猫歴40年その2にゃ~
我が輩は猫である。名前はシラタマだ。会社のパイセンにこき使われる後輩ではない。
猫の国が『世界金融会議』のプレゼンの準備をするなか、東の国は世界中に出席者を呼び掛けて日程調整をしてくれている。
各国には「来たくないなら来なくていい」ような言い方をしたらしいが、事が事だから「絶対参加する!」と、焦って承諾してたんだとか。
自国通貨のある国には関係ないことだけど、誘ったら二つ返事で了承。てか、こちらも焦っていたとさっちゃんから聞いたけど、なんでじゃろ?
会場は、どこの国にも属さないハンター協会本部。正確にいうと、東の国、西の国、南の国がお金と土地を出し合って作ったから関わりがあるが、国に縛られないハンターファーストの組織だから選ばれたのだ。
昔は誰からも忘れられてキャットトレインの経路に含まれない不便な土地であったが、いまではキャットトレインが続々到着するハブ空港みたいな役割をする場所になったので、昔と比べるとトンでもなく栄えちゃっているのも理由らしい。
そんな場所なので、近場の国からの出席者はキャットトレインで会場に入り、海を越えた国や遠方の国には三ツ鳥居の片割れを送って、こちらに置いてある
世界金融会議の初日は、パーティー。わしは必要ないと言ったのに、さっちゃんに「世界中の国王がやって来るのにやらないわけにはいかないでしょ!」って怒られた。そういうモノらしい。
費用は、猫の国が半分。残りを各国が出す不公平極まりない配分。「そんなに稼いでいて~?」とさっちゃんに睨まれたから、断れなかったの。
いちおう次回からは、うちの出した分を回収してくれるらしいけど、次回があるか不安だ。
記録係に、猫の国から連れて来たテレビクルー。さっちゃんも自分の功績を残そうと連れて来ていたので、場所取りで揉めてた。連れて来るなら、事前に言っておけよ。だから揉めるんじゃ。
主催者は、さっちゃんとわしの連名。さっちゃんの名前が前にあるのは少し気になるけど、パーティーの出席者が全員会場に入ったと聞いたから、わしたちは遅れて登場する。
「「「「「……」」」」」
すると、さっきまで騒がしかったパーティー会場は、無音に包まれた。心なしか、全員、さっちゃんの後ろにいるわしを睨んでいるように見える。
「ところでにゃんだけど……」
「どうしたの?」
「この出席者って、どうやって集めたにゃ?」
「別に変なこと言ってないわよ。猫の国が金貨貯め込んでるけど、みんな大丈夫?って聞いただけ」
「だからにゃろ!? だからみんにゃ怒ってるんにゃ~~~!!」
「あ~。だから自国通貨の国もみんな焦ってたんだ。てへ」
「確信犯にゃ~~~!!」
さっちゃんにハメられたわしは針のむしろ。お偉いさん方に睨まれるなか、コソコソと席に着くわしであったとさ。
「皆の者、忙しいところ集まってくれて感謝する」
パーティーは、まずは主催者挨拶から。さっちゃんは堂々とマイクの前に立っているけど、わしは後ろに隠れて覗き見ている。
「少し行き違いがあるようだから、訂正しておきたい。確かに猫の国に富が集中しているのは腹立たしいが、皆、便利な物が欲しいから買っていたのであろう? その点だけを見ると、シラタマ王に罪はない。そう目くじら立ててやるな」
さっちゃんの第一声は、わしの擁護から。完全にさっちゃんの言い方が悪かったのにと、わしは恨みのこもった目で見ながら聞いてる。
その擁護のおかげでパーティー会場にも殺気が消えた頃に、さっちゃんはわしの紹介をして振り向くと、ギクッて顔を一瞬してからわしの背中を押して前に出した。悪いとは思っていたみたいじゃ。
「え~。先ほど紹介にあずかったシラタマにゃ。みんにゃわしのせいとか思ってるみたいにゃけど、違うからにゃ? 誰も金貨の保有数をちゃんと把握してにゃいから、こんにゃに発見が遅れたんだからにゃ? わしが言い出さなかったら、10年後、いくつもの国が破綻していたんだからにゃ?」
わしの発言で、全員いっせいに下を向いた。思った通り、どの国も金貨を何枚持っているかわかっていないみたいだ。てか、調べてから来いよ。
「それを教えてくれたのが、ポカラン王にゃ。国の恥を外に出すようにゃ話だったのに、よく相談してくれたにゃ。ポカラン王のおかげで、最悪の事態を回避できたにゃ。ポカラン王に拍手にゃ~」
わしがポカラン王に向けて拍手を送ると、各国の王からも拍手を送られたので、ポカラン王は焦りながら立ち上がって四方にお辞儀をしていた。
「んじゃ、挨拶はこのへんでいいにゃろ。明日は難しい話になるんにゃから、今日は難しい話はなしにゃ。パーティーを楽しもうにゃ~。あ、飲みすぎて明日、出席できないってのはなしだからにゃ~?」
「「「「「わはははは」」」」」
「では、かんぱいにゃ~」
「にゃ!? さっちゃん、それはわしのセリフにゃ~」
「「「「「かんぱいにゃ~。わはははは」」」」」
いい感じで笑いを取れたのに、いいところをさっちゃんに奪われたので、皆から笑われるわしであったとさ。
久し振りのパーティーは、わしが大人気。外交はほとんど首相と副首相がやっていたし、行事にもたまにしか出席しない上に、各国の王はほとんど代替わりしていたから、わしに挨拶に来る人ばっかりだ。
あまりにも多いので、全員わしとの握手をデジカメに撮って名前も書いておいた。漏れがあって名前がズレたら大変だけど、もう会わないかな?
さっちゃんも大国だから行列ができていたので、何を喋っていたのかと聞いたら、見合い話だって。
「さっちゃん、いつの間に別れたにゃ?」
「私じゃないわよ。うちの孫や貴族によ。てか、私のこといくつに見えてるのよ?」
「40歳手前ぐらいかにゃ? 美人でいつまでも若々しいにゃ~」
「あらやだ。シラタマちゃんったら~。こんなお婆ちゃん捕まえて~」
本心から褒めてあげたら、さっちゃん御年51歳は照れて近所のおばちゃんみたいになってわしの背中をバシバシ叩く始末。
「女王を引退したら、旦那と別れてシラタマちゃんに嫁ごうかしら?」
「まだわしのこと狙ってたにゃ!?」
それだけならよかったのだが、わしとの結婚が再浮上したので、脱兎の如く逃げ出したのであった。
翌日……
ハンター協会の大会議室に、各国の代表が集う。さすがはハンター協会ということもあり、世界中の町々にある支部からギルドマスターを集めることができる施設があるので、全員なんとか入ることができた。
出席者は一国に対して、国王、経理担当者、数字に強い若者2人を要求。最初の2人だけでもいいのに若者を入れている理由は、国の経理担当者なんて年寄りだろうから使えないと思って。
これからやる内容は難しすぎるから絶対について来れないと、さっちゃんが脅しに似たような説得をしてくれたので、守られていると思われる。ぶっちゃけ、ついて来れなかったら知らない。
「それでは、第1回『世界金融会議』を開催する。シラタマ」
「はいにゃ~」
さっちゃんの合図でわしがマイクを握って前に出たけど、部下じゃないんじゃけど……
「まず最初に、テーブルの上に置いてある資料の1ページ目を開いてくれにゃ。いいにゃ? 正面の画面にも同じ映像をいま出すからにゃ。このふたつを使って、できるだけわかりやすく説明するにゃ。質問は、ページを捲る前に受け付けるから、途中で口を挟まないでくれにゃ」
注意事項を説明したら、わしはある人物を呼び込んで紹介する。
「こいつは猫の国が誇る金融のプロにゃ。胡散臭い顔をしてるけど、詐欺師とかではにゃいから信用してくれにゃ。猫の国銀行総裁、ホウジツに拍手にゃ~」
わしの紹介にホウジツから「どんな紹介の仕方?」って顔をされたけど、お偉いさんからの拍手にはちょっと
「お前がやるって言ったんにゃろ。シャキッとしろにゃ」
「は、はい。このホウジツ、これまで生きた集大成を見せます!」
「その意気にゃ~」
ホウジツに発破を掛けてマイクを渡すと、わしはノートパソコンが置いてある席に座るのであった。
やっぱりこれって部下の仕事だよね?
「では、資料の2ページ目を開いてください」
ホウジツの説明は、まずはお金と国債の関係性。今までのシステムとの違いをわかりやすく説明できているけど、ここに集まった者は中1レベルの教育しか受けていないので唸っている人が多い。
しかし、ギリギリついて来れているから、質問する人も多い。でも、年寄りは無限にお金を作れると思っているので、ホウジツも答えを返すのが大変そうだ。
「そもそもインフレとはなんなのですか? 悪い物なのですか??」
その中で、どこかの小国の若者が賢い質問をしていたけど、ホウジツは答えられずに涙目でわしを見た。
「またにゃ~? お前はホント、金儲けのことしか考えてないよにゃ~」
「申し訳ありませ~ん」
仕方がないので、しばらくタッチ交代。こんなこともあろうかと、プロジェクターに手元を映すカメラも用意しておいたので、わしはその場所に移動して絵や文字を書きながら説明する。
「インフレとは、物価上昇のことにゃ。好景気になると、給料が増えるから自然と物価も上がるんにゃけど、そこからわからない人もいるだろうにゃ。この串焼き店を例にして説明するにゃ」
喋りながら書いたから下手なだけで、クスクス笑わないでください。
「わかりやすく……不景気から行こうかにゃ。ある年、天候不良の不作だったとしようにゃ。すると、串焼き店は1本、銅貨1枚だった串焼きを倍の2枚に値上げしたにゃ。これは~……ホウジツ。にゃんでか答えろにゃ」
「は、はい。天候不良ってことは、獣も少なくなるから、仕入れ価格が倍になったから、串焼きの値段も倍にしなくてはいけないからです」
「パーフェクトにゃ~。要は、物の価値が上がったからインフレしたってことだにゃ」
会場を見回したら半分くらい今わかったって顔をしていたから、ホウジツを当ててよかった。
「次に、国債を出してお金の量が2倍になった話にゃ。この場合は、串焼きの価格はどうなるにゃ?」
「えっと……倍になるとは思うのですけど、なんで倍になるのでしょう??」
「難しいよにゃ~。お金の流れから考えて行くと、わかりやすいと思うにゃ。お金はまず銀行に渡すにゃろ? そのお金は、ホウジツだったらどうするにゃ?」
「商人に貸し付けて、増やそうと思います」
「にゃろ? じゃあ、商人はにゃににお金を使うにゃ?」
「設備投資、仕入れ、給料……あっ! お金が市場に出回るのですね! 借りたお金を使って儲かったら、給料もアップします!!」
2人で喋って会場を見たら、頷く人は3分の1くらいに減っていた。
「その恩恵は、串焼き店にはやって来ないにゃ。でも、みんにゃ給料が上がって羽振りのいいのを見たら、ホウジツだったらどうするにゃ?」
「値上げしますよ。不公平ですもん」
「だよにゃ~。でも、実際には様子を見ながら払える額までの値上げとなるはずにゃ。その無理のない値上げが良いインフレってヤツにゃ。これは、物よりお金の価値が下がったインフレにゃ~」
「良いインフレ? 悪いインフレもあるのですか??」
ホウジツはいい質問してくれたけど、こいつは今まで何を学んで来たんじゃ?
「悪いインフレは、不景気とかに起こりやすいにゃ」
「あ~。さっきの不作の時のですね。みんなお金がないのに値上げしたら売れませんよね」
「もうひとつは、お金を刷り過ぎた場合にゃ」
「あっ! なるほどです! 5倍も刷ったら物価も5倍になるのですね!!」
「それで終わらないにゃ。お金の価値が下がり、信用もなくなって、ハイパーインフレって現象が起こるんにゃ。100倍や600倍なんて……のも、理論上はありえるとうちの経済学者が言っていたにゃ」
「経済学者? そんなの……あっ! ハイパーインフレなんかになったら、みんな大量のお金を持ち歩かないといけないから大変ですね~」
わしが第三世界の例を喋り掛けて、いもしない経済学者にすり替えたらホウジツが気付いてナイスアシスト。だからって、わしの手を
「まぁ、まとめると、インフレってのは良し悪しがあって、アホなヤツが国債出しまくったら、手を付けられないほどお金を刷らないといけなくなるってことにゃんだけど、これで答えになったかにゃ?」
「はい……なんとなくですが……」
「にゃはは。そう自信なくすにゃ。最初はみんにゃそんなもんにゃ。わしも完璧にはわかってないから、日々努力にゃ~」
若者がある程度わかってくれたので、わしは冗談で返してみたら、ツッコミも笑いも起こらず。あまりにも賢い会話すぎて、誰も喋れないみたいだ。
「んじゃ、ホウジツ。続きにゃ~」
ここからの説明はさらに難易度を増すので、質問する者も現れず、淡々と進んで行くのであった……
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