猫歴62年にゃ~


 我が輩は猫である。名前はシラタマだ。シンプルに鬼ではない。


 建国から60年経った現在、国民の生きる力がここまで減っているのかと驚いたが、猫の国は他国から2歩も3歩も先んじる先進国。あまり意識していなかったが、第三世界の近代国家に近付いていたのだ。

 そのことに気付かなかったのは、猫クランで活動していたから。たまに泊まりで狩りを行い、獣肉なんかはその場で調理することもあったから、これが普通だと思っていたの。


 なので現在のハンターはどれぐらい居るのかと調べてみたら、年々減って一番多い時の6割ほど。足りないところは猫軍が補っていた。

 まぁ命を懸けて働くよりも、安全な町の中で働くことを選ぶ国民が増えたのだろう。職業選択の自由を優先させる。

 それにキャットトレイン等のおかげで移動中の護衛依頼はほぼ無くなったし、車持ちのハンターも増えたらしいから、これぐらいがちょうどいいかも知れないから様子見だ。

 念の為、首相にはもしもの対策を考えるように指示は出しておいたよ。


 テロリストの量刑が決まったのは、建国記念日が終わってから。結局のところ死人は出ていないし、シンタン社長たちにそそのかされた感じもあるから少し甘い量刑になっていた。

 刑期は5年。各自向いていそうな職場で強制労働をさせて、生活費以外は全て猫の国に没収。被害者に渡る分以外は国庫に収められる。

 寮に収監して奴隷魔法で縛っているので、自由はないし贅沢ができない罰だ。プラス、奴隷魔法によって起こる耐え難い苦痛も味わったから、再犯なんて怖くてできないだろう。


 キャットトレインはわしが壊したけど、正当防衛だからテロリストに新しい物を買わせることになっていたから、胸を撫で下ろしたのは秘密だ。


 ただし、リュウホとシンタン社長とユウロン社長は倍の10年。テロリストのリーダーと、テロを援助した上に操ろうとしていたのだから重くなり、社長の二人は財産も没収された。

 ちなみにギャランテ一家のドン、トニー・ギャランテは罪が多すぎたので極刑。幹部もほとんど極刑にされて、残りは鉱山での強制労働。うちより厳しい罰だけど、やったことも期間も全然違うから妥当な判決だと思う。


 罪を受け入れたテロリストたちはというと、めちゃくちゃ真面目に働いているらしい。なんだったら、昔とは別人なんだとか。目をキラキラさせて汗を流してるから、ちょっと気持ち悪いんだって。

 これは、わしのお仕置きのせいかも? 荒野で1ヶ月近くもサバイバル生活をさせたからき物が落ちたか、働く楽しさを知ったか、はたまた天国に帰って来れたと感謝してるのか……うん、三番目だな。

 サバイバル生活をネコチューブで何度か流したから、同情されて刑期が甘くなったらしいもん。でも、これなら刑期が終わったあとも、各々の職場で真面目に働いてくれそうだ。



 テロリストたちの量刑を見守っていたら、さっちゃんが訪ねて来たのでそのことを聞かれるのかと思っていたら……


「アメリヤ王国にネコゴンが再上陸したんだって~? プププ……連れてって~」


 だそうです。笑われました。腹立ちます。


 なので勝手に行けばいいと突き放したけど、モフられるだけ。わしと一緒じゃないと楽しくないんだとか。

 そこまで言われてはわしだって猫ではない。あ、間違えた。鬼ではない。連れて行ってあげたけど、ネコゴンに付けた螺旋階段がしんどいとか、エレベーターを付けろとか、お姫様抱っこをせがまれた上に笑われたから本当に鬼になりそうだ。


 さっちゃんは何故かシャーロット女王に会いたいとか言い出したので、会食を手配してあげたけど、ずっとコソコソやってる。何を話しているのかと念話で盗み聞きしてみたら、シャーロットの愚痴を聞いていた。


「おじ様はめちゃくちゃですぅぅ」

「そうね。シラタマちゃんは昔からめちゃくちゃよ。だから……」


 でも、さっちゃんも乗っかってた。さらに助言までして、ネコゴンにエレベーターを付けろと2人してわしの背後でグルグル回るので、根負けしました。


「ありがとうございます。これで他国からの観光客も増えそうです」

「いいのよ。東の国旅行を国民に勧めてくれたら……」

「汚にゃ!?」


 さっちゃん、東の国の観光誘致に来てただけ。しかもわしの力でタダ同然で取り付けやがった。してやられたわしは、後日、ネコゴンにエレベーターと太陽光発電を設置して、シャーロットから端金の給金を受け取ったのであったとさ。



 してやられたことは、覆水盆に返らず。エレベーターを設置しに行った時に銃密輸の詳しい報告を聞いたら、トニー・ギャランテは数ヵ国に各10丁程度売っただけなので、銃弾の輸出をしなければ金輪際使えないとのこと。

 それならばいちいちわしが出張る必要はないとは思ったけど、念のため販売先の王様に手紙を出しておいた。内容は「銃は殺人以外の使い道がないから、猫の国と東の国は輸入禁止にしてるんだよ」と当たり障りのないこと。

 だがしかし、大国のふたつが禁止にしているのだから「超危険なのでは?」と勘繰って「うちも輸入禁止にしますぅぅ」と返事が来た。やはり国が強いと、何かと便利だ。


 東の国からは勝手に名前を使うなと怒られたけど……誰がチクったんじゃ!



 猫歴60年の終戦記念日は物騒なことが起こり、翌月の建国記念日にはわしたち猫ファミリーが祭りを多いに盛り上げたので、テロのことはあっという間に過去の出来事に。

 猫歴61年の終戦記念日にはまったくそのことには触れられず、平和な慰霊祭となっていた。


 わしたちは相も変わらずワイワイやって暮らしていたら猫歴62年となり、うるさいヤツが帰って来た。


「おお。ジジ様、ご機嫌うるわしゅうございますにゃ~」


 このかしこまっているようでふざけた言い回しで、貴族みたいな派手な服を着た金ブチ白猫は、わしの孫でサクラの第二子、ライアン。芸術が好きらしく、高校卒業後は東の国に芸術を学ぶために留学していたのだ。


「まぁ……誕生祭振りだにゃ。それでもう勉強は終わったにゃ?」

「いえいえ。芸術の道は奥が深く、まだまだ道半ばですにゃ~。しかし東の国の巨匠から学ぶことで我をルネッサンスの高みに押し上げてくれましたにゃ。ジジ様に我のアバンギャルドな作品を堪能させたく馳せ参じたしだいですにゃ~」

「そのルネッサンスとかアバンギャルドって、使い方それで合ってるにゃ?」

「どうですかこの作品にゃんか。モネも真っ青だと思いにゃせんか? さらにこれはダヴィンチを彷彿させるようにゃ作品ですにゃ~」


 わしがライアンを苦手にしてるのは、変な言葉を使ってペラペラ喋るし、質問をスルーするから。つまり、相手にするの面倒なの。

 その昔はかわいい孫だったんだけど、エティエンヌの影響でピアノや絵を習い芸術に目覚めてからは、爆発した。わしの似顔絵ゆるキャラを書いてた男の子が、急に本格的な西洋画を持って来たら引くって~。


 東の国に留学したいと言われた時は、サクラからは「止めてくれ」と言われたけど、喜んで送り出したよ。それを聞き付けたさっちゃんもうるさかったし。

 ちなみに東の国での生活は、祖母のさっちゃんがライアンの面倒を見てくれていたんだけど、心配で覗きに行ったらライアンはモフられながら小遣いをせがんでいたので、見なかったことにして帰りました。いいパトロンだな。


「それでジジ様にはお願いがありますにゃ~」

「また高い絵を買うにゃ~?」

「いえ。自分の個展をこの猫市で開きたいんですにゃ」

「それって絵を買うより高いんじゃにゃい?」

「お願いしますにゃ~~~」

「しょうがないにゃ~。いくら必要なんにゃ~」


 あと、わしも。こんなウルウルした目をされると、猫好きならなんでも与えたくなるってもんじゃろ? でも、そんなことをしていたらサクラから「甘えさせるな!」って引くほど怒られたので、パトロンは卒業したつもりだ。


「またパパはライアンにお金を渡そうとしてるにゃ~~~?」

「にゃっ!? サクラさん見てましたにゃ!?」


 でも、隠れてパトロンしているところをサクラに見られては、わしはライアンと一緒に土下座するしかできないのであったとさ。



 ライアンの帰郷は、東の国で学んだ絵を披露することだったので、仕事と言っても過言ではない。だからサクラもこの件は、わしの援助は認めてくれた。

 ただし、個展は入場料を取るか絵を売って収益を得ないと、次回からはわしとライアンの接触禁止らしい。


 それはわしへの罰ですか? おサイフを取り上げてるだけですか。そうですか。


 少し納得のいかないことを言われたが、ライアンのためにいい立地のギャラリーを手配して宣伝も頑張ったけど、幸先は宜しくない。閑古鳥が鳴いてる。

 そりゃ、東の国と違ってうちは技術大国。古代美術館ですら最初は客が入らなかったのに、絵だけで入場料を取っては王様のわしに気を遣った人しか来てくれないのだ。


「にゃあ? 入場料はタダにして、絵を売ったらどうにゃ??」

「我の絵をですにゃ!? 国宝級とも言われる我の絵を手放したくはないですにゃ~」

「誰が言ってたにゃ??」


 なので違う提案をしてみたけど、ライアンは売る気がない。どうしてもと言うなら鬼高い値付け。


「そんにゃ額で飛ぶように売れるにゃら、閑古鳥は鳴かないにゃ~」

「にゃふんっ!?」

「あ、言い過ぎたにゃ。もうちょっと安くできないかにゃ~?」


 核心を突いてしまったのか、ライアンは仰向けに倒れてからはイジケてしまったので、様々な案を出して慰めるわしであったとさ。



 とりあえず週末は無料にして客を呼び込もうと宣伝したら、客が少ないうちにわしもライアンの絵を見ようと思っていたらさっちゃんが訪ねて来た。孫の頑張りを見に来たらしい。

 それは幸いと、わしはさっちゃんにアドバイスしてもらいながらギャラリーを一緒に回っている。


「にゃんだかにゃ~……」

「どうしたの? 悪くないデキだと思うわよ??」

「いや~……これってピカソのパクリにゃろ? わしにはサッパリ良さがわからないんにゃ~」

「やっぱりシラタマちゃんは芸術にうといわね。このシラタマちゃんの絵だって、すっごく面白く書けてるじゃない」

「わしは青かったりピンクだったりしないにゃ~」


 そう。客が入らない理由のひとつは、絵が革新的すぎるから。テレビで放送しても「子供の落書きじゃね?」って、ネコイッターに書き込まれてたからだ。

 てか、ライアンには、わしがこんな派手なカラーで見えているのかな? ただの白猫じゃぞ??


 それからもわしはさっちゃんのアドバイスを聞きながら進んでいたら、一際大きな絵の前で足が止まった。


「その絵は凄いわよね。ライちゃんの渾身の作品だと思うわよ」

「いや、これはゲルニカの丸パクリにゃ~」

「丸パクリにゃんかではござりにゃせん!」


 わしが呆れた顔でさっちゃんにチクっていたら、どこからともなくライアンが飛んで来た。ずっとつけてたじゃろ?


「オマージュでございにゃす。ちゃんとピカソ師匠の名前を入れて、我も連ねていにゃすでしょ?」

「そういうことじゃにゃくて、ライアンはこの絵のことをちゃんとわかって描いたにゃ?」

「はいにゃ。戦争の悲しみですにゃ~」

「はぁ~………」


 確かにライアンはギリギリ正解を言っているけど、わしは大きなため息が出てしまった。


「これのどこに悲しみがあるんにゃ。時代背景を下とした恐怖心がまったく伝わって来ないにゃ。いいにゃ? この作品は突如ひとつの村に爆弾の雨が降り、そこにいた逃げ場のないお年寄りや女性や子供の恐怖、悲しみ、怒り、絶望を、作者が自分の中に落とし込んで描いたんにゃ。ライアンはそのことをわかって描いたにゃ?」

「い、いえ……」

「だったらわかるよにゃ? この作品は、にゃにも知らにゃい人が真似て描いていい絵じゃないにゃ。破棄しろとまでは言わにゃいけど、これでお金を取ることはわしが許さないにゃ。即刻、下げろにゃ」

「はいにゃ……」


 初めてわしに叱られたライアンは、スタッフを呼びに行くと言ってすごすごと引き下がる。残されたわしとさっちゃんは、いま一度、ゲルニカの絵をマジマジと見ていた。


「シラタマちゃんが芸術に口を出すなんて珍しいわね」

「そんなんじゃないにゃ。わしは当事者みたいにゃモノなだけにゃ。だから、この絵に描かれている人の気持ちが痛いほどわかるだけにゃ」

「そっか……そんな酷い戦場にシラタマちゃんは行ってたんだったね……」


 さっちゃんは第三世界で見た戦争の映像を思い出したのか、物悲しそうな表情になった。


「願わくば、この世界に爆弾の雨が降る日が来ないことを切に祈っているにゃ~」

「そうね……」


 ライアンには厳しいことを言ってしまったが、ライアンの絵のおかげでわしとさっちゃんは、平和の尊さを思い出したのであった……

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