしないのじゃろうか?
わしのあとに猫クランメンバーが続々と部屋に入って来たら、ギュウギュウ。大丈夫だったと説明し、一目さっちゃんの顔を見せたら食堂でメシをゴチになる。
わしは1人残って、その場で超超高級肉の串焼きをパクパク。自分の手を綺麗に拭いてさっちゃんの手を握っていたら、しばらくして目を開けた……
「ん、んん……」
「起きたにゃ?」
「シラタマちゃん……」
寝起きでボーッとしているさっちゃんには、わしみずからの検査。医者のマネ事ではなく、わしは外科医の免許を持っているからできるのだ。
「大丈夫そうだにゃ。水飲むにゃ?」
「うん……」
何か言いたげのさっちゃんを、軽く体を起こしてから水を飲ませてあげたらゆっくりと寝かせた。
「あぁ~……さすがに死んだと思ったわ」
「にゃはは。エリザベスとルシウスが傍にいるんにゃから、簡単には死なせてくれないにゃ~」
さっちゃんが笑顔を向けたから合わせて茶化してみたけど、急に真面目な顔になった。
「死ぬのって怖いね……みんな、どうして耐えられるの?」
「耐えてるんじゃないにゃ。強がっているだけにゃ。さっちゃんだって、子供の前では取り乱した姿を見せられないにゃろ? それだけのことにゃ」
「それはそうだけど……こんなことが起こる度に恐怖に駆られるのはしんどすぎるわ」
「確かにしんどいよにゃ。夜寝る前は、もう目覚めないんじゃにゃいか、明日生きているか、誰にも気付かれずに死ぬのか……そんにゃことばかり考えてしまうよにゃ。怖いよにゃ。でも、受け入れるしかないんにゃ。死は、誰にも平等に訪れることだからにゃ」
わしの言葉に、さっちゃんは何かを気付いたような顔になった。
「そっか……シラタマちゃんは一度経験してるから、説得力があるのね」
「まぁにゃ~。わしもにゃん度もダメだと思った口にゃ。さっちゃんくらいの歳からにゃよ? まさか20年近くもビクビクして暮らすとはにゃ~」
「そんなに? それでよく生き長らえたわね」
「不思議にゃことに、年々恐怖が和らいでにゃ~……受け入れたからか、歳を取ると思考が鈍るからか……それとも家族の支えがあったからか……そういえば女房も一緒に年老いたから、弱音を吐き合ったこともあるにゃ」
「そっか……シラタマちゃんも弱音を吐くことがあったのね……」
「当たり前にゃ~」
わしと長々と喋ることで、さっちゃんの恐怖は紛れて来たみたいだ。
「もしかして、お母様も?」
「うんにゃ。ペトさんも双子王女も、わしの秘密を知る人は、漏れなくわしに弱音を吐いていたにゃ。経験者にゃら、わかってくれると思ったんだろうにゃ~」
「あのお母様でも怖い物はあったのね。どんな怖がり方してたの? 聞かせてくれない??」
「それは言えないにゃ~」
「シラタマちゃんのケチ~」
特に口止めはされていないけど、亡くなった者の恥は、わしは喋るつもりはない。きっとわしなら秘密にしてくれると信じて話をしたのだろうから……
「ちなみに泣いた? お姉様も泣いてた??」
「言わないって言ったにゃ~」
「えぇ~。最後の頼みなんだから聞かせてよ~」
「そんにゃこと言って、20年も30年も生きるつもりにゃろ~」
わしの気持ちなんてお構いなし。さっちゃんは「秘密を喋れ」とあまりにもうるさいので、久し振りに喧嘩してしまうわしたちであったとさ。
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