猫歴63年にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。戦争は怖い……


 ライアンの絵のおかげで平和の尊さを思い出したわしであったが、ゲルニカの代わりに持って来たそのデカイ絵はなんじゃ? 『大怪獣ネコゴン、アメリヤ王国上陸』って……


「プププ……これは怖いわね。プププ……」

「笑ってるにゃ~~~~!!」

「あはははははは」


 確かにアメリヤ人からしたら、その当時は恐怖の象徴だっただろうが、さっちゃんは酷い。ライアンには撤去を求めたけど、いつの間にかリータたちがいたので、モフられて失敗。

 しかし、このタイトルはマズイ。わしがアメリヤ王国を攻撃してるみたいに聞こえる。それだけはなんとか阻止できたけど、『大怪獣ネコゴン』ってタイトルもやめてほしいわ~。


 まぁピカソ風の抽象画だから、何が描いてあるかサッパリわからないかな?


 わしがそんなことを考えていたら、意外や意外。大怪獣ネコゴンのおかげで集客が増えたんだって。さらにアメリヤ王国に現物があると知って、観光客が増えたんだとか。

 さらになんと、こんなふざけた絵を1億ネコを出してでも買いたいというお金持ちが現れたらしいけど、ライアンは首を縦に振らないのであった……


「「「「「いや、売れにゃ~」」」」」

「そんにゃ~~~」


 猫ファミリーに総ツッコミされて、泣く泣く手放したライアンであったとさ。



 絵が高値で売れたことで、ライアンのギャラリーは大赤字を脱却。1億ネコで売れたとニュースにもなったので、ついに満員になった。

 けど、ライアンのテンションは低い。絵を手放したことが尾を引いているのかと思って場末の酒場に連れ出して話を聞いてみたところ、絵を見て「落書き」って笑う人が多いそうだ……


「まぁ時代がまだついて来てないだけにゃ。ピカソだって、死んでから価値が上がったんにゃよ? 目の肥えたさっちゃんが褒めてたんにゃから、そのうち評価は変わるにゃろ」

「ですよにゃ~? 我もそう思ってたんですにゃ~。今度は岡本太郎のようにゃ建物でも作ってみようかにゃ~? にゃ~はっはっはっ」

「立ち直るの早いにゃ……」


 あまりにも早く立ち直ってしまったので、このあとのライアンは芸術談義がウザイ。わざわざこんな所に連れて来て最初から機嫌を取るんじゃなかったと、わしは後悔したのであった。



 猫歴62年はライアンのせいでわしまで指差されるようになったが、ギャラリーを東の国に移してくれたので、後半は猫家も静かになった。

 ちなみにあっちは毎日満員だって。嘘ついてないか見に行ったら長蛇の列ができていたので本当らしい。猫ファミリーは誰も信じてくれなかったから、わしが代わる代わる連れて行くことになりました。


 そうしていつもの生活に戻ったら日々は早く過ぎて行き、猫歴63年の夏に悲しい報告が入った。


「最後の1人が旅立ってしまいましたね……」

「私、この子と一緒に干し肉を配ったことあるニャ……」

「わたしも遊んだことあるよ」

「ウチはにゃん度か怪我を直したことあるにゃ~」


 猫市の前身、猫の街発足当初に幼いながらも働いてくれた女の子が亡くなったのだ。

 この子は要職には就かず主婦になっていたからわしたち王族はあまり関わりがないが、初期メンバーの最後の1人であったためお葬式が終わったあとに、同じ時を生きたリータ、メイバイ、コリス、ワンヂェンと一緒に花を手向けに来たのだ。


「今まで頑張って生きたにゃ。お疲れ様にゃ~」


 わしはお墓に一言掛けて目を瞑ると、これまでのことを反芻はんすうする。特に思い出したことは、ヨキという人物との最後の会話であった……



 時はさかのぼり猫歴55年の秋、わしは猫大医学部の病室を訪ねていた。


「ヨキ、来たにゃよ~?」

「あ、シラタマさん。また来たんですか」

「あなた、また来たなんて失礼ですよ」

「シンの言う通りにゃ~」


 このヨキという老人とシンという老婆は、猫の街発足当初から働いていた身寄りのない少年少女。特にヨキはわしがこき使い、農業担当者を経て猫市の市長になった浮浪児の出世頭だ。

 ヨキはシンと夫婦になり、市長としてバリバリ働いていたのだが、その頑張りがあだとなってガンの発見に遅れて倒れることに。わしも頑張ってはみたけど、緩和ケアに移らざるを得なかった。


「今日はどういった御用件で?」

「そうだにゃ~……昔話でもしよっかにゃ~? 出会った頃のこと、覚えてるにゃ?」

「まぁ……衝撃的でしたし……」

「それだけにゃ~? わしの肉、盗ったにゃ~」

「もうやめてくださいよ~。孫からも泥棒扱いされたんですからね~」

「にゃはは。覚えてるにゃ~」


 これはわしの鉄板ネタ。ヨキとシンは親に捨てられ、朽ち果てた町の屋敷にて、同じ境遇の子供たちと一緒に貧しい暮らしをしていた。

 そこにたまたま寄ったら、2人に肉を盗られてわしがキレる。ってのは冗談で、怒ったフリをして仲間の下に案内させ、生活改善をしてあげたのだ。


「だからぬいぐるみだと思ったんですって~」

「誰がぬいぐるみにゃ~!」


 と、ヨキをからかいすぎて反撃にあうまでが鉄板ネタだ。めっちゃうけるんじゃぞ?



「あの頃は大変だったよにゃ~」

「はい。内戦……は、僕たちの知らないところでいつの間にか終わってましたね。いきなり三千人も連れて来て町にするわ、僕も農業担当者に任命するわ、巨大な牛を従えるわ、コリスさんを連れて来るわ……」


 ちょっとした昔話をしようと思っただけなのに、ヨキは愚痴が尽きない。シンも捕捉して来るから、2人とも溜まっていたのね。要約すると、わしと一緒にいるだけで驚きの連続だったんだって。


「ま、まぁ、いい出会いも多かったにゃろ?」

「はい。ケンフさんには助けられました」

「私はズーウェイママと、もっと一緒にいたかったです」


 ケンフとは、猫市の警備隊長、兼、市長のボディーガード。その昔、帝国軍に所属して武術バカと呼ばれていたけど、わしがタイマンで倒してから犬となった。最後までワンワン言ってたけど、なんでじゃろ?

 ズーウェイとは、猫の街に作った寮の猫耳寮母さん。その昔、帝国人に奴隷にされていたけど、わしが助けたドM女性。寮母をしていたこともあり、子供たちに慕われていた。


 この2人は猫の街初期の中核メンバーで、わしの勧めで夫婦になった。ズーウェイの趣味は心配していたけど、仲睦まじい夫婦になり曾孫までいる。

 残念ながら猫歴30年半ばまでに2人とも死後の世界に旅立ってしまった。最後のセリフは、どちらもわしへの感謝の言葉だ。


「シェンメイ姉妹とも仲良かったにゃろ?」

「はい。シェンメイさんは、僕たちの命の恩人です」

「ジンリーさんにはよく遊んでもらいました」


 シェンメイ姉妹とは、猫耳族の戦士。姉のシェンメイは帝国人から筋肉猫と恐れられていたが、根は優しく、人族の子供であるヨキたちにほどこしをしていた人物。

 妹のジンリーは姉よりガタイがいいのに優しすぎて戦士に向かず、内乱の時にはヨキたちを守るために残り、その後はシェンメイと一緒に猫市の警備隊員として働いてくれた。


 どちらも子供好きで、手懐けた少年のうちの背が低い男性と結婚して幸せに暮らしていたけど、わしはちょっと引いた。子供や孫に手を出してないかと心配だ。

 2人とも猫歴40年までには他界して、わしにも感謝してくれたけど、少年を抱いて言っていたから何に対してかは怖くて聞けず仕舞だ。


「あとはやっぱり、ソウハかにゃ?」

「頼りになりましたね。ウサギ市に行った時は寂しかったです」

「ソウハさんのおかげで、食事は豊かになりましたもんね」


 ソウハとは、特殊な趣味を持っており、ウサギ族の女性に惚れて飛んで行った人物。その昔は便利屋というハンターみたいな仕事をしていたのに、帝国軍に徴集されたことを不満に思って猫の街に移住した。

 便利屋時代は有名な狩人だったらしく、ハンターギルドの無かった猫の街では、中心となって狩りをしてくれた。その弟子みたいな者が、ハンターになって技術を継承している。


 ソウハも猫歴30年代に他界したが、最後に会いに行った時には、嫁さんをたくされたので逃げた。だから元彼じゃないと言っておろうが……



「他にもいっぱい頼りになる者はいたけど、2人が仲良くしてたのはこんにゃもんかにゃ?」

「シラタマさんが知らない頼りになる人もたくさんいましたよ」

「私たちの最初の仲間とかね。夫を陰ながら支えてくれたんですよ」

「あぁ~。あの子たちにゃ~……」

「「覚えてます?」」


 覚えてないので、その当時から少し経った頃に手に入れたカメラで撮った写真を並べて思い出話。わしは「こんな顔だっけ?」と思いながら並べていたら、2人は懐かしんで話が尽きない。


「にゃ? 双子王女にゃ」

「王女様方も凄く頼りになりましたね」

「シラタマさんを怒れる唯一の……メイバイさんたちもそうですね」

「あの当時はグチグチグチグチよく怒られたにゃ~」


 双子王女とは、東の国の第一王女と第二王女。人材不足だった猫の国にスパイとしてやって来て、堂々と猫の街の代表を経て、猫市の市長になった人物だ。

 さっちゃんが次代の女王を出産してから国に帰り、婚約者の領地で幸せに暮らす。と思っていたけど、猫市で学んだことを惜しみなく領地でやったから、他の領と差が開きすぎて「やりすぎ」と母親のペトロニーヌに怒られたんだって。


「アイツらまだ生きてるんにゃよ~?」

「たまに連絡してるから知ってますよ」

「酷い言い方してはダメですよ」


 確かに酷い言い方だけど、双子王女はムカつくの。夫が先立ってから城に戻り、最高の医療を受けて延命していたので見舞いに行ったら、毎回シャッフルして「どちらでしょう?」とクイズを出すのでわしは全ハズし。

 ハズす度にグチグチ説教されるから、やってらんない。アレは絶対、八百長じゃ。確率論からいっておかしいもん。リータたちは当ててたけど……


「久し振りに会いたいですね……」

「え、ええ……元気になれば会えますよ」


 昔の双子王女を見たヨキは懐かしい顔をしているけど、シンは少し言葉に詰まりながら悲しい表情で肯定した。

 それは、ヨキの寿命が、あと少ししかないとわかっているのだから……


「そうだにゃ~……ちょっと待っててにゃ」


 わしは一度席を外すと、電話をして医者にも話を通したら戻って来て、病室にカギを掛けた。


「1時間の外出許可が出たにゃ。シンもベッドに乗ってくれにゃ」

「「はい?」」

「いいからいいからにゃ。ちょっとビックリすることをするから、心臓だけは気を付けておいてくれにゃ。このコードを外してっとにゃ」


 計器のコードを外して点滴なんかはベッドに固定。シンがベッドに乗っているのを確認したらわしも登った。


「ようこそ。いらっしゃい」

「2人とも久し振りですわね」

「「王女様!?」」


 次の瞬間には、双子王女というか双子ババアの病室。お互いベッドに乗ったまま対面したので、ヨキとシンは心臓を押さえて驚いてる。


「「なんで王女様方が……」」

「ウフフ。三ツ鳥居を知ってますでしょ? シラタマちゃんは、魔法で同じことをできますのよ」

「この魔法で世界中を行き来してますのよ。私たちも若い頃は連れて行ってもらったのですわ」

「「そんな魔法があったなんて……」」


 ヨキとシンは双子王女ばりにシンクロしてわしに顔を向けた。


「にゃはは。これまでのご褒美にゃ。1時間しかにゃいけど、心行くまで語らってくれにゃ~」


 わしのことはいい。久し振りに会った4人は、昔話に花を咲かせるのであった。


「「ホント、無茶苦茶でしたわよね」」

「「はい。最後まで無茶苦茶でした」」

「わしのことはいいって言ってるにゃろ~」


 でも、盛り上がる話題は、わし。結局、わしの話題で1時間笑い続けた一同であった……



 ヨキ、享年60歳。元猫市市長。国政選挙の打診はあったが、最後まで猫市のために働いたと歴史に記される。

 シン、享年65歳。ヨキの没後、6年後に死後の世界に旅立つ。目立った活躍はないが、歴史書のヨキの隣には笑顔の彼女が立っていたのであった……

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